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13. 青き国、赤き日
花の枯れる夜
しおりを挟む「…大雀蜂か……」
マキシムと共に、リシャールはフレデリックへ話をしに来ていた。
「…はい。暫くの間は、警戒した方がよろしいかと。」
「……」
フレデリックは椅子に深く座り込んで、一点を見つめた。
「陛下?」
「…俺の先祖も、大雀蜂にやられたんや。」
「……」
「まぁ、話に聞いただけやけどな。大人が子供にする脅しやと思うとった。…ほんまに、居るんやな。」
「…歴史書にも、昔から実際にあった事件だと。」
「…あぁ。俺も少し読んだことあるで。気が滅入って読むの途中でやめたけどな」
フレデリックは鼻で笑った。
少しだけ、彼にも恐怖心というものがあるとリシャールは感じ取った。
「陛下、」
「ん?」
「…その、大雀蜂に効果的な薬というものを、スアレムからいただくことは出来ませんか?」
「…スアレム…」
マキシムから聞いた、フェロモンの抑制剤の話。それがあれば、少しは対処できると考えていた。
「…応じるやろか。」
「……」
「確かに、スアレムは敗戦国やから、レステンクールとペリシエの言うことは聞くやろうけど。それなりの対価を求めてくるやろ」
「…ですが」
「あぁ、分かってる。…この話を、アンドレにもせな。ペリシエにも警戒させるべきや」
「そうですね…」
フレデリックは直ぐに、アンドレに向けて大雀蜂の存在を伝えるように手配した。
「リシャール、なるべくセドリックの傍にいたって。」
「はい。」
そして、リシャールは一旦、セドリックの元へ向かった。
「…リシャール様、」
「ん?」
「なんか、衛兵さんが…」
「?」
セドリックの部屋へ向かう道中、窓から見えたのは、複数の衛兵たちが何かを話している姿が。
「何か、あったのかしら。」
「行かれますか?」
「えぇ。」
リシャールは衛兵たちの元へ向かった。
城の外にいた衛兵たちは、何か困惑している様子であった。
「…どうされたのです?」
「はっ!リシャール妃にご挨拶を…!」
「何か、あったのですか?」
「…そ、それが…。少し、見て頂きたいものが。」
「?」
彼らがリシャールを連れて来たのは、城壁のすぐそば。丁度見上げれば、フレデリックが居る部屋がある場所。
「…?」
そこにあったのは、地面一面に生い茂る緑の草花。しかし、ほんの一部だけは茶色に枯れていた。
「異臭もするんですよ」
「…ほんとだわ」
鼻を近付けると、つんとした異様な匂いがした。吐き気がしそうなくらいだった。
「…ここって、セドリック王子が見たという場所ではありませんか?」
「…そうね。陛下の部屋…、窓から覗く目…」
全てが一致したような気がした。
「…リシャール妃。」
「…ここから、部屋を覗いたのね。」
セドリックが見た怪物。
それは大雀蜂で間違いはないようだ。
カミーユも息を飲んだ。
「…リシャール様、これって本当に…」
「きっと、花が枯れたのも大雀蜂の毒のせいね。」
「…ひぃ…」
歴史書にもあった。大雀蜂には、猛毒がある。
彼らの武器は毒。それがここに漏れ出たのか、何なのかは分からない。ただ、はっきりと痕跡があった。
「……」
「…リシャール妃。」
「マキシムさん。」
「…ここに何かあったと聞きまして。」
マキシムも衛兵の話を聞きつけて来た。
「…毒でしょうか。」
「…マーキングを含めたんでしょうね」
「…印を付けたと?」
「彼はここで、セドリック王子を見たでしょうから。ここに、子供がいる、食糧があるぞという、印を付けたんでしょう。」
「…はぁ、…どうすれば…」
「薬もすぐに手配するのは難しいんでしょうね。」
「……」
「…でしたら。燃やすしか、ありません。」
「えっ?」
「大雀蜂が来たら、すぐに火を放つのです。」
「……燃やす…」
「火で攻撃する方法が有効であったと、ペリシエの歴史書に。」
「ペリシエの沿岸部であった事件ですか?」
「はい。黒蜜蜂は、火を使ったんです。私たちも…それが良いかもしれませんね」
リシャールは頷いた。
そうして、フレデリックと共に話し合った結果、夜の間は松明を燃やしておくことにした。
後日、大雀蜂の存在を知ったアンドレもぺリシエ沿岸部の国民に警戒するようにさせたという。
セドリックが安心できるまで、リシャールは傍に居るようにした。
「ママ、」
「ん?」
「本当に、大丈夫なの?」
「…大丈夫よ。」
セドリックは窓のカーテンの隙間から見える松明の灯りを見た。
「父上がすぐに対応してくださったのよ。マキシムさんもいるし、兄上もいるし、ママも、リアとカミーユもいるわ。セドリック、安心していいのよ。」
「…うん。」
小さくうなずいて、布団に潜り込んだ。セドリックはまだ、脳内にこびりつくように、大雀蜂の姿が忘れられなかった。怯え疲れたのか、リシャールに頭を優しく撫でられながら眠りについた。
「…リア、セドリックの傍にいてあげて。」
「はい。…リシャール様は、どちらへ?」
「陛下の元へ。」
「こんな時間にですか?」
「…一番警戒すべきは、陛下よ。」
「子供を狙っていると。」
「確かにそうだけど。彼らが見たのは、陛下の部屋だったのよ。そんな部屋にいるだなんて、危険すぎるわ。」
「そうですね。リシャール様も、お気を付けて。」
「うん。」
リシャールはカミーユを連れて、フレデリックの部屋へ向かった。
「…灯りがついてるわ。」
扉の隙間から灯りが漏れていた。何か作業をしている様子だった。
「陛下。」
「おぉ、リシャール。どないしたん?」
「夜遅くまで、ここにいるのは危険です。」
「あぁ、分かっとる。」
「なら、どうして…」
「国王には、やることが山積みなんや。」
「だからって、陛下が危険を冒してまですることはありません。」
「…リシャール、一番危険なのは、松明持って外で守ってくれている衛兵や。」
「…」
「そんな衛兵たちも、リシャールたちも、国民もみーんな守らなあかんのは、俺やねん。」
「…」
フレデリックはリシャールを優しく抱きしめた。
「…リシャール、俺だって怖いで。」
「えっ?」
「見たこと無いもんが、襲ってくるって、怖すぎるな。」
彼が怖いと言ったのは、初めてだった。
「陛下。」
リシャールは思わず彼の背中を強く抱いた。
「リシャール、」
「はい」
「もし、俺になんかあったら…」
「やめてください」
「頼む、聞いてくれ。」
「…」
「これ、リシャールに預けとく。」
「鍵?」
フレデリックが手渡したのは、小さな鍵だった。
「…クローゼットの鍵。」
「えっ?」
「寝室にある、開けてないクローゼットがある。そこ、開けてくれるか?」
「…」
彼は優しく微笑んだ。
「…は…っ」
リシャールがふと、フレデリックの後ろにあった大きな窓に目を向けると、こちらを覗く大きな瞳がじっと見つめているような気がした。
「…どうした?」
「…いえ。」
よく見たら、窓に反射していた部屋のランプだった。
「リシャール、愛してるで。」
「やめてください、さっきから最後みたいに」
「…まぁ、これでなんもなかったらおもろいんやけどな!」
「面白くありません。」
「…すまん。」
彼は感じている恐怖を無理に笑いへと変えようとしていた。
「帰ってきてくれて、嬉しかった。」
「えっ…?」
「なんでもない。」
フレデリックがリシャールの頬にそっと触れた。
鍛錬してきた証のように、厚くなった手の皮。逞しい国王が、そこにはいた。
「リシャールも、自分のこと、守るんやで。」
「…」
「なんやかんやで、リシャールが一番自分のこと守ってないんやで。」
「…そんなことありません。」
「そうか?」
「…私、自分勝手で、無責任だから。」
フレデリックを見ていたら、大きな波のような罪悪感が押し寄せてきた。
「…それでもええんやで。それでもええから、選んだんや。」
「…」
「青いドレス着てくれたとき、ほんまに嬉しかったんやで。」
「…」
「世界で一番きれいやわ。」
フレデリックの無邪気な笑顔が、リシャールの心の奥底に突き刺さったような気がした。
「キスしてええか?」
「…ん、」
あの日と同じように、長くて熱いキスをされた。
「…していいって言ってないわ。」
「ええよ、って聞こえたで」
「…そう」
リシャールは笑った。
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