14 / 90
14.主人公にはこの世界の記憶があるのか
しおりを挟む
アルフレッドはアラステアのために王族が使える特別室を借りて、ランチを取るように手配をした。スープで汚れた制服も、そこで着替えることができた。
王族の特別室であれば、内密の話もしやすい。そう、クリスティアンの夢の話をすることもできるだろう。アルフレッドはそう判断して、その部屋を用意させたのだ。
しかし、アラステアは食欲がなく、ランチを食べる手も止まりがちだ。
アラステアは、主人公にぶつかられて言い掛かりをつけられても適切な対応ができなかったことで、酷く落ち込んでいた。ジェラルドのようになろうと思っていたのに、全然そのように行動できていない。
「やはり僕は、主人公を虐げる悪役令息だと言われるようになるのでしょうか……」
「今回の件については、アラステアの対応は間違っていないよ。あの場面で無暗に反論をしていたら、主人公の思う壺だっただろうからね。カフェテリアでは、どう見ても主人公の方がぶつかってきている。下位貴族が僕たち上位貴族にあんなふうに噛みついてきたら、罰を与えなければならなくなるのだから」
うなだれるアラステアの頭を、ローランドは優しく撫でて慰めてくれる。
「そうだな、主人公はアラステアを狙って今回のことを仕掛けた可能性がある。今後はもっと注意する必要がありそうだね」
クリスティアンはそう言って、考え込むような様子を見せた。
サミュエルとティモシーがアルフレッドの側近である以上は、主人公が篭絡できる可能性が高い攻略対象はエリオットということになる。
ただし、物語の通りになるとは限らない。クリスティアンはこれまでも、物語の流れを変えるべく、動いてきたのだ。
レイフはともかく、主人公がエリオットと結ばれること自体は、別に問題ない。
悪役令息とされるローランドとアラステアの断罪劇さえなくなれば、それで良いのだ。
「あの、レイフ殿下がいらっしゃる場面で、どうして僕を狙おうと思ったのでしょう。僕はレイフ殿下とはお知り合いではないのに……」
「そういえば、そうだね」
アラステアの疑問に、ローランドが頷いた。確かに、物語の『強制力』であったとすれば、主人公はアラステアではなくローランドにぶつかることになっただろう。しかし、実際には主人公はアラステアにぶつかっている。しかも、故意にぶつかった可能性がある状況でカフェテラスの騒ぎは起きているのだ。
「そのことで、一つ気になっていることがあります」
クリスティアンは、アルフレッド、ローランドそしてアラステア、三人の顔を確かめるように見ると、言葉を続けた。
「わたしは、あの主人公にも、この物語の記憶があるのではないかと疑っています」
「ふむ、どうしてそのように思ったのだ?」
「はい、入学式の日に主人公とアルフレッド兄上の『イベント』が発生する場面で、兄上のことを王族だと知って、話をしていました」
「そうであったな。まあ、王子の顔を知っている者は多いだろう。主人公は次に、迷いなくレイフに近づいていったようであるしな」
クリスティアンの言葉に、アルフレッドは常識的な答えを返す。
「そう、わたしもそう思っていたのです。彼は王族に興味がある、学院では下位貴族でも近づくことができるから、その機会を捕らえようとしているのだと。
しかし、どうやら主人公は、わたしのことを王族だと認識していないようなのです」
「それは、クリスティアンのことが好みではないだけではないの?」
「ふふふ。確かにそれはそうかもしれない」
ローランドから茶々が入るのを往なしながら、クリスティアンは話を続けた。
「だけどね、今日のアラステアにぶつかった時のことを考えてみてください。明らかにわたしが巻き込まれても良いという行動だったでしょう?」
「あ……。確かに、以前の僕だったらクリスティアン殿下のいる方へ転んで、大変なことになっていたと思います」
クリスティアンの問いかけに、アラステアは頷いた。
ローランドと祖母に鍛えられたおかげで、アラステアの体幹は少々のことでは揺るがなくなっている。しかし、もしも入学してきた当時のアラステアであれば、ランチプレートをクリスティアンにぶちまけて、転んでいたことだろう。
クリスティアンに火傷でもさせていれば、主人公もアラステアも罰せられることになっただろう。
「そう、王族を間接的にでも害したということになれば、レイフ兄上が庇ってもただでは済まないでしょう」
「いや、王族をそのような目に遭わせても大丈夫だと考えるぐらい、奴に常識がない可能性もあるぞ。我に対しても大層無礼であったからな」
クリスティアンの言葉には説得力があるように思えたが、アルフレッドの言葉に皆反論できず、黙り込むことになってしまった。
「次のイベントは、ダンスの合同授業で誰のパートナーになるかですね。少し様子を見るしかなさそうです」
いずれにしても、主人公にこの世界の記憶があるのかないのかということについては、確定的な証拠があるわけではない。
その日は、その可能性もあることで観察を続けていくということが結論になった。
しかし、イベントを待たずして、事態は動いていくことになる。
カフェテリアでの接触から間もないころ、学院の中にとある噂が立ち、主に下位貴族の中に広まり始めたのだ。
それは、「アリーという伯爵令息が、婚約者と仲の良い男爵令息に卑劣な攻撃をしている」というものだった。
王族の特別室であれば、内密の話もしやすい。そう、クリスティアンの夢の話をすることもできるだろう。アルフレッドはそう判断して、その部屋を用意させたのだ。
しかし、アラステアは食欲がなく、ランチを食べる手も止まりがちだ。
アラステアは、主人公にぶつかられて言い掛かりをつけられても適切な対応ができなかったことで、酷く落ち込んでいた。ジェラルドのようになろうと思っていたのに、全然そのように行動できていない。
「やはり僕は、主人公を虐げる悪役令息だと言われるようになるのでしょうか……」
「今回の件については、アラステアの対応は間違っていないよ。あの場面で無暗に反論をしていたら、主人公の思う壺だっただろうからね。カフェテリアでは、どう見ても主人公の方がぶつかってきている。下位貴族が僕たち上位貴族にあんなふうに噛みついてきたら、罰を与えなければならなくなるのだから」
うなだれるアラステアの頭を、ローランドは優しく撫でて慰めてくれる。
「そうだな、主人公はアラステアを狙って今回のことを仕掛けた可能性がある。今後はもっと注意する必要がありそうだね」
クリスティアンはそう言って、考え込むような様子を見せた。
サミュエルとティモシーがアルフレッドの側近である以上は、主人公が篭絡できる可能性が高い攻略対象はエリオットということになる。
ただし、物語の通りになるとは限らない。クリスティアンはこれまでも、物語の流れを変えるべく、動いてきたのだ。
レイフはともかく、主人公がエリオットと結ばれること自体は、別に問題ない。
悪役令息とされるローランドとアラステアの断罪劇さえなくなれば、それで良いのだ。
「あの、レイフ殿下がいらっしゃる場面で、どうして僕を狙おうと思ったのでしょう。僕はレイフ殿下とはお知り合いではないのに……」
「そういえば、そうだね」
アラステアの疑問に、ローランドが頷いた。確かに、物語の『強制力』であったとすれば、主人公はアラステアではなくローランドにぶつかることになっただろう。しかし、実際には主人公はアラステアにぶつかっている。しかも、故意にぶつかった可能性がある状況でカフェテラスの騒ぎは起きているのだ。
「そのことで、一つ気になっていることがあります」
クリスティアンは、アルフレッド、ローランドそしてアラステア、三人の顔を確かめるように見ると、言葉を続けた。
「わたしは、あの主人公にも、この物語の記憶があるのではないかと疑っています」
「ふむ、どうしてそのように思ったのだ?」
「はい、入学式の日に主人公とアルフレッド兄上の『イベント』が発生する場面で、兄上のことを王族だと知って、話をしていました」
「そうであったな。まあ、王子の顔を知っている者は多いだろう。主人公は次に、迷いなくレイフに近づいていったようであるしな」
クリスティアンの言葉に、アルフレッドは常識的な答えを返す。
「そう、わたしもそう思っていたのです。彼は王族に興味がある、学院では下位貴族でも近づくことができるから、その機会を捕らえようとしているのだと。
しかし、どうやら主人公は、わたしのことを王族だと認識していないようなのです」
「それは、クリスティアンのことが好みではないだけではないの?」
「ふふふ。確かにそれはそうかもしれない」
ローランドから茶々が入るのを往なしながら、クリスティアンは話を続けた。
「だけどね、今日のアラステアにぶつかった時のことを考えてみてください。明らかにわたしが巻き込まれても良いという行動だったでしょう?」
「あ……。確かに、以前の僕だったらクリスティアン殿下のいる方へ転んで、大変なことになっていたと思います」
クリスティアンの問いかけに、アラステアは頷いた。
ローランドと祖母に鍛えられたおかげで、アラステアの体幹は少々のことでは揺るがなくなっている。しかし、もしも入学してきた当時のアラステアであれば、ランチプレートをクリスティアンにぶちまけて、転んでいたことだろう。
クリスティアンに火傷でもさせていれば、主人公もアラステアも罰せられることになっただろう。
「そう、王族を間接的にでも害したということになれば、レイフ兄上が庇ってもただでは済まないでしょう」
「いや、王族をそのような目に遭わせても大丈夫だと考えるぐらい、奴に常識がない可能性もあるぞ。我に対しても大層無礼であったからな」
クリスティアンの言葉には説得力があるように思えたが、アルフレッドの言葉に皆反論できず、黙り込むことになってしまった。
「次のイベントは、ダンスの合同授業で誰のパートナーになるかですね。少し様子を見るしかなさそうです」
いずれにしても、主人公にこの世界の記憶があるのかないのかということについては、確定的な証拠があるわけではない。
その日は、その可能性もあることで観察を続けていくということが結論になった。
しかし、イベントを待たずして、事態は動いていくことになる。
カフェテリアでの接触から間もないころ、学院の中にとある噂が立ち、主に下位貴族の中に広まり始めたのだ。
それは、「アリーという伯爵令息が、婚約者と仲の良い男爵令息に卑劣な攻撃をしている」というものだった。
804
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
出来損ないと虐げられ追放されたオメガですが、辺境で運命の番である最強竜騎士様にその身も心も溺愛され、聖女以上の力を開花させ幸せになります
水凪しおん
BL
虐げられ、全てを奪われた公爵家のオメガ・リアム。無実の罪で辺境に追放された彼を待っていたのは、絶望ではなく、王国最強と謳われるα「氷血の竜騎士」カイルとの運命の出会いだった。「お前は、俺の番だ」――無愛想な最強騎士の不器用で深い愛情に、凍てついた心は溶かされていく。一方、リアムを追放した王都は、偽りの聖女によって滅びの危機に瀕していた。真の浄化の力を巡る、勘違いと溺愛の異世界オメガバースBL。絶望の淵から始まる、世界で一番幸せな恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる