身体を失った悪魔は養い子と離れられない

某千尋

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第四章 グリギュラとの対決

44 最初にすることは

 せっかく身体を取り戻して上機嫌だったのに、薔薇姫の涙を奪われたことで一転、ミゲルは不貞腐れていた。

「俺たちは勝ったんだよ? あんなのはちょっとした意趣返しでしょ」

「結局あいつは思い通りじゃねぇか! 最後にケチがついちまって喜べねぇよ」

 口を尖らせながらぐちぐちと文句を言うミゲルを、アルベルトは観察する。
 顔は、館にいた頃と同じ。けれど、頭に生えた角や背中ではためく羽、羽毛の生えた鳥脚などは見慣れないものだった。

「ミゲル、本当はそういう姿だったんだね」

 その姿は、確かに悪魔としか言いようがない。ニケがミゲルを悪魔と知っていたのも納得だった。アルベルトは記憶の中のミゲルとの違いをひとつひとつ確認していく。

「あ? まあ、お前を怖がらせないように、人間の姿で生活してたからな。悪いな、悪魔の身体は作り変えられねぇから、前の姿にゃなれねぇんだ」

 目眩しならできるけどなー、とミゲルは己の鳥脚を見ながら答える。

「いや、それがミゲルの本来の姿ならそのままがいい」

 蝙蝠のそれのようにつるりとした質感の羽を優しく撫でると、くすぐったいのかミゲルが身体を震わせる。

「でも、その姿じゃ街には行けないね」

「さすがに街に行くときには目眩しが必要だな。今の俺ならそこらの祓魔師にやられることはねぇけど、面倒ごとはごめんだからな」

 ひととおり久方ぶりの身体を動かして満足した様子のミゲルは、で、とアルベルトに向き直る。
 同時に、ミゲルの羽を弄んでいた手からつるりとした触感が失われる。

「アルベルト、身体はどうだ? 変な感じしないか?」

「ん? 別になにもないけど……あれ? なんか」

 でかくなってる? と腕と脚を見て呟く。
 先程までぴったりだったはずの服が、どうも寸足らずになっている。

「でかく……? 顔はそんなに変わってないんだが……いや、ちょっとしゅっとしたか?」

 眉間に皺を刻みながら、アルベルトの顔を凝視するミゲル。そして大事なことに気付いたかのようにあ! と叫んでからアルベルトの顔に手をかざす。

「もう目眩しはいらねぇからな! うん、やっぱアルベルトの目はこうじゃねぇと!」

 満足そうに頷くが、アルベルトの疑問は解消されていない。

「ミゲル、どういうこと? 俺どうなってんの?」

「いや、俺が入ってた影響で身体がおかしくなってないか聞きたかっただけなんだけど、なんか成長してるみたいだな。なんでか知らねぇけど」

 首を傾げながら、でも多分数年分くらいじゃねぇか? とへらりと笑うミゲルに、アルベルトの肩の力は抜けた。
 己になにが起こっているかはわからないが、死んだりミゲルと離れ離れになるようなことじゃないならアルベルトにとっては些細なことだった。

「あ、でも死ぬのが早くなるのか」

 成長したということはその分寿命が縮むということ。そのことに気付いたアルベルトは、むつかしい顔になって呟く。
 けれどその呟きはミゲルには聞こえなかったようで、どうした? と聞いてくる。

「いや、別に。このまま館に戻るんだよね?」

 旅の目的は達成した。森から出てそれなりに真新しい経験をして己の世間知らずを自覚したアルベルトではあったが、だからといって人間の街に残るつもりはさらさらなかった。アルベルトにとって、ミゲルと二人だけの世界に勝るものはない。一刻も早くその世界に戻りたかった。

「そりゃあ最後は戻るけど、まずはカッツェヴェルグェのとこ行こうぜ」

「なんでだよ」

 ところが、ミゲルがそれに頷いてくれないので不満げに口を尖らせる。

「いや、さすがの俺でもあんだけ懇願してたニケを無視して帰ろうとは思わねぇんだけど。ニケの生贄で勝てたようなもんだしなぁ」

「ミゲルって恩を感じる心なんて持ってんの?」

 アルベルトは心底驚いたように目を丸くする。この旅の中、ミゲルがニケを気遣ったことが一度でもあっただろうか。生贄として差し出すことも、己の矜持との関係での葛藤はあっても、ニケを犠牲にすることへの葛藤は一切なかった。

「それはほら、まあ、いいじゃねーか。ほら、俺らこんな姿じゃ街には行けねえし、一生分頭使って疲れてんだよ。泊まらせてもらおうぜ」

 やけに早口で捲し立てるミゲルの目は泳いでいた。
 二人で館にいるときに何度も見た懐かしい表情にアルベルトは自然と目を細める。
 二人で一つ、というのはアルベルトにとってそこまで悪いものではなかった。四六時中ミゲルと共に在れることは、むしろ喜ばしいものだ。
 けれど、あのままではこういったミゲルのくるくる変わる愛らしい表情を見ることはできない。アルベルトは、やはり身体は別々の方がいい、と改めて思った。

「ミゲル、嘘は良くないよ。まぁ、俺も世話になったし反対はしないけど」

 それはそれとして、この目をしている時のミゲルは嘘をついているので、しっかりそこは指摘する。
 悪魔なのに嘘が下手だと認識していたが、グリギュラや街でのやり取りでは、堂々と嘘をついていたので、本来はもっとうまく嘘がつけるのだろう。
 だとすれば、アルベルトに嘘をつく時だけこうなるということなのだろう。
 それが何故かはきっとミゲル自身もわかっていないだろうが、きっとアルベルトがミゲルにとって特別である証なのだろうと、アルベルトは得意な気持ちになった。

「嘘じゃねぇし! いや、まあ、とりあえず行くぞ!」

 嘘を認めないミゲルを一瞬アルベルトが睨んだため、ミゲルはたじたじになって強引に話を終わらせた。
 そうして返事も聞かずに走り出したミゲルに、アルベルトは一つため息をついてその背を追った。

 









「俺は早くこれがしたかったんだ」

 アルベルトはミゲルを見上げながら、予想外の展開に目を白黒させていた。
 
 カッツェヴェルグェの根城に辿り着き、涙を流しながら飛びついてきたニケやら、突然ミゲルに勝負を挑んできた初見の赤髪の眷属やらを適当に躱してミゲルが目指したのは、棺から一番遠い部屋。
 その急ぎように、よっぽどミゲルは疲れていて休みたいのだろうと、邪魔をしないようにその隣の部屋に入ろうとしたアルベルト。
 しかし、ミゲルは扉にかかったアルベルトの手をむんずと掴んで自身の部屋に引き摺り込んだ。

 その力は細い腕からは想像できないくらい力強く、その意図がわからないままされるがままのアルベルトはベッドに放られた。

 訳がわからず起きあがろうとすると、その前にミゲルが腹部に乗り上げてきた。そうして、目を丸くするアルベルトの起き上がりかけていた上半身をとんっと手で押して、再びベッドに沈める。

 呆然とした表情で動かなくなったアルベルト見て満足げに頷いたミゲルは、薄く笑みを浮かべながら舌で唇をぺろりと舐める。小さな赤い舌が薄い唇を這う様はなんとも艶かしく、アルベルトはその唇を食い入るように凝視した。
 そうして、その口から紡がれたのが先ほどの科白。

「したいって、え?」

「ベッドに大人二人が乗っかってすることなんて、ひとつだろ?」

 ごくり、という音と共にアルベルトの喉仏が上下する。
 未だ混乱から抜け出せてはいない中、それでもアルベルトはミゲルの意図に気付き、じわじわと顔を赤く染め上げる。
 その姿を笑みを深くしたミゲルの瞳の中には、期待するような表情のアルベルトが映っていた。
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