異世界立志伝

開戦

　テンプルトン伯爵領をゴンドワナ帝国軍とテンプルトン伯爵軍を中心とした反乱軍が王都へ向けて進軍している。
　その数およそ25,000、帝国とテンプルトン伯爵は、王都侵攻にあたり傭兵を掻き集めていた。

　帝国の大軍を本来率いる筈のザール将軍はここにはいない。
　大軍に勝ちを確信した貴族達の指揮権争いに、ザールは早々に辞退し、帝都での留守を守る任務についた。

　ザールにしてみれば、10,000の軍勢を率いて侵攻した、バスターク辺境伯領境界での大敗を忘れたかのような貴族達に、呆れるほかなかった。
　ザールは勝てない戦いはしない主義だ。手段を選ばず、確実に勝てる為の準備をして、勝ちを確信しなければ戦さを仕掛けない。
　ドラーク子爵が率いる兵士達の能力を把握出来ない状態で、ザール自身が全軍の指揮官など引き受ける筈もない。



　そして軽い神輿に率いられた25,000の軍勢は、漆黒の鎧を身に纏う、ドラーク子爵軍を視界に入れる。

　その数は2,000程、自軍の1/10以下にもかかわらず、帝国兵やテンプルトン伯爵軍の兵士達は、背中に冷たい汗をかく。

　あきらかに分かる威圧感。
　歩兵、騎兵、弓兵、魔法師、全ての兵士が只者でない雰囲気と威圧感を放っている。

　ゴンドワナ帝国軍の兵士やテンプルトン伯爵軍の兵士は、ここにきて勝てると信じて疑わなかった、自分達の根拠のない自信が崩れていく。

　自分達の1/10以下しかいない筈の、漆黒の鎧を纏った軍団。
　ゴンドワナ帝国軍やテンプルトン伯爵軍の中にも相手の力量をある程度計れる武人は存在する。それなりの武人であればあるほど、不安は増大していく。ドラーク子爵軍の中に、数人あきらかに桁外れのバケモノの存在が紛れていることを理解出来たのだから。

　それは掻き集められた傭兵達も同じだった。
　傭兵達は負け戦さと感じると、逃げる事を戸惑わない。彼等は命をかけて祖国のために戦っている訳ではない。お金のために戦っているのだから。





　俺達は、ゴンドワナ帝国とテンプルトン伯爵を中心とした反乱軍、25,000の軍勢を前に、丘の上に布陣していた。
　後方にはクレモン第一王子が、少数の近衛騎士を護衛つけ、一応の総大将として初陣を飾っていた。

「しかし25,000の軍勢を前にしても、萎縮しないものですな」

「あゝ、俺達を敵に回した事を後悔させてやる」

　馬を並べるランカスがニコニコして言い、バルデスが獰猛な笑顔を見せる。
　今にも突撃を仕掛けかねない雰囲気だ。

「まぁ、テンプルトン伯爵には悪夢を見せてやろう。ゴンドワナ帝国の馬鹿どもには地獄を見せてやる。
　あゝモーティスは一応生かして捕えるように」

「了解しました。
　では、私は持ち場に戻ります」

「御武運を」

　ランカスとバルデスが、それぞれ率いる部隊へと戻って行った。

　大盾と槍を装備した歩兵を率いるボーデンも、寡黙ながら闘志を燃やしていた。

「カイト、私も車で待機するわね」

「パパー！行ってくるねー！」

「カイト様、お気をつけて下さいね」

「あゝ、みんなも無茶しないようにね」

　エル、ルキナ、ルシエルが軍用装甲車両へと乗り込むために立ち去る。
　エル達は魔法師達や弓兵達と、遠距離攻撃を担当する。

「カイトさま、左後ろはお任せ下さい」

「あゝ、頼むよ」

　ゴーレム馬のラヴィーネに乗ったイリアが轡を並べて、俺の死角を護ってくれると言う。
　俺自身、全方位に死角なく戦う積もりだけど、イリアの気持ちが嬉しかったので頷いておいた。

　嫁達の中で、俺と一緒に前線に出るイリアには特別製の鎧を造った。
　普段の戦闘スタイルでは短剣の二刀流か、格闘術を使用していたが、馬上からの戦いになるため、ロングソードと魔導銃をイリア用に製作した。
　コレットは後方で、怪我人の治療を担当する。



　暫くすると、俺達からの威圧に耐えられなくなった、ゴンドワナ帝国とテンプルトン伯爵を中心とした反乱軍が、魔法と矢の射程距離まで進軍しようと動き出した。

　そこで俺はエルに合図を送る。

　すると、軍用装甲車両に取り付けられた遠隔操作式銃塔から法撃が放たれ始める。
　車両に乗車しているのは、エル、アンナさん、ルキナ、ルシエル。
　エルとルシエルは魔法での攻撃、ルキナは魔導銃での攻撃、アンナさんは運転を担当する。

　魔法や矢の射程距離外から攻撃され、魔法障壁で防ぐ帝国軍と反乱軍だが、その全てを防ぐには至っていない。障壁を張る魔法使いも、障壁で法撃を防ぐ度に魔力を削られていく。

　帝国軍と反乱軍は慌てて走り出す。

　両軍の距離があっという間に無くなって行く。