FULLMOON

藤野 朔夜

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第一章

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「僕の友人が一人、行方不明になったんです。三日前くらいからなんですけど。彼、一人暮らしなので、何時くらいからとか詳しいことはわからないんです。でも、今騒がれている吸血鬼事件の犠牲者の中には今のところいないんです」
  そこで言葉を切ったロイは、鞄の中から一枚の写真を取り出す。写真には同い年の友人が映っている。それを、静かにテーブルの上へ、ザークが見えるように置いた。
「アキラ・トウジョウ(東城章)と言います。日本人の留学生で、僕と同じ十九歳です」
  言ってザークを見ると、それまでずっと笑顔だった彼が、厳しい顔つきに変わっていた。
  典型的な日本人という顔立ちをしている彼は、人込みの中で結構目立つ存在だろうと思われる。身長は、比較対象が建物なのでしっかりとはわからないが、日本人にしては高いのではないだろうか。スポーツを何かしているのか、恵まれた体格をしている。髪は綺麗な黒髪……。
(あいつが気に入りそうな子だな)
  そう思うザークの心に、誰の顔が浮かび上がったのか……。
(どうする?依頼を受ければきっと彼らと関わることになる……。否、まだはっきりと決まったわけではないが。十中八九そうだろうな。もう既に犠牲者となっているか、それとも……)
「あの、駄目ですか?」
  真剣に考えているザークの目に、必死の様子のロイがうつる。

  友人が行方不明になってから、彼は警察や探偵事務所など、色々と回っただろう。勿論、一つや二つではないことは想像つく。
  これだけ必死の彼を気落ちさせたくない。ましてや、自分が紹介できる探偵事務所などとうに彼は行った後だろう。
  ならば……。
  どうせ、彼らを避けて暮らしていくなんてことはできないとわかっている。
  関わるのが、少し早まるだけだ……。

  心に浮かぶ二つの影を頭を振って振り払い、ザークはロイへ笑顔を見せる。
「その彼を探してほしい、という依頼ですね?」
  確認を取るザークに、ロイはコクリと頷く。
「わかりました。受けましょう。ただし、次の二つのことを心に留めておいて下さい。一つは見つけられない可能性。そしてもう一つは、彼が既に他界している可能性です」
  真剣な表情をして頷くロイを見ながら、ザークは話を続ける。
「アメリカだけでも広いですからね。まして海外へ出られたら、見つけられる可能性はゼロです。日本へは、帰っていらっしゃらないのですよね?」
  聞かれてロイは、
「はい、一番初めに電話しました。もし戻ってきたら連絡をくれると言って下さいましたけど、連絡が無いということは、戻っていないという事だと思います」
  と言う。ザークは頷き、
「わかりました。この州内にいらっしゃれば問題ないのですが。この州にいらしたとしても、例の吸血鬼事件があります。未だに見付かっていない犠牲者がいる可能性があるのです。実際、行方不明者はここ最近増えているそうです。それでも、良いでしょうか?」
  ザークも真剣に言葉を選びながら話す。話を真剣に心に焼き付けるように聞いていたロイは、
「それでも、良いです。……やっぱり、犠牲者となっている確率は高いんですか?」
  やっと依頼を受けてもらえた嬉しさと、もしかして、もうこの世にはいないかもしれないという不安をより一層高められたのか、どういう表彰をしていいかわからない、という複雑な表情になる。
「確率で言えば、ゼロではない、ということです。昔からあったこの奇妙な事件、最近異常に犠牲者が増えていますからね。調べていかないと何もわかりません。空想で現実を見ることはできませんよ」
  少し厳しいか、と思いながら言うザークは、「そうですよね」と小さく言って俯いたロイが、泣きそうな表情をしているのに気付き、
「逆にね。生きているという可能性があることも言えますよね。ここで話していることは、あくまでも確率。可能性がある、ということなのですから。良い方にも考えられる、ということを忘れてはいけませんよ」
  と優しく言葉を紡ぐ。
「そうですよね」
  今度は、少し明るくなったロイの表情に、ザークは少し安堵を覚え、ほっとする。
「あ、ごめんなさい。僕まだ自己紹介もしていませんでした!ロイ・ルガスタと言います。ここから見える大学の一年生で、十九歳です。えーと、あの……」
  唐突に思い出したのか、明るさを保ったまま自己紹介をしたロイが、言葉を濁す。
「ロイ君ですね。私のことは、ザークで良いですよ。皆そう呼びますからね。言い淀んだのはお金のことですか?」
  また、元の優しい笑顔に戻って話すザークを見ながら、ロイは頷く。
「うーん、そうですね。ロイ君が生活に支障をきたさない程度で、今から調査終了期間までで支払える金額でかまいませんよ」
  ロイの表情の変化を楽しげに見ながら言うザーク。
「え?でも、それじゃあすごく少ないと思うんですけど……」
  困惑気に言うロイに、
「出世払いでも良いですよ」
  とあくまで気楽なザーク。
  何と返して良いかわからなかったらしく、ロイは困惑した表情をさらに深め、ザークを見つめる。
「本気なんですけどね。今現在特に生活に困っていませんし」
  変ですかねぇ、とザークは本気で悩んでしまっている。
「あ、あの、じゃぁ、お言葉に甘えさせていただきます。出世払いでも良いですか?」
  少し慌てたようなロイに、
「ええ、かまいませんよ。ただし、住所と電話番号は変わったら必ず教えて下さること、が条件です。あ、現在の住所などは、この紙に書いてもらえますか?」
  クスクスと笑いながら、紙とボールペンをザークは渡す。
  紙には、氏名、住所、電話番号など、必要と思われるものを書く欄があった。それに書き込み始めるロイを見て、ザークはふっと時計に目をやる。
「おや、もう十二時過ぎてしまいましたか」
  そのザークの呟きに「えっ?!」という顔をして、時計を見たロイは、
「あ、あの、僕講義があるので、これで失礼します。あの、よろしくお願いします」
  と書き終わった用紙をザークに渡し、すっくと立ち上がり、頭を下げる。ザークは 、
「はい、わかりました」
  と頷いて見せた。
  鞄とコートを持って玄関へと向かうロイに続き、ザークも玄関先まで見送りに出る。
  ロイは、エレベーターの前でもう一ぺこり、と頭を下げると、開いた扉の中へと姿を消す。
  その姿を見送り、部屋へと戻ったザークは、朝のように窓から下を見下ろす。
  しばらくして出て来たロイのオーラは、朝のような陰りはなかった。依頼を受けてくれる探偵が現れ、少し心がはれたのだろう。若干まだくもりはあるが、自殺云々を気にしてしまう程ではない。

「さて、どうしたものかな……。リグ、君の仕業なのかい?」
  下を見ていた目を一転させ、空を見上げて呟く。
  虚空に消えていく、小さな呟きは、少しだけ空気を震わせて霧散した。

  
  雪雲はいつの間にはいなくなり、冬の太陽の優しい日差しが戻っていた。
  夜になれば、月や星が綺麗に見えるだろう。

  
  満月は、あと少しでやってくる――
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