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12-1.誰に駒鳥と隼は守られているの?
しおりを挟むファルが帰ってくるまでに大瑠璃(オオルリ)三体にヤスリをかけてしまわなければならない。
ヤスリをかけながら、考えていることを口に出す。
「エミリア本人はファルと結婚する気だったらしいけど、それは叶わないし、こんなことがあったら縁談も来なくなるだろうね。可哀想なことだ」
俺がそう呟くと、エディが喉の奥で笑った。
「あのようなことをした相手のことを心配されるとは、ロビン様もお人が宜しいですね」
「生活力のなさそうなご令嬢だから、一人では生きていけないだろう? ラプターでは伯爵令嬢でも仕事を持つ人が多いようだけど、彼女には無理だと思うからね」
「確かに、そうでしょうね」
身分制度の穴に落ちて、身動きが取れなくなっていたのは王宮にいるときの俺だ。彼女とあの頃の俺とでは、何処が違うのだろう。向いている方向は真逆だけど、落ちた穴の種類は同じなのではないだろうか。
俺がその穴から抜けることができたように、彼女もできるはずだ。そして、ヴァレイよりラプターの方が、自力で穴から抜けやすいので頑張ってくれたらいいのだけれど。
夕食後に、ファルが今日のエミリアの起こした騒ぎについて詳しく聞きたいと、ジーンとエディを書斎に呼んだ。
シートンがエミリアに終始ついていてくれたため、状況はかなり明確化されていて、警察騎士団との話も、順調に進んだようだ。
エミリアはブラッフォード商会だけでなく、ブラッフォード家に関わることにも、当分の間は、接近禁止の命令を受けることになりそうだ。
「ロビンを守ってくれて、ジーンとエディには感謝している。わずかだが特別手当を出すので受け取ってくれ」
ファルはそう言って2人を労った。
「本当にありがとう、ジーンとエディがいなければ、どんな酷いことになっていたかと思うよ。これからもよろしくね」
俺がファルに続いてそう言うと、ジーンがぽろぽろと涙を零した。
「申し訳ありません。今日は、差し出たことを申しました。どのような処罰も受けます。
どうしても、我慢できなかったのです……」
「処罰なんてとんでもない。ジーン、ありがとう。そしてごめんなさい。ジーンが俺のために怒ってくれているのを、ずっと止めてばかりいて。わかっていたのに、酷いことをしたね……」
俺はジーンを抱きしめて頭を撫でた。
「俺も。ジーンがあのとき言ってくれなかったら、……怒ってくれなかったら、暴れていたかもしれません」
「エディ?」
エディは、ヴァレイの宿屋やパロットで暴漢に絡まれたときに、俺が酷い暴言を吐かれても冷静で、すぐに怒りを表すことがなかったことを指摘した。
俺は、騒ぎを大きくしないように考えて、何かあったときも、努めて冷静に行動することにしている。エディは、そのことを理解してくれてはいるものの、暴言を聞くことが精神的に負担であると話した。
「自分が仕えている相手が、不当に貶められているのは、精神的に堪えます。ましてやそれが心からお仕えしている主人なら猶更でしょう」
エディが真面目な顔をしてジーンと同じ気持ちであると話してくれる。
俺は、じいちゃんの店でお客さんの挑発に乗らないようにと言われて育ったせいか、すぐに怒れない。それがジーンとエディに耐えがたい思いを抱えさせることになったのか。
二人に我慢をさせている自覚はあったのだけれど、そこまで耐えがたく思っていたと聞くと申し訳なくなる。
「そうか。わかった。辛い思いをさせて悪かったと思う。
でも、俺は、良い頃合いで怒ることができないと思うから、教えてもらえるとありがたいのだけれども」
「教える?
良い頃合いを……、ですか?」
エディがきょとんとして聞き返した。
「うん、二人の我慢が限界に達したとき……。俺に止められたら精神的に負担だって言う頃合いを…」
一瞬の沈黙の後、ファルが声を上げて笑い出した。
「ジーンとエディは、もうある程度のところでロビンより先に怒り出せばいいんじゃないか?ロビンは、二人の様子がわからないのではなく、どうしても、冷静に相手をしてしまうんだろう。できないことなんだから、補ってやればいいよ。
ジーンとエディの判断力は信用できると思う。主人を差し置いてなんて思わなくていいから、俺からお願いするよ」
ファルが、ジーンとエディにとんでもないことを許可している。俺はどうすれば良いのだろうか。
「我々の気持ちを汲んでくださって、そして、信頼してくださって、感謝します」
エディが近衛騎士だったときを思い出させる礼を取る。
「ブラッフォード様から許可を頂きましたので、このジーンが、良い頃合いに怒らせていただきます」
泣いていたジーンはにっこりと笑い、白い手巾で目元を押さえた。
ジーンとエディは、満足そうだったけれど、俺は、彼らの我慢の限界を全て把握できるわけではない。これから、予測できないことを経験するのだと思って、ため息を吐いた。
ジーンとエディを帰してから、ファルは長椅子の隣に俺を座らせて抱き寄せた。
「ロビンは、見た目も物腰も王子なのに、中身が、街の魔道具技師のままなんだね。俺の商売の役には立つ……かな」
「そうだね……。俺はいつまでたってもじいちゃんの弟子の魔道具技師だ。そしてファルの魔道具技師……んっ……」
俺はファルの優しい口付けを受けながら目を閉じた。
口付けの合間に聞こえる「可愛いロビン」というファルの声。大好きな声。
俺はうっとりとして、ファルの背に手を回した。
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