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第四章
③
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「ちょっと?!ねぇ、どういうことよ?!」
叫びの主は一人の女性。
「アイリス、うるさいよ?」
やんわりと男性がたしなめる。
女性は、ザークの姉のアイリス。男性はリグの兄のシアン。
二人がいる場所は、最近シアンが働き出した喫茶店の奥まったテーブル。本日シアンは休みなのか、ウェイター姿ではない。うるさい客を連れてくる認定されて、俺が仕事できなくなったらどうしてくれるんだ、とシアンは考える。
いつもだったら真っ先に会いに行ってるのにね、と言うシアンは、質問をしたにも関わらず、答えに対してそれほど興味を持っている様には見えない。ただ見えていないだけなのけもしれないが。
「だって、色々忙しいんだもの」
「ふーん。でも、会いに行ってたら、わかったことだよ?」
リグは会う前からわかってたみたいだけどねと、心の中で付け足しながら、シアンは自分が頼んだアイスティーのストローを、意味もなくかき混ぜてみる。この寒い季節に不似合いな氷の音が響いただけに終わったが。
「シ、ア、ン。で、その調査どうなってるの?」
わざわざ相手の名前を区切り呼びして、アイリスは身を乗り出す。
「知らないよ、聞いてないから」
アイリスを見返し、シアンは素っ気ない返答をする。
「だいたい、何で俺に聞いてるの?会いに行って聞けば教えてくれるんじゃない?ついでに頼ってもくれるんじゃない?……アイリス、何か後ろめたいことでも有るの?」
アイリスがシアンから聞き出したことは、ロイがザークの依頼主ということである。
これで、以前リグがロイを助けていた理由も判明する。ただ、その時はリグもまだザークには会っていなかったように記憶しているが。そこはもう考えない事にする。
「だから、忙しいのよ。後ろめたいことって何よ?」
私が何かやっているとでも?と言うかのようにキツイ口調になるアイリス。
「ふーん。なら、ザークに直接聞きなよ。こんな所で俺としゃべってんのに、忙しいの?少し足伸ばせばザークのマンションなのに?」
わかんないなぁ、とシアン。
「うるさいわね。今リグがあの子の所にいるのよ。顔合わせたくないじゃない」
「恋敵だもんねー」
シアンから目をそむけて言う彼女に、シアンのからかい交じりの声がかかる。
「でも、放っておいたらリグに取られるんじゃない?」
「ないわよ。絶対にさせないから」
核心をついたシアンの言葉だが、アイリスはあっさりとそう言い切る。
二人とも、ザークとリグが確実に心を通わせたことはまだ知らない。
「ふーん。そうなの?頑張ってね。じゃあ、俺はこれで」
どうでもいいことのように言うシアンは、実はそんなに簡単に二人を引き裂けないだろうなぁ、なんて思っていることは言わない。
自分の飲み物代を置いて立ち上がったシアンを、アイリスの声が引き留める。
「あ、ねぇ。あの子が何かつかんだら、私に教えて頂戴」
机に置かれているシアンの手を押さえてまで、自分の思いどおりにしようとする。
「何?それ。やっぱ何かおかしいよ、アイリス」
眉根を寄せて不思議そうに言うシアン。
「良いじゃない。少しでもあの子のことが気になるのよ。毎日毎日、呼び出されたいの?」
ある意味脅迫ではいかと思うシアン。
「それは嫌」
即答でキッパリ言い切る。
「なら、決定ね。何か有った時限定なんだから、引き受けなさい」
アイリスはニッコリと笑って命令を下す。
「わかったよ、じゃあね……」
しぶしぶと頷くシアンの手をようやく離し、
「よろしくね」
とアイリスは陽気に微笑む。
シアンは振り返らず、後ろに向かって片手をヒラヒラと振る。マスターに騒いですみません、なんて挨拶をしてから喫茶店を出て行く。
「へぇ、それで、アイリスに情報提供するのか?」
ザークの部屋。我が物顔でソファに座っているのは主ではなくリグである。
毎度お馴染みに、窓から訪問したシアンは、リグの不愉快そうな顔とご対面した。まぁ、弟が不機嫌だろうと、上機嫌だろうと、シアンは意に介さないのだが。
「押し切られちゃったんだよね」
最後なんて脅迫に命令だよ?なんて言うシアンは、特にアイリスの脅迫やらを怖がっていた様子など微塵もない。
「それにしても、どうして……。何かアイリスおかしいですよね?」
考え込むザークとリグの距離がどこかいつもより近いと感じるシアン。
あー、これはやっぱりアイリスが負けだな、なんて今は関係ないことを思いながら、
「うん。俺もそう思った。とりあえず、俺がそれとなーく監視しとくよ」
軽い口調はそのままに、何でもないことのように言うシアン。
「アジスタはどうするんだ?」
お前の目的はこっちだろ、とリグが口をはさむ。お前なんて言ったら、また前のようにマシンガントークが炸裂するので、そこは隠して。
「うーん。ゆっくり探すしかなさそうだからねぇ。とりあえず犠牲者は出にくくしてるつもりだけど」
シアンは苦笑して、のんびりと答える。
毎晩細かい路地に目を光らせてはいても、肝心のアジスタが見付からない。それなのに、犠牲者が出るのはなくならない。
「夜はアイリス出歩いてないから、昼間の監視はできるよ」
最も、今どこに住処を構えているかは探り中なのだが。まぁ、大丈夫だろうとシアンは請け負う。
「ですが、夜も大変なのに……」
「大変なのはお互い様。アイリスは君らを避けてるからね。だったら、俺がそれとなーくで見てるしかないよね?」
戸惑うザークを見ながら、本当にザークはいい子だよねぇ、なんて思う。
俺の兄貴とか、弟とか……さらに言えばザークの姉とか、傲岸不遜もいいとこなのに。なんでこんないい子が育つかなぁ、なんて自分のことは棚上げして。
まぁ、ザークの役に立つのは悪い気はしないし、これがリグだけだったら放っておくけど。
胸の内を綺麗に隠してシアンはザークに笑顔を向ける。
「ま、そういうことだから。じゃあね」
とソファから立ち上がる。
「面倒を増やしてすみません。お願いします」
律儀に頭まで下げてくるザークに良い子良い子なんて、頭を撫でたら、ザークの後ろにいたリグの表情が更に不機嫌さを増した。そのことに笑いを耐えて。一応ザークは俺のこと信用してくれてるから……なんて仮面をつけて。
仮面なんて有るようでないんだけど、とか一人ごちながら。
「了解」
と笑ってまたもや窓から外へと飛び出した。
瞬間、クツクツと耐えられなかった笑いが込み上げたが、既に窓辺にはザークの姿がなかったので、大丈夫かと思う。大方リグが窓を閉め、ザークを中へと引きずり込んだのだろう。全く、独占欲の塊だ、我が弟ながら感心しちゃうね、なんて。
ザークにあることないこと吹き込まれても嫌だけれど、まぁそれは仕方ないとしよう。
二人が……特にザークが、幸せであるならそれで良い。
何もかもがハッキリしない、不安材料ばかりが増す毎日への恐れの心を表すかのように、人々の頭上の空は、暗雲を広げていた。
夜の闇は更に濃く、暗く――。
月は、今日は見えない……。
叫びの主は一人の女性。
「アイリス、うるさいよ?」
やんわりと男性がたしなめる。
女性は、ザークの姉のアイリス。男性はリグの兄のシアン。
二人がいる場所は、最近シアンが働き出した喫茶店の奥まったテーブル。本日シアンは休みなのか、ウェイター姿ではない。うるさい客を連れてくる認定されて、俺が仕事できなくなったらどうしてくれるんだ、とシアンは考える。
いつもだったら真っ先に会いに行ってるのにね、と言うシアンは、質問をしたにも関わらず、答えに対してそれほど興味を持っている様には見えない。ただ見えていないだけなのけもしれないが。
「だって、色々忙しいんだもの」
「ふーん。でも、会いに行ってたら、わかったことだよ?」
リグは会う前からわかってたみたいだけどねと、心の中で付け足しながら、シアンは自分が頼んだアイスティーのストローを、意味もなくかき混ぜてみる。この寒い季節に不似合いな氷の音が響いただけに終わったが。
「シ、ア、ン。で、その調査どうなってるの?」
わざわざ相手の名前を区切り呼びして、アイリスは身を乗り出す。
「知らないよ、聞いてないから」
アイリスを見返し、シアンは素っ気ない返答をする。
「だいたい、何で俺に聞いてるの?会いに行って聞けば教えてくれるんじゃない?ついでに頼ってもくれるんじゃない?……アイリス、何か後ろめたいことでも有るの?」
アイリスがシアンから聞き出したことは、ロイがザークの依頼主ということである。
これで、以前リグがロイを助けていた理由も判明する。ただ、その時はリグもまだザークには会っていなかったように記憶しているが。そこはもう考えない事にする。
「だから、忙しいのよ。後ろめたいことって何よ?」
私が何かやっているとでも?と言うかのようにキツイ口調になるアイリス。
「ふーん。なら、ザークに直接聞きなよ。こんな所で俺としゃべってんのに、忙しいの?少し足伸ばせばザークのマンションなのに?」
わかんないなぁ、とシアン。
「うるさいわね。今リグがあの子の所にいるのよ。顔合わせたくないじゃない」
「恋敵だもんねー」
シアンから目をそむけて言う彼女に、シアンのからかい交じりの声がかかる。
「でも、放っておいたらリグに取られるんじゃない?」
「ないわよ。絶対にさせないから」
核心をついたシアンの言葉だが、アイリスはあっさりとそう言い切る。
二人とも、ザークとリグが確実に心を通わせたことはまだ知らない。
「ふーん。そうなの?頑張ってね。じゃあ、俺はこれで」
どうでもいいことのように言うシアンは、実はそんなに簡単に二人を引き裂けないだろうなぁ、なんて思っていることは言わない。
自分の飲み物代を置いて立ち上がったシアンを、アイリスの声が引き留める。
「あ、ねぇ。あの子が何かつかんだら、私に教えて頂戴」
机に置かれているシアンの手を押さえてまで、自分の思いどおりにしようとする。
「何?それ。やっぱ何かおかしいよ、アイリス」
眉根を寄せて不思議そうに言うシアン。
「良いじゃない。少しでもあの子のことが気になるのよ。毎日毎日、呼び出されたいの?」
ある意味脅迫ではいかと思うシアン。
「それは嫌」
即答でキッパリ言い切る。
「なら、決定ね。何か有った時限定なんだから、引き受けなさい」
アイリスはニッコリと笑って命令を下す。
「わかったよ、じゃあね……」
しぶしぶと頷くシアンの手をようやく離し、
「よろしくね」
とアイリスは陽気に微笑む。
シアンは振り返らず、後ろに向かって片手をヒラヒラと振る。マスターに騒いですみません、なんて挨拶をしてから喫茶店を出て行く。
「へぇ、それで、アイリスに情報提供するのか?」
ザークの部屋。我が物顔でソファに座っているのは主ではなくリグである。
毎度お馴染みに、窓から訪問したシアンは、リグの不愉快そうな顔とご対面した。まぁ、弟が不機嫌だろうと、上機嫌だろうと、シアンは意に介さないのだが。
「押し切られちゃったんだよね」
最後なんて脅迫に命令だよ?なんて言うシアンは、特にアイリスの脅迫やらを怖がっていた様子など微塵もない。
「それにしても、どうして……。何かアイリスおかしいですよね?」
考え込むザークとリグの距離がどこかいつもより近いと感じるシアン。
あー、これはやっぱりアイリスが負けだな、なんて今は関係ないことを思いながら、
「うん。俺もそう思った。とりあえず、俺がそれとなーく監視しとくよ」
軽い口調はそのままに、何でもないことのように言うシアン。
「アジスタはどうするんだ?」
お前の目的はこっちだろ、とリグが口をはさむ。お前なんて言ったら、また前のようにマシンガントークが炸裂するので、そこは隠して。
「うーん。ゆっくり探すしかなさそうだからねぇ。とりあえず犠牲者は出にくくしてるつもりだけど」
シアンは苦笑して、のんびりと答える。
毎晩細かい路地に目を光らせてはいても、肝心のアジスタが見付からない。それなのに、犠牲者が出るのはなくならない。
「夜はアイリス出歩いてないから、昼間の監視はできるよ」
最も、今どこに住処を構えているかは探り中なのだが。まぁ、大丈夫だろうとシアンは請け負う。
「ですが、夜も大変なのに……」
「大変なのはお互い様。アイリスは君らを避けてるからね。だったら、俺がそれとなーくで見てるしかないよね?」
戸惑うザークを見ながら、本当にザークはいい子だよねぇ、なんて思う。
俺の兄貴とか、弟とか……さらに言えばザークの姉とか、傲岸不遜もいいとこなのに。なんでこんないい子が育つかなぁ、なんて自分のことは棚上げして。
まぁ、ザークの役に立つのは悪い気はしないし、これがリグだけだったら放っておくけど。
胸の内を綺麗に隠してシアンはザークに笑顔を向ける。
「ま、そういうことだから。じゃあね」
とソファから立ち上がる。
「面倒を増やしてすみません。お願いします」
律儀に頭まで下げてくるザークに良い子良い子なんて、頭を撫でたら、ザークの後ろにいたリグの表情が更に不機嫌さを増した。そのことに笑いを耐えて。一応ザークは俺のこと信用してくれてるから……なんて仮面をつけて。
仮面なんて有るようでないんだけど、とか一人ごちながら。
「了解」
と笑ってまたもや窓から外へと飛び出した。
瞬間、クツクツと耐えられなかった笑いが込み上げたが、既に窓辺にはザークの姿がなかったので、大丈夫かと思う。大方リグが窓を閉め、ザークを中へと引きずり込んだのだろう。全く、独占欲の塊だ、我が弟ながら感心しちゃうね、なんて。
ザークにあることないこと吹き込まれても嫌だけれど、まぁそれは仕方ないとしよう。
二人が……特にザークが、幸せであるならそれで良い。
何もかもがハッキリしない、不安材料ばかりが増す毎日への恐れの心を表すかのように、人々の頭上の空は、暗雲を広げていた。
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