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元カノ襲来

【閑話】けじめのつけ方

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 呼び出すんじゃなかった。
 自分で呼び出していながら、夏川先輩の彼女の姿を目の前にすると罪悪感が沸く。そう思わせるのは、同学年か年下のようにさえ見える、小動物的な愛らしさがその原因かもしれない。

「すみません、小鳥遊先輩。俺、もう、話を聞けません」
「どうして、春原くん?! 私、なんかひどいこと言っちゃった?」

 涙を大きな目の淵に溜めた泣きそうな顔で小鳥遊先輩は言う。
 これから言うことに気が重くなる。
 だが、そもそも小鳥遊先輩の相談にのっていたのが悪かったんだ。
 レギュラーと部長を務めている夏川先輩には彼女にかまっている時間がない。と言うのも、彼女だからと言って、部員以外が部活中にコートに入ってきたり、遠征や試合に同行することが禁じられているからだ。
 話がしたいなら、部活以外の時にしろ。試合を見に来るなら個人で勝手に来て、勝手に帰ってくれ。と言うのが、我が校の男子テニス部の不文律になっている。
 夏川先輩の彼女ともなると、部活中だけでなく、試合や遠征先でも部員に気を配ることで忙しい夏川先輩と一言二言、言葉を交わせるかどうかと言うくらいだ。
 気付くと、すれ違っている日々に小鳥遊先輩は怯えて、レギュラーでもなく、暇そうだった一年の俺に相談してくるようになった。一回が二回になり、二回が三回になり、日常的に相談されるようになり、俺は実花と会う時間を削らなければいけなくなった。
 その時点で止めておけばよかったんだ。
 だが・・・それは後の祭りだ。

「小鳥遊先輩はひどいことなんか言っていません。俺、もう、彼女に顔向けできないことをしたくないんです。今回の浮気で、彼女、腹を立てちゃって大変なんです」

 その場の雰囲気に流されたからと言っても、浮気は浮気だ。
 俺は実花と夏川先輩を裏切った。
 好きだった実花と尊敬していた夏川先輩を裏切ったんだ。
 謝らないといけないと思ったから、夏川先輩にはすぐに打ち明けた。
 実花には・・・言えなかった。
 何て言えばいい?

 浮気した?
 浮気してしまった?
 流されて浮気してしまったから許して欲しい?

 どう言えばいいのかわからない。
 夏川先輩には謝りまくった。
 浮気したのは俺が悪いわけだし、夏川先輩が怒るのもわかる。
 実花にも夏川先輩にも悪いと言う気持ちがあったけど、実花には言い出せないくらいだった。
 それを夏川先輩にも指摘された。
 だから、実花を巻き込んでいいのかどうかわからなかったが、夏川先輩は当事者だからと巻き込んでしまった。
 知らせないままでいるより、さっさと許しを乞うほうが相手に与える傷は浅くてすむから、と。
 知られていなければズルズルと浮気を繰り返してしまう危険性があって、取り返しのつかない状態になってしまう、と振られるスペシャリストである夏川先輩は宣った。
 その夏川先輩がヤらせろって言った。
 俺だって抵抗した。
 実花も気軽に男と寝るようような性格はしていないし、俺だって彼女が他の男とヤるなんて受け入れられない。
 それなのに、夏川先輩は必要なことだって言って譲らなかった。
 結局、譲らされたのは俺のほうだった。
 実花の為だと何度も言われれば、魔が差したとは言え、夏川先輩の彼女をNTってしまった俺は承諾するしかなかった。
 俺も流されて浮気してしまったわけだし、実花だって流されてもいいと思う。
 だからと言って、夏川先輩の指示に従って、あんなひどいことを口にしてしまうなんて・・・。
 あの時の実花の顔は見ていられなかった。
 だけど、俺は・・・実花にそんな顔をさせるようなことをしでかした。

「そんな・・・。あれは誰のせいでもないじゃない。気付いたらそうなっていただけで、浮気したくてしたわけじゃないのに・・・」

 小鳥遊先輩の言葉は心地良い。
 俺には罪がないって、言ってくれるから気が楽になる。
 でも、裏切られたと愕然とする実花の顔が忘れられない。
 それは俺がさせた表情。
 俺がしでかした罪の証。

「でも、彼女は傷付きました。虚勢張って、何でもないふりをしているけど、大きなショックだったんだと思うんです。だから、これ以上、彼女を傷付けるようなことを繰り返したくなから。俺・・・、小鳥遊先輩とはもう会わないほうが良いと思うんです。小鳥遊先輩の話を聞く代償が、あまりにも大きすぎる・・・」

 俺がこれ以上、小鳥遊先輩と一緒にいるところを見たり、聞いただけでも、実花は俺の裏切りを思い出すに違いない。俺の裏切りを思い出して傷付かないと、誰が言える?
 実花本人だって、気付かない間に傷付いているかもしれない。

「そんな?! 春原くんが聞いてくれないなら、誰に相談すればいいの?!」

 夏川先輩は別れたと言ったのに、夏川先輩とのことを相談にのれって? 小鳥遊先輩はまだ別れたくないってことなのか、振られたのを慰めて欲しいのか、判断がつかない。
 どちらにしろ、ごめんだ。
 俺は実花の過去にされたけど、今は実花も夏川先輩のことを相手にしていない。
 もしかしたら。
 もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
 わずかな望みがあるから、俺はそれに賭けたい。
 いつも気軽な口調とは裏腹に距離を置いたところのある夏川先輩が、実花にじゃれつき、邪険にされて笑っている。これはきっと、特別なことじゃないと思いたい。
 まだ遅くないんだと思いたい。

「夏川先輩は別れたって言っていましたから、もう、悩みはないじゃないですか」
「夏川先輩は私に飽きたのよ。だから、そんなことを言っているの。――前から言っているじゃない。夏川先輩は私の身体にしか興味ないの。女を消耗品としか考えていないのよ? 意志があって、大切にして欲しい、話をしたい、もっと一緒にいたいって気持ちがわかってくれないの」

 それは前にも相談にのって結論を出したことだし、夏川先輩と話し合うことだろ。
 どうしてまだ俺に言うんだ?
 結論が出た話を蒸し返さないでくれ。
 俺だって実花を大切にして、実花と話をして、実花ともっと一緒にいたいって気持ちがあるのに、それを小鳥遊先輩はわかってくれなかった。小鳥遊先輩の相談にのる時間に割いてしまったその時間を、小鳥遊先輩は考慮していない。

「小鳥遊先輩・・・」

 弱々しくて守ってあげないと可哀想な小鳥遊先輩。
 悲しそうに震えている小鳥遊先輩。
 だけど俺はもう、選択を間違えない。
 俺が大切にしなくちゃいけなかったのは、夏川先輩の彼女である小鳥遊先輩ではなく、俺の彼女だった実花だった。
 俺が実花を取り戻す時の障害は小鳥遊先輩だ。
 取り戻しても、実花との時間をまた割いてまで関わり合うのはもう勘弁!!

「本当にもう聞けないんです、すみません!」

 俺はそれだけ言うと、小鳥遊先輩の前から走り去った。

「春原くん・・・」

 同情してしまったら、小鳥遊先輩と縁が切れなくなる。
 走って走って、声が届かないところまで逃げた。
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