24 / 90
24.物語の記憶
しおりを挟むカフェテリアでノエルがアラステアにぶつかり、その後もめていたことは学生の間でよく知られていた。なにしろ、我が国の第二王子が一方を庇い、第一王子が事故だと切り捨てた。それは、カフェテリアで実際に見ていた学生以外にも、広く詳しく伝えられている。
次期王太子争いをしている二人がもめ事に関わり、第一王子が完全勝利したという形で。
その時点では、きっかけをつくったピンク色の髪の男爵令息についてはさほど重要視されてはいなかった。
しかし、今の状況においては、皆のその認識が変化している。
そのきっかけを作ったピンク色の髪の男爵令息が、第一王子の婚約者に絡んでいるのだ。皆が興味津々で、ノエルに注目するのは必然であろう。
「謝って、くださいっ! そしたらゆるしますからっ!」
「ああ、可哀想に。ノエル、痛かっただろう?」
ノエルが涙を浮かべながら、ローランドに訴え、ダンス教師が抱き起したノエルをエリオットが抱きしめる。
ホールにいる学生の中には二人のその大袈裟なやり取りを見て、まるで演劇のようだと感じる者も多くいた。
「物語の通りの台詞だね」
「え?」
クリスティアンが、アラステアの耳元で呟いた。
ダンスのイベントでは、主人公のパートナーをエリオットが務めることで、攻略がうまくいっていることが判明する。ダンスイベントにおいては、主人公が攻略したい相手によって、その場で活躍する悪役令息が変わる。アルフレッドルートに行くときにこの場面で活躍する悪役令息はローランド・ウォルトンであり、他のルートに行くときにこの場面で活躍する悪役令息はアリー・コートネイである。
つまり、主人公ノエルは、アルフレッドを攻略するつもりなのだろう。
「これは、ダンスの試験の日に起きるイベントだ。少しずれているけれど、イベントとしては成立してもおかしくないのかもしれない。しかし、どうであろうか」
クリスティアンは、アラステアの腰に手をまわし、その体を抱き寄せながらそう囁いた。夢の中でこの世界を見ていたクリスティアンの言葉に、アラステアは身震いする。
ただしその姿は、周囲の目には第三王子がトラブルから婚約者を守ろうとしているようにしか見えないだろう。
絡まれたローランドは、無表情でノエルの様子を見ていたが、謝罪を求める発言を聞くと、口角を上げて貴族らしい表情の読めない笑顔を浮かべた。
「どうして、わたしがあなたに謝罪しなければならないのでしょう。あなたの方からわたしにぶつかってきたのに?」
「僕を転ばせたのに……。酷いっ……!」
ノエルは肩を震わせて泣きながら、エリオットにすがりついた。その姿は庇護欲をそそる可愛らしさだ。ノエルが転倒する場面を見ていない学生たちの中には、ローランドがダンスの邪魔をするような何かをしたのではないかという疑惑を持つ者も、現れるかもしれない。
アラステアは、不安のあまり、繋いでいるクリスティアンの手をぎゅっと握りしめた。
「この位置から、あなたのダンスを妨害するのは、不可能だと思いますけれど……」
一方、当事者にされてしまったローランドは、落ち着いたものである。見学者とダンスをしている者の間には本来かなりの距離がある。ノエルとエリオットは、そのダンス位置を逸脱しているのだが、それでもローランドがダンスの邪魔をしたという訴えには無理がある程度は離れている。
周囲の学生たちからも、「見学者がダンスの邪魔をするのは無理じゃないのか」「どうして、ウォルトン公爵令息がレイトン男爵令息を転倒させる必要があるのかしら」などという声がちらほらと聞こえてくる。
ノエルは周囲をきょろきょろと見回している。その表情はやがて絶望したものに変わり、ぽろぽろと涙をこぼしながらエリオットに強くしがみついた。
「レイトンさん、この件については後でお話することにして、先に医務室に行きましょう。ステイシーさんも、医務室で診てもらいなさい。
さあ、他の人は授業を続けますよ」
ダンス教師が、ようやくノエルに声をかけた。
ダンス教師は助手を呼んで、ノエルを連れて行くように指示を出す。そして学生には、ダンスポジションを取るようにと指示を出した。そして、ローランドはノエルとぶつかっているのに、医務室に行くような指示は出していない。
その判断の拙さと遅さにクリスティアンはため息を吐いたが、これもイベントを達成するための強制力なのかもしれない。
実際には、最後のところでイベントは達成されていない。このままでは、イベント達成の条件を満たしていないのだ。
そのダンス教師の対応はノエルを満足させるものではなかったようだ。
「僕は……謝ってほしかっただけなのに……! 悪役令息なのにどうして……」
「あっ、ノエル!」
「レイトンさん!」
ノエルは叫び声を上げながら、ともに医務室に向かおうとしていたエリオットと、その身を支えていた助手の手を振り払って、ホールから飛び出して行った。どうやら怪我はしていないようだ。
ノエルの最後の言葉は、皆にはよく聞こえなかったのだが、その文言になじみのあるクリスティアンの耳には鮮明に残った。
「悪役令息……か」
ノエルにもこの物語の記憶があるのではとクリスティアンは考えていたが、どうやらその推測は当たっているらしい。攻略が物語通りに進まないから焦っているのだろう。
しかし、イベントの日時がずれているのは、彼の記憶が曖昧だからなのか、攻略がうまくいかないからわざと日時をずらして仕掛けてきたのか、それはクリスティアンにはわからない。
「主人公はこの物語を知っているという前提で、動かないといけないようだね……」
クリスティアンは、一人そう呟いた。
830
あなたにおすすめの小説
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる