北畠の鬼神

小狐丸

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42 婚姻の儀

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 永禄元年(1558年)二月

 清洲城

「それでどうであった?」
「はっ、それはもう豪華な婚姻の儀で御座いました」
「流石、公界とはいえ大湊を領有する北畠家、珍しき物が多くありました」

 信長が於市と源四郎の婚姻の儀へ、織田家から出席した村井貞勝と森可成に式の様子を聞き、二人は揃って豪華な式に驚いた事を話す。

「北畠家から娘を貰わずに良かったと思われます」
「そうですな。あの式と同等のものをと言われても無理でしょうからな」
「そうか。それ程のものだったか」

 村井貞勝と森可成が、織田家から北畠家へのみ娘を出す形の婚姻で良かったとしみじみと言い、信長もその式の豪華さを感じ取った。

「それならば兄上や伊勢守を行かせたのは正解だったな」
「はい。三郎五郎様も伊勢守様も、呆然とされていました」
「同盟を結んだ北畠家の力を目の当たりにしましたからな」

 今回の挙式には、織田信広と織田信安の二人も織田家からの使者として出席していた。信長としては、敵対すれば援軍として駆け付ける北畠家の力も見せておきたかったのだろう。

「で、於市の様子はどうであった?」
「はっ、北畠家から暖かく迎え入れられていましたな」
「婚約期間に、人質として安濃津で暮らしたのが良かったのかもしれませんな。随分と可愛がられているようですし、市姫様も幸せそうにしておられました」
「で、あるか」

 はなから同格での同盟など有り得なかったので助かったと信長は胸をなで下ろす。
 今の尾張は銭を浪費する余裕はない。尾張統一後、美濃を見据えて銭は幾ら有ってもいい状況だった。

 そして於市が北畠家に暖かく迎え入れられている事に安心する。
 史実では十万を超える一向宗の門徒を、女子供も含めて根切りし、第六天魔王と怖れられた信長だが、家族には甘かった。







 安濃津城

 神戸城の改築と街道整備は順調だ。兄上の松坂城と城下町の拡張と整備も急ピッチで進み、北伊勢から南伊勢から志摩まで、陸路と海路の交易は更に活発になっている。

 そして先日、俺と於市の婚礼の儀が行われた安濃津は、いまだその賑わいが残っていた。

 式は、多気御所ではなく安濃津で行われた。

 これは単純に多気御所よりも安濃津の方が便利だったと理由だ。

 船を使うにしても、陸路で来るにしても、安濃津は便利だ。

 安濃津の湊も軍港以外の一般の湊も完成し、大湊や津島、熱田から船が出入りする様になっている。

 婚礼の儀には、織田家関係は当然として、京の公家衆から近江朽木谷に避難中の大樹の名代として細川藤孝殿も来ていた。

 大樹は、近々三好長慶に対して戦さを仕掛ける事を考えているようだ。
 多分、この戦さは負けるだろうけど、今年の後半に六角左京大夫義賢の仲介で、和議を結び京へ戻る筈だ。

 大樹の本音としては、俺を使いたいみたいだが、現状六角左京大夫義賢と北畠家との関係は最悪一歩手前だ。流石に言えなかったようだ。

 しかし大樹ももう少し大人になって貰いたい。京に居ない間に改元したのが気にくわないからといって、いまだに弘治の年号を使用し続けているらしい。朝廷に喧嘩を売っている様なものだ。




「千代女姐様、楓姐様、お茶を淹れましたのでどうぞ」
「ありがとう於市ちゃん」
「ありがとうね於市ちゃん」

 於市とお茶を飲んでいると、千代女と楓が部屋に入って来た。於市が二人分のお茶を淹れる。

 呼び方からも分かるように、於市は千代女と楓を姉として慕っている。武術や仙術の先達であり妻としても仲間だと思っているようだ。
 呼び方が砕けているのも於市が望んだ事で、家の中でなら問題はない。俺は外でも問題ないと思うけどな。

 於市は、満年齢で十一歳になる。
 安濃津で数年過ごしたからか、それとも織田の血筋か、この戦国時代の女性としてはかなり発育が良い。

 だからと言って、まだ子供を産むには早いので、あと三年我慢する様に言ってある。

「嫁入りの為に、一旦尾張へ帰る必要があったのは分かりますけど、此処に慣れた私には大変でした」
「此処と違ってお風呂も頻繁に入れないものね」
「はい。髪の毛用の石鹸も有りませんから」

 石鹸は織田家にも売っているんだけど、そこからシャンプーは作っていないようだ。簡単なんだけどな。

 それとお風呂は一度習慣になってしまうと、入れないのは辛い。

 この安濃津には、大湊近くの工業区画にある高炉から出来た銑鉄を精錬する為の転炉がある。
 大湊の工業区画とこの安濃津に風呂があるのは、高炉や転炉の排熱を利用しているからだ。

 他にも間伐材を利用した薪を燃やす風呂も数カ所あるが、それはそう頻繁に沸かせない。

 石炭ボイラーの開発も進めた方がいいかもしれない。


「尾張では食事も塩っ辛いので困ります。兄上に言って随分改善されましたけど、此処での食事に比べると……」
「三郎殿も塩分の過剰な摂取は体に悪いから、食事の改善は必要だな」

 基本的に尾張の人は濃い味を好むので、どうしても塩分過多になりがちだ。

「でも良かったのでしょうか? 私だけこんなに豪華な式を挙げて頂き」
「良いのよ於市ちゃん」
「そうよ、私達は側室だもの。それに千代女様と違って私は孤児だもの、それでも十分な式は挙げて頂いたわ」

 千代女は甲賀五十三家筆頭の望月家の姫だから、それなりに形式に則った結婚式を挙げている。そうなると楓にもという事でちゃんとした式を挙げた。

 楓は、鳥屋尾の爺の家へ養女に出して嫁ぐ事になったんだ。
 鳥屋尾の爺は、以前から楓がお気に入りだから、喜んで養女に迎え入れてくれた。

 普通なら有り得ないが、今の北畠領内で孤児を蔑む者は少ない。それを示す為にも鳥屋尾の爺は楓を養女にしたのだろう。

「それはそうと殿、素養のある女子を集めて部隊を作る話はどうなりました?」
「うーん、それなぁ……」

 千代女が思い出した様に言ったのは、城内で女子で構成された部隊を作るというものだった。

「於市ちゃんの護衛の意味もあります」
「千代女姐様、於市は護衛が無くとも大丈夫な様に強くなります」
「於市ちゃん、それでも源四郎様みたいに一人で軍勢を相手に出来る程強くなれないでしょ。護衛は必要よ」
「むぅ……それはそうですが……」

 千代女や楓が安濃津の町を出歩く時、侍女と表立った護衛とは別に、八部衆の影守りが付く。

 千代女はその侍女に手練れを、最低でも一人か二人加えたいらしい。

 確かに千代女や楓は並の武士や刺客では太刀打ち出来ない腕も持つが、多勢に無勢となるとあと一人二人腕利きが居ると楽だろう。

「……なら、孤児だけに限らず、素養の有りそうな子供を探すか。ただ資質が有ったとしても、本人の意志を尊重する事が前提だけどな」
「有難うございます。ただ殿、甲賀もそうですが、伊賀も希望する子は多いと思いますよ」
「そうですよ殿。孤児の中でも殿のお役に立ちたい子は多いですから」
「本人の幸せを一番に考えて欲しいんだがな」

 売られたり、捨てられたりした子の中には、困った事に、その環境から救った俺の為ならと、狂信的な子が多い。そんな子に、俺がそんな自分を犠牲にする事は望んでいないと伝えても、それがその子達の望みだと言われれば何も言えなくなる。

「殿、孤児から侍女に成るのは大出世ですよ」
「……まあ、危険はあるが、出世と言えるのか」

 楓に言わせると侍女は大出世だと言う。そう言われるとそうか。

「於市も鍛錬仲間が増えた方が励みになるか」

 籠城時には、女子も戦力となって働かねばならない事を考えれば、千代女の提案を却下する事は出来ないな。


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