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第一章
赤毛の男5
食べることに夢中になった時間はあっという間に過ぎてしまう。
器に残った残り少ないスープを目にした美穂は、食べ終わったら仕事をしなければいけないことを思い出した。
あと数匙でこの気に障る男に抱かれなくてはいけない。そのことを思い出しただけで、スープの味もわからなくなった。
時間をかけて食べていれば、その分、抱かれることも遅くなる。なんでゆっくりと食べなかったのか、美穂は自分を責めた。
いくら自分を責めても、お腹がすきすぎて、時間をかけて食べることなどできなかっただろう。
それでも、美穂は自分を責めずにはいられない。
食べた後には仕事が待っている。
あの地獄のような日々とは違い、道具のように使われていないにしても、まだ美穂には割り切れないところがある。仕事だと割り切ることができたのなら、まだマシだ。この男が客でも。
けれど、今の自分の境遇を割り切れないからこそ、同じ人間として扱われて心を許しそうになるのが怖い。
性欲処理の為に使われているだけなのに、美穂にも気持ち良い思いをさせるので、勘違いしてしまいそうで怖い。
この男も、常連客たちもただの客だ。性欲処理に自分を買っているだけなんだと、美穂は自分に言い聞かせている。
仕事――それ以外にない仕事。
恋の一つも知らないままに、無理矢理、就かされた仕事を美穂は嫌悪している。自分のことを恋人以外でも気持ち良い感じる淫乱だと認められないし、仕事として性的に奉仕するというプロ意識もまだない。
不細工だというのなら、放っておいて欲しい。それをどうして、娼婦にしようと思い付いたのか?
奇特というか、斬新な考えをした人物がいたせいで、美穂は娼婦をしなければいけない。
気が重いまま、ノロノロと匙でスープを掬う。
たった、数匙。
されど、数匙。
これを食べ終われば、抱かれて、気持ち良くさせられる。
自分が気持ち良く感じるのも嫌だし、この男の相手に気持ち良くなるなど、屈辱にしか感じない。
「どうした? もう腹いっぱいなのか?」
美穂が思い悩んでいると、赤毛の男が声をかけてきた。食事の手が止まったことを不審に思ったらしい。
「そうじゃないけど」
さっきまでは面と向かって抱かれたくないと言えても、お腹が空いている時に食事を奢ってもらっておいて同じように言えるほど厚顔無恥ではない。
抱かれたくないのは変わらなくても、言えるか言えないかは別である。
「だったら、食っちまえよ。追加注文する気、ねーからよ」
美穂はイラっと来た。早く食べ終えて抱かせろとせっつかれて、遠慮も何もかもなくなった。
食べたりないことまで考えていなかったが、こうなったら追加注文させてしっかり食べてやる。それが駄目なら、面と向かってNoを突き付けようと決意した。
「これっぽっちでお腹いっぱいになるわけないでしょ」
「食い過ぎて腹痛くなりたいのかよ? おもしれーな」
「どこに食べ過ぎて痛い目に遭いたい人間がいるのよ!」
この男なりの気遣いだったらしいが、それを知ってもすぐに勘違いしたとは言い出せない美穂は喧嘩を売るような言葉を言ってしまう。
「あんた」
「は? 食べ過ぎなんか、したくないし!」
「けど、まだ食いたりねーんじゃね? あんまり急に食うと身体に負担かけるって言うし、胃がびっくりして吐くぜ。俺、吐かれたくねーし」
「・・・」
気遣いではなかった。吐かれたくないという自分勝手な理由だった。
言い過ぎているとわかっていながら、憎まれ口を叩いてわずかながら感じていた良心の呵責はきれいさっぱり吹き飛んだ。
この男が自分勝手な理由以外で行動するはずなんかないと、どうして思わなかったんだろうと、美穂は自問自答した。
「だから、冷める前に食えるもん、食っちまえよ」
食べても食べなくても抱かれることに変わらないならと、渋々、美穂は食事を再開した。たった数匙をノロノロと口に運ぶ。
さっきまで美味しかったスープの味はまったくしない。
「・・・御馳走様」
食事を奢ってもらった礼はあっても、理由はこの男の自分勝手だったし、作ってくれた人への礼儀だけで言う。
「食い終わったら、さっさと寝ろ。一晩買い切ってやってんだからな」
「・・・」
やっぱりこの男は自分勝手だと思いながら、店主や従業員に言いつけられたらたまったものではないと、骨身に染みている美穂は逆らえない。
美穂ができることはこの男にヤる気を起こさせないようにすることだけだ。いくら、赤毛の男が嫌がっていても、この男の前で吐くことは美穂のプライドが許さない。この男の前で弱みなど一切、見せたくなかった。
空腹だということすら、知られたくなかった。
だというのに、食事を奢ってもらってしまった。
情けも恩もいらなかったのに、恩を受けてしまったことが腹立たしい。
その上、胃が驚いて吐いたなんてもってのほかだ。
奥歯を噛み締めて美穂はベッドに横になる。
「もうちょっとそっち寄れよ」
壁際に寄れと言われて、美穂は眉を顰めた。
「なんで?」
「俺が寝られねーだろ」
「なんで、あんたが寝るのよ?」
「吐かれたくねーって、さっき言ったろ? 食べてすぐヤったら、吐かれるだろ。しばらく寝とけ。俺も寝る。それとも、添い寝より、抱かれたかったのか?」
「んなわけないでしょ!」
壁際に寄って赤毛の男が眠るスペースを空けた美穂は、ケラケラ笑う男に背を向けてシーツを頭からかぶった。
ベッドの隣りが赤毛の男の重みで傾ぐ。
しばらく、赤毛の男の言葉が信じられず、身構えていた美穂だったが、気付くと眠りに落ちていた。
器に残った残り少ないスープを目にした美穂は、食べ終わったら仕事をしなければいけないことを思い出した。
あと数匙でこの気に障る男に抱かれなくてはいけない。そのことを思い出しただけで、スープの味もわからなくなった。
時間をかけて食べていれば、その分、抱かれることも遅くなる。なんでゆっくりと食べなかったのか、美穂は自分を責めた。
いくら自分を責めても、お腹がすきすぎて、時間をかけて食べることなどできなかっただろう。
それでも、美穂は自分を責めずにはいられない。
食べた後には仕事が待っている。
あの地獄のような日々とは違い、道具のように使われていないにしても、まだ美穂には割り切れないところがある。仕事だと割り切ることができたのなら、まだマシだ。この男が客でも。
けれど、今の自分の境遇を割り切れないからこそ、同じ人間として扱われて心を許しそうになるのが怖い。
性欲処理の為に使われているだけなのに、美穂にも気持ち良い思いをさせるので、勘違いしてしまいそうで怖い。
この男も、常連客たちもただの客だ。性欲処理に自分を買っているだけなんだと、美穂は自分に言い聞かせている。
仕事――それ以外にない仕事。
恋の一つも知らないままに、無理矢理、就かされた仕事を美穂は嫌悪している。自分のことを恋人以外でも気持ち良い感じる淫乱だと認められないし、仕事として性的に奉仕するというプロ意識もまだない。
不細工だというのなら、放っておいて欲しい。それをどうして、娼婦にしようと思い付いたのか?
奇特というか、斬新な考えをした人物がいたせいで、美穂は娼婦をしなければいけない。
気が重いまま、ノロノロと匙でスープを掬う。
たった、数匙。
されど、数匙。
これを食べ終われば、抱かれて、気持ち良くさせられる。
自分が気持ち良く感じるのも嫌だし、この男の相手に気持ち良くなるなど、屈辱にしか感じない。
「どうした? もう腹いっぱいなのか?」
美穂が思い悩んでいると、赤毛の男が声をかけてきた。食事の手が止まったことを不審に思ったらしい。
「そうじゃないけど」
さっきまでは面と向かって抱かれたくないと言えても、お腹が空いている時に食事を奢ってもらっておいて同じように言えるほど厚顔無恥ではない。
抱かれたくないのは変わらなくても、言えるか言えないかは別である。
「だったら、食っちまえよ。追加注文する気、ねーからよ」
美穂はイラっと来た。早く食べ終えて抱かせろとせっつかれて、遠慮も何もかもなくなった。
食べたりないことまで考えていなかったが、こうなったら追加注文させてしっかり食べてやる。それが駄目なら、面と向かってNoを突き付けようと決意した。
「これっぽっちでお腹いっぱいになるわけないでしょ」
「食い過ぎて腹痛くなりたいのかよ? おもしれーな」
「どこに食べ過ぎて痛い目に遭いたい人間がいるのよ!」
この男なりの気遣いだったらしいが、それを知ってもすぐに勘違いしたとは言い出せない美穂は喧嘩を売るような言葉を言ってしまう。
「あんた」
「は? 食べ過ぎなんか、したくないし!」
「けど、まだ食いたりねーんじゃね? あんまり急に食うと身体に負担かけるって言うし、胃がびっくりして吐くぜ。俺、吐かれたくねーし」
「・・・」
気遣いではなかった。吐かれたくないという自分勝手な理由だった。
言い過ぎているとわかっていながら、憎まれ口を叩いてわずかながら感じていた良心の呵責はきれいさっぱり吹き飛んだ。
この男が自分勝手な理由以外で行動するはずなんかないと、どうして思わなかったんだろうと、美穂は自問自答した。
「だから、冷める前に食えるもん、食っちまえよ」
食べても食べなくても抱かれることに変わらないならと、渋々、美穂は食事を再開した。たった数匙をノロノロと口に運ぶ。
さっきまで美味しかったスープの味はまったくしない。
「・・・御馳走様」
食事を奢ってもらった礼はあっても、理由はこの男の自分勝手だったし、作ってくれた人への礼儀だけで言う。
「食い終わったら、さっさと寝ろ。一晩買い切ってやってんだからな」
「・・・」
やっぱりこの男は自分勝手だと思いながら、店主や従業員に言いつけられたらたまったものではないと、骨身に染みている美穂は逆らえない。
美穂ができることはこの男にヤる気を起こさせないようにすることだけだ。いくら、赤毛の男が嫌がっていても、この男の前で吐くことは美穂のプライドが許さない。この男の前で弱みなど一切、見せたくなかった。
空腹だということすら、知られたくなかった。
だというのに、食事を奢ってもらってしまった。
情けも恩もいらなかったのに、恩を受けてしまったことが腹立たしい。
その上、胃が驚いて吐いたなんてもってのほかだ。
奥歯を噛み締めて美穂はベッドに横になる。
「もうちょっとそっち寄れよ」
壁際に寄れと言われて、美穂は眉を顰めた。
「なんで?」
「俺が寝られねーだろ」
「なんで、あんたが寝るのよ?」
「吐かれたくねーって、さっき言ったろ? 食べてすぐヤったら、吐かれるだろ。しばらく寝とけ。俺も寝る。それとも、添い寝より、抱かれたかったのか?」
「んなわけないでしょ!」
壁際に寄って赤毛の男が眠るスペースを空けた美穂は、ケラケラ笑う男に背を向けてシーツを頭からかぶった。
ベッドの隣りが赤毛の男の重みで傾ぐ。
しばらく、赤毛の男の言葉が信じられず、身構えていた美穂だったが、気付くと眠りに落ちていた。
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