FULLMOON

藤野 朔夜

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第四章

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「ちょっと?!ねぇ、どういうことよ?!」
  叫びの主は一人の女性。
「アイリス、うるさいよ?」
  やんわりと男性がたしなめる。
  女性は、ザークの姉のアイリス。男性はリグの兄のシアン。
  二人がいる場所は、最近シアンが働き出した喫茶店の奥まったテーブル。本日シアンは休みなのか、ウェイター姿ではない。うるさい客を連れてくる認定されて、俺が仕事できなくなったらどうしてくれるんだ、とシアンは考える。
  いつもだったら真っ先に会いに行ってるのにね、と言うシアンは、質問をしたにも関わらず、答えに対してそれほど興味を持っている様には見えない。ただ見えていないだけなのけもしれないが。
「だって、色々忙しいんだもの」
「ふーん。でも、会いに行ってたら、わかったことだよ?」
  リグは会う前からわかってたみたいだけどねと、心の中で付け足しながら、シアンは自分が頼んだアイスティーのストローを、意味もなくかき混ぜてみる。この寒い季節に不似合いな氷の音が響いただけに終わったが。
「シ、ア、ン。で、その調査どうなってるの?」
  わざわざ相手の名前を区切り呼びして、アイリスは身を乗り出す。
「知らないよ、聞いてないから」
  アイリスを見返し、シアンは素っ気ない返答をする。
「だいたい、何で俺に聞いてるの?会いに行って聞けば教えてくれるんじゃない?ついでに頼ってもくれるんじゃない?……アイリス、何か後ろめたいことでも有るの?」
  アイリスがシアンから聞き出したことは、ロイがザークの依頼主ということである。
  これで、以前リグがロイを助けていた理由も判明する。ただ、その時はリグもまだザークには会っていなかったように記憶しているが。そこはもう考えない事にする。
「だから、忙しいのよ。後ろめたいことって何よ?」
  私が何かやっているとでも?と言うかのようにキツイ口調になるアイリス。
「ふーん。なら、ザークに直接聞きなよ。こんな所で俺としゃべってんのに、忙しいの?少し足伸ばせばザークのマンションなのに?」
  わかんないなぁ、とシアン。
「うるさいわね。今リグがあの子の所にいるのよ。顔合わせたくないじゃない」
「恋敵だもんねー」
  シアンから目をそむけて言う彼女に、シアンのからかい交じりの声がかかる。
「でも、放っておいたらリグに取られるんじゃない?」
「ないわよ。絶対にさせないから」
  核心をついたシアンの言葉だが、アイリスはあっさりとそう言い切る。
  二人とも、ザークとリグが確実に心を通わせたことはまだ知らない。
「ふーん。そうなの?頑張ってね。じゃあ、俺はこれで」
  どうでもいいことのように言うシアンは、実はそんなに簡単に二人を引き裂けないだろうなぁ、なんて思っていることは言わない。
  自分の飲み物代を置いて立ち上がったシアンを、アイリスの声が引き留める。
「あ、ねぇ。あの子が何かつかんだら、私に教えて頂戴」
  机に置かれているシアンの手を押さえてまで、自分の思いどおりにしようとする。
「何?それ。やっぱ何かおかしいよ、アイリス」
  眉根を寄せて不思議そうに言うシアン。
「良いじゃない。少しでもあの子のことが気になるのよ。毎日毎日、呼び出されたいの?」
  ある意味脅迫ではいかと思うシアン。
「それは嫌」
  即答でキッパリ言い切る。
「なら、決定ね。何か有った時限定なんだから、引き受けなさい」
  アイリスはニッコリと笑って命令を下す。
「わかったよ、じゃあね……」
  しぶしぶと頷くシアンの手をようやく離し、
「よろしくね」
  とアイリスは陽気に微笑む。
  シアンは振り返らず、後ろに向かって片手をヒラヒラと振る。マスターに騒いですみません、なんて挨拶をしてから喫茶店を出て行く。

「へぇ、それで、アイリスに情報提供するのか?」
  ザークの部屋。我が物顔でソファに座っているのは主ではなくリグである。
  毎度お馴染みに、窓から訪問したシアンは、リグの不愉快そうな顔とご対面した。まぁ、弟が不機嫌だろうと、上機嫌だろうと、シアンは意に介さないのだが。
「押し切られちゃったんだよね」
  最後なんて脅迫に命令だよ?なんて言うシアンは、特にアイリスの脅迫やらを怖がっていた様子など微塵もない。
「それにしても、どうして……。何かアイリスおかしいですよね?」
  考え込むザークとリグの距離がどこかいつもより近いと感じるシアン。
  あー、これはやっぱりアイリスが負けだな、なんて今は関係ないことを思いながら、
「うん。俺もそう思った。とりあえず、俺がそれとなーく監視しとくよ」
  軽い口調はそのままに、何でもないことのように言うシアン。
「アジスタはどうするんだ?」
  お前の目的はこっちだろ、とリグが口をはさむ。お前なんて言ったら、また前のようにマシンガントークが炸裂するので、そこは隠して。
「うーん。ゆっくり探すしかなさそうだからねぇ。とりあえず犠牲者は出にくくしてるつもりだけど」
  シアンは苦笑して、のんびりと答える。
  毎晩細かい路地に目を光らせてはいても、肝心のアジスタが見付からない。それなのに、犠牲者が出るのはなくならない。
「夜はアイリス出歩いてないから、昼間の監視はできるよ」
  最も、今どこに住処を構えているかは探り中なのだが。まぁ、大丈夫だろうとシアンは請け負う。
「ですが、夜も大変なのに……」
「大変なのはお互い様。アイリスは君らを避けてるからね。だったら、俺がそれとなーくで見てるしかないよね?」
  戸惑うザークを見ながら、本当にザークはいい子だよねぇ、なんて思う。
  俺の兄貴とか、弟とか……さらに言えばザークの姉とか、傲岸不遜もいいとこなのに。なんでこんないい子が育つかなぁ、なんて自分のことは棚上げして。
  まぁ、ザークの役に立つのは悪い気はしないし、これがリグだけだったら放っておくけど。
  胸の内を綺麗に隠してシアンはザークに笑顔を向ける。
「ま、そういうことだから。じゃあね」
  とソファから立ち上がる。
「面倒を増やしてすみません。お願いします」
  律儀に頭まで下げてくるザークに良い子良い子なんて、頭を撫でたら、ザークの後ろにいたリグの表情が更に不機嫌さを増した。そのことに笑いを耐えて。一応ザークは俺のこと信用してくれてるから……なんて仮面をつけて。
  仮面なんて有るようでないんだけど、とか一人ごちながら。
「了解」
  と笑ってまたもや窓から外へと飛び出した。
  瞬間、クツクツと耐えられなかった笑いが込み上げたが、既に窓辺にはザークの姿がなかったので、大丈夫かと思う。大方リグが窓を閉め、ザークを中へと引きずり込んだのだろう。全く、独占欲の塊だ、我が弟ながら感心しちゃうね、なんて。
  ザークにあることないこと吹き込まれても嫌だけれど、まぁそれは仕方ないとしよう。
  二人が……特にザークが、幸せであるならそれで良い。


  何もかもがハッキリしない、不安材料ばかりが増す毎日への恐れの心を表すかのように、人々の頭上の空は、暗雲を広げていた。


  夜の闇は更に濃く、暗く――。


  月は、今日は見えない……。
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