FULLMOON

藤野 朔夜

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第二章

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「おい。夜中に一人でこんなトコふらついてんじゃねぇ。危ないだろうが!」
  ビルの間。人通りも少なく、都会の明かりの届かない場所。
  二十歳程の青年が、小柄な少し年下とみられる少年に対して何やら怒っているようだ。
「ったく……」
  青年は苛ついている様で、少年に対して目付きの悪い目を余計に吊り上げていた。
  対している少年はと言うと、
「えっと、あの、すみません。行方不明の友人を探していたもので……」
  突如見ず知らずの男に怒られ、その上睨まれれば誰だって怯えるだろう。
「あぁ?んなのんどっかのすっとぼけた探偵にでも任せとけよ。とにかくもう家に帰れ。だいたい今どういう事件が起こってるか知ってるだろーが」
「あぁぁぁぁ、はい、知ってます。か、帰ります。すみません……」
  少年……ロイは、一度ぺこりと頭を下げて踵を返すと、家の方へ走って行った。
  青年が、探偵に依頼したことを知っている矛盾に気付かずに。

「何だ、リグか。あぁ、あの子帰しちゃったのか……つまらん」
「……」
  リグと呼ばれた、先程からそこにいる青年より年上の男が、路地裏の暗闇から現れた。長い髪を背中の真ん中辺りで一つに結んでいる。服装は真っ黒であった。
「いい加減にしとけよ。最近家に帰ってこんと思ったら変な騒ぎ起こしてやがって」
  リグの言葉に対し、年上の男は全く表情を変えなかった。
「兄に対しての言葉とも思えんな。てっきりザークを追って来たのだと思っていたが、私を追って来たのか?」
  上から見下ろすような視線をリグへと注ぐ。彼の名をアジスタという。
「ふん。あんたを兄として尊敬したことなんざ一回もないね。俺はザークに会いに来たんだよ。あんたの事なんざ知ったことか」
  リグはそう言うと不機嫌そうに吊り上った目でアジスタを一度睨み、横にあるビルの屋上へと飛んだ。
  屋上が低い、という訳ではない。ビルと呼ばれるだけの高さはある。リグの跳躍力が、人間並みではないというだけのことだ。
  アジスタは無表情だった顔に、一瞬だけ笑みを浮かべると、静かに踵を返しまた暗闇の中へと消えて行った。

「リグ、あんた何であの子助けてんの?」
  先程の路地裏からさほど離れていない場所。これまたビルの屋上で。
  リグが端に腰掛けて下を見ていた。そのすぐ後ろに、突如女性の姿が現れた。先程の質問の主である。
「アイリスか。知らないのか?」
  リグは突然後ろに人が現れた事には驚きもせず、彼女……アイリスへと質問を返す。
「知らない……ってなにをよ。ちょっと、あんた。質問に質問で返さないでちょうだい!」
  何も言わず、笑っているだけのリグを後ろから睨むアイリス。
「知らないなら、知らないで良いと思うよ、俺は、うん」
  笑いながら答えるリグ。
  そのリグの瞳が、さっきの少年、ロイをとらえる。
  ロイはリグに怒鳴られた場所から、そのまま走って家まで戻ってきたようだった。
  リグはロイが家の門を開け、ドアの中に姿が消えるまでしっかりと見届けてから立ち上がった。
「ち、ちょっと、リグ。……もう、あの子が何だっていうのよ」
  アイリスの声を無視して、リグは隣のビルへ飛び移り、そのまま下へ降りずにビルからビルへ走っていく。速さも並みではない。だからこそ、ロイより早くロイの家の近くまでたどり着いていたのだろう。
  アイリスはもう一度ロイの家を振り返ると、溜め息を吐いて、リグの後を追って走り出した。

 ※ 

「おーい、ザーク!どうだった?探している奴だったか?」
  警察署、地下の死体置き場から上がってきたザークは、ここへ通してくれる融通を利かせてくれた顔馴染の刑事に声をかけられた。
  ただ今時刻は午後七時前後。ロイの依頼から二日目である。
「アレックス。いいえ。違っていました。ありがとうございました」
  ザークは彼……アレックスに向かって首を振ってみせる。
「そっか。もしかしたら、まだそいつは生きてるかもな。また身元不明の死体が見付かったら連絡するよ。二十歳前後、アジア系の奴だよな?」
  アレックスに問われ、ザークは頷くと「お願いします」と頭を下げる。
「最近多いよなぁ。マスコミは面白がって「吸血鬼」なんて掻き立てるし。お前も見ただろ?首の所」
  アレックスはそう言って、自分の左手で左の首筋の頸動脈辺りを触る。
「ええ、見ました」
  廊下に置いてあるよく公園なんかに置いてありそうな簡易ベンチに座りながら考えるザーク。
「本当、訳わかんねぇとな。ま、とりあえず、俺は仕事戻るわ。またなんか有ったら連絡くれれば俺はすぐ捕まるから。気を付けろよ。夜の独り歩き」
「えぇ、ありがとうございます。警察官に知り合いがいるというのはいいですね」
「あんまり情報は渡せないけどな。んじゃ、お互い頑張ろうぜ」
  そう言うと、アレックスは仕事場の方へと走って行った。

  薄暗い部屋に、ベッドだけが何台か置いてある。全てに人が寝そべっているようだ。その人々が普通と違うのは、顔の辺りに白い布を被せられているということと、彼らがもう息をしていないということだ。
  警察署、死体安置所。身元不明の為、未だにここにいるもう生きてはいない者達である。
  ザークは、その動かぬ者達の中の唯一動くものであった。
  初めの頃の死体は、発見されたときに死因を調べる為、解剖していた。その為、人であった物という事しかわからない様になってしまっていた。が、今では同じ首の二つの穴しか傷がないことから、同一犯であり同一の死因とされて解剖はされなくなっていた。故に……。眠りについている彼らは、またすぐに動き出してくる様な印象を受ける。
  ザークはもう既に、全ての人物の顔を見終わり、その瞳は彼らに付けられた死の刻印である、首の二つの穴を見ていた。
「これは……」
  わずかに顔を近付けてみる。
  何か今まで発見されていない発見でもあったのか……。
「……」
  何も言わず、傷を凝視していた瞳を別の死体のそれへと移す。そして次、そして……。
  全ての物を見終わった後に、ザークは何故か少しばかり晴れやかな顔をしていた。

   アレックスが行ってしまうと、ザークは深い溜息を吐いた。
「リグ、……君ではなかったのですね」
  そっと呟く声は、安堵とも取れるものであった。
  そう、首の傷跡は、昔から知っている青年……リグが付けた物ではなかった。微妙ではあるが、少し違いが有ったのである。
「しかし、だからと言って放っておく訳にもいきませんし……」
「ほっとけよ。そんなもん。関わるとろくなことがないぞ」
  ふっと真剣になったザークの独り言に被さるように声がかかる。
  今までザークしかいなかった空間に、一人の青年が現れていた。
「……!!……リグ!」
  驚いて、彼の名を呼ぶのに精一杯のザーク。
「よー、久しぶりだな。どこにいるかわからんくて探しちまったよ」
  ニッと笑って言うリグに、
「……。さっきの、関わるとろくなことがないって、犯人知っているんですか?」
  真剣な面持ちで聞くザーク。
「あー……、こんな所で話すことじゃないな。出ようぜ」
  出口に向かって歩き出すリグ。
  確かに警察署内で話すことではないだろう。犯人云々という話は。
  警察署を出て、ザークはリグと並ぶと、
「リグ、アイリスは?」
  と聞く。
「さぁ、どっかその辺にいるんじゃねぇの?俺は知らねぇよ。昨日までは一緒にいたけどな。この街、夜でも明るいよなぁ」
  外の明るさに少し目を細めるリグ。
「そうですか。本当の夜……闇夜なんて、もう無いんじゃないですか?」
  溜め息と共に言うザークに「だよなぁ」とリグは笑う。
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