35 / 52
17-1.何を駒鳥は見つけたの?
しおりを挟む今回から、シュライクの家で、俺はファルの部屋を使うことになる。ファルに仕事があるときは書斎を使うので、全く問題はないという。
キャノメラナで体を繋げた日から、俺たちは毎日、ファルの寝台か俺の寝台かのどちらかで、一緒に眠っていた。シュライクでも同じように夜を過ごすだけのことである。
シュライクに到着した翌日には、ファルと一緒にブラッフォード公爵邸を訪問する。謁見のときの衣装の確認と、ラプターの儀礼を教えてもらうためだ。
「ああ、王子様にお作法を教えることがあるなんて、思わなかったわ」
「お母様、俺はもう王子ではありませんから」
「ロビンは、妖精の王子様じゃないの」
公爵夫人は、そう言って屈託なく笑う。
彼女は、美しい所作で、優雅に作法を教えてくれる。ヴァレイの作法と似ているのだが、細かいところが違うので、注意しなければならない。
公爵夫人の動きはファルとよく似ている。思わず目で追ってしまう。
「そんなに真剣に観察されると、緊張してしまうわね」
公爵夫人が上品に笑ってそんなことを言う。
「申し訳ありません」
「謝らなくていいのよ。ロビン。可愛い息子に見つめられるのは嬉しいことでもあるの」
公爵夫人が、そう言って零した笑顔もファルによく似ていた。俺の緊張が、解けていく。
公爵夫人は沢山褒めてくれた。そして、「もう少し、練習したら大丈夫ね」と言われて、ほっとした。
家に帰って、居室でくつろいでいると、ファルが、俺の腰を抱き込んで顔を覗き込む。
「今日は、母上に見惚れていただろう。妬いてしまうな」
そう言って笑うファルの顔は、公爵夫人によく似ている。翠玉の瞳や、少し色が違うけれど、長い睫毛は本当にそっくりなのだ。
「ファルとお母様の所作が、よく似ていると思って見ていたんだ」
「ああ! 母上は、子どもの頃から作法の教師より厳しかったからなあ。ロビンに優しいのが、不公平だと思うぐらいだよ」
「それで所作がよく似ているのか。ファルのことを思い出したら、緊張しないで練習できた」
「ロビン、どうしてそんなに可愛いことを言うの」
ファルが俺を抱きしめて、唇に口付けをしてくれる。俺は、可愛いことは言っていない。
でも、ファルの口付けは気持ち良いので、そのまま受け入れるのだ。俺はファルを愛している。
「そういえば、謁見に王太子殿下も来てくれるって。俺の従兄弟のエリオット。同い年なんだ」
王太子殿下がヴァレイから帰ってから謁見が行われるというのには理由がある。チェスター……ヴァレイ国新国王から、俺が正式にヴァレイ王家から降嫁した王子であるという承認を得ることを、陛下が望んだからだ。
俺を安全に保護するために、ヴァレイの体制がはっきりするのを待って、謁見を設定してくださったのだ。
ファルと俺は、陛下とヴァレイの前王である俺の父の許可を得て、婚姻の契約を結んでいる。そして、紛争を抱えていたため、対外発表をしていなかったということになっている。本当にそうなのかどうかは、わからない。俺自身が確かめることはもうできない。これからの未来で、禁固刑を執行されている父王に会うことはないだろう。
謁見の日は、朝から湯浴みをしてジーンに手入れをされる。
ラプターの謁見の衣装は華美なものではなく、上質な艶のある黒い膝丈のジャケットに、灰色のトラウザーズ、ベストとブラウスとタイは白という無彩色の組み合わせだ。ベストには、鳥の羽根の織り模様が入った生地を使った。
ファルと俺のジャケットは少し形が異なっている。俺のジャケットの方が、腰が絞られていて、裾が緩やかに広がっているのだ。
背が高くて姿の良いファルには伝統的なラプターの式服がよく似合っている。
俺たちは商会のものではなく、ブラッフォード公爵家の馬車を使って王城へ向かった。
謁見に関係するものの全てを、時間をかけて用意した。しかし、謁見というのは決まった挨拶をするだけだ。わずかな時間で、あっけなく終わった。
陛下の挨拶の中に「ヴァレイ王国の王子であったロビン・サルビア殿が、ブラッフォード公爵家と縁を結んだことは喜ばしい」という一文があった。その発言を公式に記録するために、これだけの準備をしたようなものなのだ。
俺の身の安全のために、手間をかけさせて申し訳ないと思っていたのだが、「俺のために叔父上は動いてくれたんだ。ロビンは気にしなくていい」とファルに言われた。
「俺の望みは、ロビンを守ること。そして、俺の側にいてもらうことだ。叔父上はそれを実現するために協力してくれたんだ」
ファルは、自分の望みをかなえるためのことだと言うが、それによって俺は大きな力で守られることになる。
俺は、ファルに全部お膳立てしてもらって、自分の好きな魔道具を作る毎日を送っている。
では、俺はファルのために何ができている? 本当に、側にいるだけでいいのか?
何もできていない。何もできないでいる。
そして、俺の望みとは何であったのだろう。
俺は、ファルに守られて、好きなことだけをして生きて行く環境を与えられているだけで、いいのだろうか。
ファルの側にいて、魔道具を作り続けることが、俺の望みだったと思っていたのだけれど。本当にそうだったのか。
俺は、『花の名の王子』だったサルビアの時のままだ、全く成長していない。
王宮に囚われて、市井で自由に飛び回る鳥から、地面から動けない花になったあのときと同じ。
美しく着飾って、美しい魔道具のおもちゃを作って。ファルの腕の中で守られている。
毎日、愛する人と一緒にいて、幸せだと思って暮らしているのに。こんなに幸せなのに。俺は空っぽだ。
自分が、御伽噺に出てくる、無力な妖精の王子のように思えてくる。
それで、俺は生きていると言えるのだろうか。
家に帰って衣装を解く。ジーンに任せて部屋着に着替えさせてもらう。
「ロビン様、お疲れになったでしょう」
「ああ。久しぶりの公式行事出席だったからね」
「……何かおありでしたか?」
ジーンが少し首を傾げて俺に尋ねて来る。ジーンは俺の顔色を上手に読み取る。
「何もないよ。……何もない」
俺にできることは何もない。ただそれだけのことだ。
空っぽの俺から、ジーンを解放した方が、彼は幸せなのではないだろうか。
それが、俺にできることなのかもしれない。
俺の気持ちは、深い闇の底へと落ちていった。おそらく自分で認識しているよりも深い場所まで。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
240
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる