北畠の鬼神

小狐丸

文字の大きさ
上 下
43 / 64

43 鉱山と合金

しおりを挟む
 永禄元年(1558年)三月

 伊勢の一志郡美杉村で、少量ながらモリブデンが産出する事を知って取り組んだのが、クロムモリブデン鋼の製造だ。

 鋼鉄に僅かなクロムとモリブデンを添加したものがクロムモリブデン鋼と言う。

 自転車のフレームから銃のバレルまで、広く使われている合金だ。

 用途は刀や槍以外にも銃のバレルに使いたかった。

 幾ら俺達が人外の強さを誇ったとしても、北畠軍全てではない。これからの戦さは鉄砲は切り離せない。

 今の時点で、硝石の問題をクリアした北畠家は一歩先を進んでいると言えるだろうが、研究開発を進めなければ、直ぐに追いつかれるだろう。

 そこで今からライフリングを刻んだミニエー弾を用いる銃は勿論の事、雷管式(パーカッションロック式)の銃の開発を進めたい。

 ライフリング自体は、手間と時間はかかるが、工作機械が無くとも削る事は可能なので、ミニエー弾の形やその形の理由を知っている俺からすれば、前装式のミニエー銃までは造る自信はある。

 ただ銃の集団運用を考えれば、最低でもフリントロック式、出来ればパーカッションロック式の銃が欲しい。
 ただ、ここでフリントロック式には問題がある。日ノ本産の火打石の性能の問題で不発が多い。質の良い火打石を輸入する必要があるんだ。

 なら最初からパーカッションロック式を目指そうとなった。

 まあ、パーカッションロック式も、パーカッションキャプ(雷管)の製造に、簡単な工作機械を造る必要はあるだろうが、その辺は足踏み式でも水車動力でもいいから試してみよう。



 本当はバナジウム鋼も試してみたい。
 あのダマスカス鋼には、微量のバナジウムが入っているらしいからな。

 まぁ、今は良質の鉄鋼製の大砲を造れる様になる方が先だ。
 今、キャラベル船に積んでいる大砲は、青銅製の大砲だ。
 鋼鉄製の大砲を造るには、今以上の鋳造技術の進歩が必須なんだ。

 コストの面でも青銅製の大砲よりも鋼鉄製の大砲を早く造れるに越した事はないからな。



 鍛冶屋の息子として生まれた最初の生、捨てられて鬼と成る結末を迎えたが、その影響は三度目の人生にもある様で、今世では千住村正に弟子入りして鍛治の技を学んだ。
 昭和、平成を生きた二度目の人生も、今から考えればどちらかと言えば工学系が好きだったかもしれない。

 鉱山の話では、伊勢統一はモリブデン鉱石以外にも、銅鉱山を採掘できるようになったりとプラスの効果が大きい。
 出来れば岐阜県、今の美濃の鉱山も開発したいが、織田家が次に狙う標的だから、交易で手に入れるしかないかな。



 安濃津の工業区画にある俺の個人的な工房に、鍛冶職人の親方がやって来た。

「殿、手回し押し付け機(ハンドプレス機)がもっと欲しいと革職人や靴職人から要望が出ていますぜ」
「手分けして必要数造ってくれるかな」
「へい。それはいいんですが、旋盤も増やさねえといけないんで、鍛冶職人を増やす必要があるんじゃねえですかい?」
「京辺りから引き抜くか」
「一時でもいいんで、大湊の工業区画から人を回して貰うって方法もありますぜ」
「少し考えてみるよ。引き続き弟子の育成も宜しく頼むよ」
「へい。お任せくだせえ」

 この時代の職人はプライドが高い人が多いのか、専門の物以外を作りたがらないが、そんな中でも柔軟性に富んだ人を積極的に雇用している。

 作らないといけない物は多岐にわたる。
 農機具、刀や槍、鎧兜、火縄銃、船に使用する金具から釘まで。
 刀鍛冶は刀しか打たないし、野鍛冶は鍬や鋤などの農機具しか作らないのが普通だ。

 刀鍛冶や鎧兜を造る防具職人に関しては、そのまま今までの仕事を続けるように言っているが、伊勢で忙しいのは寧ろ野鍛冶の方だったりする。

 野鍛冶には、農機具の他にも工作機械の部品造りを頼んでいるから、彼らはとても忙しい。

 そして旋盤やプレス機を使い熟しているのも野鍛冶だった。

 そろそろ手回しフライス盤の開発もしないとな。


「殿、御所様から円匙(えんし)を百本欲しいとの事です」
「円匙だけか? 鉈は?」
「鉈は御所様の方で調達されるそうです」

 鍛冶職人の親方が出て行った後、松坂の兄上から円匙(シャベル)が欲しいと言ってきたと報告があった。

「百は多いな。兄上の所の黒鍬衆を増員するのかな。まあ、了解したと伝えてくれる。ただし、少し時間は欲しいと付け加えて」
「はっ、承知致しました」

 兄上は、俺の編成した黒鍬衆を手本に、北畠本隊にも黒鍬衆を新設した。
 武器としても使えるシャベル(円匙)や鉈を装備するのはうちの黒鍬衆と同様で、鎧兜の色だけが違う。

 黒鍬衆の鎧兜は、極力簡素化して軽量化した動きやすさを追求したものだ。
 作業に邪魔になる重い胴丸は廃し、兜も防御面よりも軽く日除けや水を汲める様になっている。

 黒鍬衆の標準装備でかるシャベルは、鋼鉄製のうえ砥いで刃を付けてあるので、武器としても十分な破壊力がある。

 しかも持ち手の太さや形状、折りたたんで持ち運びやすくした工夫、一本の黒鍬衆用シャベルには、かなりコストがかかっている。

 因みに、工事用のシャベルは通常の工具としてのシャベルだ。

 今回、兄上から直々に円匙が欲しいとの事なので、それは通常の工具としての円匙ではなく、黒鍬衆用の装備だと分かる。鉈の話が出たので間違いない。

 鍛冶職人の人数は、大湊や宇治山田を始め、津島や熱田や堺からも集めているが、それでもまだ十分とは言えない。

 一度に百本の注文は、色々と調整しないと短期間では出来ないんだ。

 黒鍬衆は他にも任務により様々な工具を使う。

 野戦陣地構築、架橋工事、築城、街道整備、新田開発、治水工事、攻城兵器作成、水車小屋建設など、任務により様々な道具を使い熟す。

 さて、俺は黒鍬衆の新装備でも考えるか。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私は本当の意味で愛していないらしい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:717pt お気に入り:342

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:887pt お気に入り:305

王子の婚約者を辞めると人生楽になりました!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:8,640pt お気に入り:4,744

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:34,265pt お気に入り:17,428

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,245pt お気に入り:3,013

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,430pt お気に入り:4,186

処理中です...