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10 鍛治師の息子
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天文十八年(1549年)二月
俺は陽の差し込まない暗い小屋のような建物で、一心に槌を振るっていた。
正直、鍛治師だった一番最初の父親に、いい思い出はない。当然だろう、棄てられたのだから。
だけどその仕事は目に焼き付いていた。
所詮は野鍛治、優れた太刀や鎧を造れる職人ではなかったが、一通りの仕事を覚えるには問題なかったし、それだけの能力が当時の俺にはあった。
そして此処は伊勢の地、桑名は目と鼻の先という事は、千子村正が居るという事だ。しかもこの時期だと村正の中でも名工として有名な二代村正が現役だった。
そうなれば、父上や兄上の力を使ってでも招いて槌を振るって貰うしかない。その技を見て身に付けようと考えるのは自然なことだった。
村正の作は、斬味凄絶無比と言われる凄まじい斬れ味にあり、その刃から醸し出される覇気は、後の妖刀伝説が作られるのも分かる気がする。
その村正と共に刀や槍を打つ事一年半、何とか形になったと思う。
鍛治の師匠である藤原朝臣村正は、俺が乾いたスポンジのように技術を吸収する様を驚き呆れていたけど。
「巫山戯た弟子じゃ。桑名に他の弟子を残して来て正解じゃた。お主との差を感じて心が折れたであろうからの」
「でもこの先が長そうですね」
「当たり前じゃ。儂が道の途中なのじゃからの」
俺が千子村正に師事したのは、一度目の人生で鍛治に興味があったからという理由もあるが、もう一つ目的もある。
それは俺と岩正坊や六郎達の武具を造りたかったんだ。
分かりやすいのが岩正坊。
岩正坊は巨躯で怪力無双、氣の運用でもその内力は凄まじいのだが、性格的に細かな技術を要する得物より、金砕棒のような物を振り回す方が性に合っているらしい。正に鬼そのまんまじゃないか。
他にもまだ一般的じゃない当世具足を更に手を加え、俺たちの動きを阻害せず、見た目にカッコイイ鎧兜が欲しかった。
なら自分で造ってしまえと思ったんだ。
まだまだ成長する俺や六郎、小次郎や岩正坊なんかは防具を造るにはまだ早い。だから大之丞や慶次郎の刀や槍から作り始めようと思っている。
道順や小南、佐助には、真っ先に専用の武具を渡してある。
忍び衆は既に、戦さの有る無しに関わらず、伊勢を中心に西国や畿内から関東まで、広範囲に活動している。彼等の装備は最優先だ。
二度目の人生の経験から、俺には世界のポールウエポンの知識がある。どうせならそれを再現してみたいという遊び心もあった。
日本の千鳥十文字槍や西洋のハルバード・グレイブ・バルディシュ・パルチザンなど、色々造って試してみようと思っている。
それに千子村正には鉄砲は頼めないけど、自分で作って改造する技術を身に付けるにも丁度良かった。
北畠家では、オリジナルの火縄銃の改良が始まったばかりだけど、出来れば将来的にはパーカッションロック式(雷管式)の前装式の旋条銃を開発したい。
野砲も青銅製なら四斤山砲(よんきんさんぽう)くらいなら造れるだろう。
ただ火力至上主義な訳じゃない。
俺達には、個の飛び抜けた武力と、それが集まった集団の力がある。
そしてそれは戦局を一撃で覆す理不尽な力。
寡兵ながら圧倒的な武力で、大軍を蹴散らし無双するなんて、男の浪漫だと思うじゃないか。
天文十八年(1549年)五月
鍛治の師匠、千子村正が桑名に戻った。
短い間だったが、とても良い時間だった。
俺が鍛治の技術を身に付けるという事は、鍛治師に指示を出す時にも役に立つ。
何が難しく、何処を工夫すれば良いのかをアドバイスできる。
それは、農機具の改良や工具の開発に役立っている。
俺も鍛治ばかりに没頭する時間がない。武芸の鍛錬や北畠家として身に付けるべき教養、領内の開発や八部衆から上がってきた情報の精査、様々な物品の販売。まだ十歳にもなっていないのに、とんだブラック企業だ。
まぁ、それでも北畠家が滅ぼされる未来を回避する為に、自重なんてする気はない。
この世界は、俺が生きた二回目の世界とは厳密には違う世界だと思う。俺が生きた二回目の世界では、北畠家に四男は居なかった筈だ。鬼の王だった俺が転生し、昭和、平成と生き、何の因果か戦国時代の伊勢に生まれた。
今までに分かった畿内の大名やその勢力や動きを考えると、多分、此処は俺が知る戦国時代に極めて似た、並行世界の日本なんだろう。なら未来の心配なんかする必要はない。俺が知る歴史とは違う展開になる可能性もあり、歴史をもとに考えるのが出来なくなるだろう。それも仕方ない。俺には、もう今の家族や家臣の方が大事だからな。
そして俺は鍛治師として、ある試みを始める。
俺の知る歴史の中で、戦国時代最強の軍団の名を欲しいままにし、その軍団で常に先陣を駆けた赤い鎧兜に身を包んだ者達。
そう、武田の赤備えをパクって先に有名になってやろう作戦だ。
甲斐の田舎と違い、伊勢は畿内にも近く、赤備えの軍団が活躍すれば、直ぐに噂は広まるだろう。やったもの勝ちだ。
さしずめ俺は北畠の赤鬼だ。
兜の前立てに、嘗て俺の額に有った二本の角を再現するのも面白い。
他にも色々とアイデアもある。
あっ、そうだ。水車動力のトリップ・ハンマーを造ろう。作業が捗る事間違いない。
水車は粉をひくのにも使えるからもっと早く作れば良かったな。
水車があれば、水量は知れているが水を高所に引けるから、田圃は無理でも畑なら作れそうだ。
そうそう、三河から綿花の種も手に入れ、栽培も始めている。麻も育てているので、木綿だけじゃなく麻布にも手を出している。
綿花の栽培は、現在数を増やしている帆船に、丈夫な帆布が必要なので、道順に頼んで早い段階で手に入れていた。
色々と仕事が多すぎて大変だ。
俺は陽の差し込まない暗い小屋のような建物で、一心に槌を振るっていた。
正直、鍛治師だった一番最初の父親に、いい思い出はない。当然だろう、棄てられたのだから。
だけどその仕事は目に焼き付いていた。
所詮は野鍛治、優れた太刀や鎧を造れる職人ではなかったが、一通りの仕事を覚えるには問題なかったし、それだけの能力が当時の俺にはあった。
そして此処は伊勢の地、桑名は目と鼻の先という事は、千子村正が居るという事だ。しかもこの時期だと村正の中でも名工として有名な二代村正が現役だった。
そうなれば、父上や兄上の力を使ってでも招いて槌を振るって貰うしかない。その技を見て身に付けようと考えるのは自然なことだった。
村正の作は、斬味凄絶無比と言われる凄まじい斬れ味にあり、その刃から醸し出される覇気は、後の妖刀伝説が作られるのも分かる気がする。
その村正と共に刀や槍を打つ事一年半、何とか形になったと思う。
鍛治の師匠である藤原朝臣村正は、俺が乾いたスポンジのように技術を吸収する様を驚き呆れていたけど。
「巫山戯た弟子じゃ。桑名に他の弟子を残して来て正解じゃた。お主との差を感じて心が折れたであろうからの」
「でもこの先が長そうですね」
「当たり前じゃ。儂が道の途中なのじゃからの」
俺が千子村正に師事したのは、一度目の人生で鍛治に興味があったからという理由もあるが、もう一つ目的もある。
それは俺と岩正坊や六郎達の武具を造りたかったんだ。
分かりやすいのが岩正坊。
岩正坊は巨躯で怪力無双、氣の運用でもその内力は凄まじいのだが、性格的に細かな技術を要する得物より、金砕棒のような物を振り回す方が性に合っているらしい。正に鬼そのまんまじゃないか。
他にもまだ一般的じゃない当世具足を更に手を加え、俺たちの動きを阻害せず、見た目にカッコイイ鎧兜が欲しかった。
なら自分で造ってしまえと思ったんだ。
まだまだ成長する俺や六郎、小次郎や岩正坊なんかは防具を造るにはまだ早い。だから大之丞や慶次郎の刀や槍から作り始めようと思っている。
道順や小南、佐助には、真っ先に専用の武具を渡してある。
忍び衆は既に、戦さの有る無しに関わらず、伊勢を中心に西国や畿内から関東まで、広範囲に活動している。彼等の装備は最優先だ。
二度目の人生の経験から、俺には世界のポールウエポンの知識がある。どうせならそれを再現してみたいという遊び心もあった。
日本の千鳥十文字槍や西洋のハルバード・グレイブ・バルディシュ・パルチザンなど、色々造って試してみようと思っている。
それに千子村正には鉄砲は頼めないけど、自分で作って改造する技術を身に付けるにも丁度良かった。
北畠家では、オリジナルの火縄銃の改良が始まったばかりだけど、出来れば将来的にはパーカッションロック式(雷管式)の前装式の旋条銃を開発したい。
野砲も青銅製なら四斤山砲(よんきんさんぽう)くらいなら造れるだろう。
ただ火力至上主義な訳じゃない。
俺達には、個の飛び抜けた武力と、それが集まった集団の力がある。
そしてそれは戦局を一撃で覆す理不尽な力。
寡兵ながら圧倒的な武力で、大軍を蹴散らし無双するなんて、男の浪漫だと思うじゃないか。
天文十八年(1549年)五月
鍛治の師匠、千子村正が桑名に戻った。
短い間だったが、とても良い時間だった。
俺が鍛治の技術を身に付けるという事は、鍛治師に指示を出す時にも役に立つ。
何が難しく、何処を工夫すれば良いのかをアドバイスできる。
それは、農機具の改良や工具の開発に役立っている。
俺も鍛治ばかりに没頭する時間がない。武芸の鍛錬や北畠家として身に付けるべき教養、領内の開発や八部衆から上がってきた情報の精査、様々な物品の販売。まだ十歳にもなっていないのに、とんだブラック企業だ。
まぁ、それでも北畠家が滅ぼされる未来を回避する為に、自重なんてする気はない。
この世界は、俺が生きた二回目の世界とは厳密には違う世界だと思う。俺が生きた二回目の世界では、北畠家に四男は居なかった筈だ。鬼の王だった俺が転生し、昭和、平成と生き、何の因果か戦国時代の伊勢に生まれた。
今までに分かった畿内の大名やその勢力や動きを考えると、多分、此処は俺が知る戦国時代に極めて似た、並行世界の日本なんだろう。なら未来の心配なんかする必要はない。俺が知る歴史とは違う展開になる可能性もあり、歴史をもとに考えるのが出来なくなるだろう。それも仕方ない。俺には、もう今の家族や家臣の方が大事だからな。
そして俺は鍛治師として、ある試みを始める。
俺の知る歴史の中で、戦国時代最強の軍団の名を欲しいままにし、その軍団で常に先陣を駆けた赤い鎧兜に身を包んだ者達。
そう、武田の赤備えをパクって先に有名になってやろう作戦だ。
甲斐の田舎と違い、伊勢は畿内にも近く、赤備えの軍団が活躍すれば、直ぐに噂は広まるだろう。やったもの勝ちだ。
さしずめ俺は北畠の赤鬼だ。
兜の前立てに、嘗て俺の額に有った二本の角を再現するのも面白い。
他にも色々とアイデアもある。
あっ、そうだ。水車動力のトリップ・ハンマーを造ろう。作業が捗る事間違いない。
水車は粉をひくのにも使えるからもっと早く作れば良かったな。
水車があれば、水量は知れているが水を高所に引けるから、田圃は無理でも畑なら作れそうだ。
そうそう、三河から綿花の種も手に入れ、栽培も始めている。麻も育てているので、木綿だけじゃなく麻布にも手を出している。
綿花の栽培は、現在数を増やしている帆船に、丈夫な帆布が必要なので、道順に頼んで早い段階で手に入れていた。
色々と仕事が多すぎて大変だ。
応援ありがとうございます!
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