コンパルション特集

桂圭人

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アディシェスとコンパルション

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薄暗い統制局の地下実験室。壁面は冷たい銀色の金属で覆われ、無機質な蛍光灯が淡く照らすだけだ。中央の拘束台に、一人の男が固定されていた。男の目は虚ろで、すでに何度も「調整」を受けた痕跡が体に残っている。

扉が静かに開き、二つの影が入室した。
先に入ったのは、白いロングコートを纏った男――コンパルション=オーバーラプス。白髪、白い瞳、白い手袋。胸元から足元まで金ボタンが整然と閉じられ、耳元では白金の鎖のピアスが微かに揺れる。顔面のクロス包帯が、彼の表情を隠しているが、それでも声だけで支配的な気配が漂う。

後ろから入ったのは、銀糸の刺繍が施された防護服の男――アディシェス。白髪を几帳面に分け、白色の虹彩が冷ややかに輝く。口元にはいつもの淡い笑みが浮かんでいるが、それは感情ではなく、単なる観察者の仮面だ。彼の手には、細長い精神共鳴拷問具「リサージュ・カッター」が握られている。

「遅かったね、アディシェス」
コンパルションが先に口を開いた。声は滑らかで、しかし命令形の響きが強い。

アディシェスは静かに近づき、拘束台の男を見下ろす。男の瞳が震え、恐怖が滲み出ていた。それを感じ取った瞬間、アディシェスの周囲の空気がわずかに歪む。温度が下がり、光が屈折する。恐怖吸引――彼の能力が、無意識に発動していた。

「興味深い。恐怖の純度が高い。君の『修正』が効いていない証拠だね」
アディシェスが淡々と告げる。声には感情がない。ただの観測報告。

コンパルションは白手袋の指を鳴らし、腰から金色の鎖を引く。鎖符――チェインコード。一節ごとに金血のルーンが刻まれ、IF、WHILE、DOの命令文が輝いている。
「意志はバグりやすい。だからボクが修正する」

鎖が蛇のように伸び、男の体に巻きつく。瞬間、男の目が白く染まり、体が痙攣する。意志処理レイヤが乗っ取られ、別プロセスで思考が強制実行される。

男の口から、コンパルションの声が重なる。
「考えるな。次はボクが思考する」

アディシェスはそれを傍観しながら、リサージュ・カッターを男の額に近づける。刃が振動し、精神共鳴が始まる。恐怖がさらに増幅され、アディシェスの瞳がより冷たく輝く。
「君の方法は粗雑だ。鎖で上書きするだけでは、根本の恐怖は消えない。むしろ増幅される」

コンパルションが顔を向ける。包帯の下から、わずかに嘲笑の気配が漏れる。
「粗雑? ボクのオーバーライドは完璧だ。この標的はもう、ボクのサブスレッド。キミの恐怖吸引なんて、ただの補助輪だよ」

アディシェスは首を振る。笑みは変わらない。
「補助輪? 君は理解していない。恐怖は秩序を生む。感情という不純物を排除し、純粋な理性だけを残す。それが真の支配だ」

緊張が張り詰める。二人は互いに視線を交わす。支配の方法論が、根本的に異なる。

突然、コンパルションが鎖符を振り上げる。《パペットフィールド》の予兆だ。半径30m内の全てを操り人形ネットに変える技。

「試してみる? この部屋の全てを、ボクの網に掛けて。キミの『理性』も、ボクがロードしてあげる」

アディシェスは一歩退く。だが、恐怖を感じていない。むしろ、周囲の空気がさらに冷える。男の恐怖が、彼を強化している。
「面白い提案だ。でも、君の鎖は感情を無視する。僕の恐怖は、君のプロセスを歪めるかもしれないよ」

コンパルションが低く笑う。
「歪む? それもバグだ。修正してあげる」

二人の力が衝突する瞬間――実験室の警報が鳴り響いた。上層部からの緊急召喚。標的の調整は中断される。

コンパルションが鎖を収め、アディシェスがカッターをしまう。

「続きは次だね、アディシェス」

「ええ。君の『修正』が、どれだけ恐怖を増やすか。観察が楽しみだ」

二人は背を向け、部屋を出る。残された男は、鎖と恐怖の残滓に震え続けていた。
支配とは何か。強制か、恐怖か。それとも、両方が絡み合う何かか。
統制局の闇は、まだ深かった。
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