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第六章
①
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闇は果てしなく広く……でも世界はいつまでも明るい。
矛盾をはらむ世界に、あなたはどんな可能性を見付けられる?
彼女は闇に落ちていく空を見、光り輝く人々の家や道路を冷めた目で眺めた。
「夜って、一体なんなのかしらね」
昔は夜になれば暗く重たいもの閉ざされている感覚を味わった。
闇に潜んでいるモノたちへと世界が変わり、光りの中で生きる人々は眠りにつく。そうすることで、闇をやり過ごしていた。
……今は、違う。
夜に輝くネオンの下で、人々は闇を恐れなくなり、眠ることを忘れた。
闇に潜むモノたちは、行き場を失くし、……あげく、小さな闇の世界は密度を増した。息苦しい闇の世界……。生きることを許されなくなってしまったモノたちは、一体人々に何をしたというのだろうか?
何がそんなにおかしいのか、笑い続ける人間たち。世界は自分たちの物だと、錯覚を起こして我が物顔で闇を侵略した彼らに、彼女は牙をむきたくなる。
彼女の人としての生は、とうの昔に終わっていた。今は闇の住人として、闇の世界に生がある。
「あの子はそれでも光なのに」
闇の住人でありながら、光を持ち続ける彼に、嫉妬を覚えたこともあった。
けれど……。
彼はやはり、彼女の一番大切な肉親なのだ。
かけがえのない、かわりのきかない、愛してやまない、彼……。
彼の為に、光の中にいることを止めた彼女。けれど、彼は悲しそうな顔を向けただけで、何も言わなかった。
「愛しているのよ、本当に……」
静かに、言い訳めいた言葉を、彼女は虚空に向けてつむいだ。
総てを失ってもかまわないほどに、彼女は彼を愛しているのに……。
彼が見ているのは、生きる為に必要としたのは、彼女ではなかった。
異常ともいえる彼女の執着と束縛をさけて、彼は人々の中に居をかまえた。放置したのは、あの男もいなかったから。
なのに……。
バンッ!
彼女は唐突に窓ガラスを手で叩いた。
人形のように、部屋の真ん中のソファに座っていた男が、音に驚いて身動きするのが、窓越しに見えた。
その男の前のソファに座して本を読んでいる男は、何の反応も示さなかった。
人形のように座り続け、何も話さない男も、無口で無表情な男も、今は彼女の腹立たしさを増すだけの存在にすぎなかった。否、いつもか……。
当然のように、彼の隣にいたあの男。
今後ろにいる無表情男が、あの男と同じ血を引いているということを考えるだけで、余計ムカツキが増す。
「絶対に、許さないわ……」
静かに呟くと、彼女は腹立たしい男たちを見もせずに、部屋を出た。
壁に閉ざされた廊下には、外の光は一切入ってこない。
あちこちに掲げられた、時代錯誤な蝋燭の火が、廊下に光をもたらしていた。
蝋燭の火は小さい。小さい火は、闇の領域が大きいことを示していた。
あまり視野が良いとはいえない廊下を、彼女は足早に歩く。
彼女の周りにいる全ての男たちが、彼女に取ってただムカルクだけの存在へと成っていた。
彼の隣にさも当然だというようにいた、あの男……。
訳知り顔で肝心なことを何も話そうとしない、男……。
無口で無表情で何の感情も見せない、男……。
話さず動かす何も考えていない人形のような、男……。
そして、自分以外を選んだ、彼……。
闇を侵略した人間も、侵略されるがままの闇も。
なにもかもがもうまくいかないし、なにもかも全てが苛立たしい。
そして、悲しい――――。
「悲しい?」
ふいに浮かんだ感情に、彼女自身が驚いて足を止める。
そう、彼女は悲しんでいたのだ。
彼が、彼女から離れたことに。
「いいえ、あの子は私から離れてなどいないわ。離れられる訳がないのよ」
呟きながら、歩くことを再開する。
どこか狂気をはらんだ闇のオーラを纏わせながら、彼女は静かに自室へと戻って行く。
壊れていく世界は止められない。
世界が壊れるなら、それに包まれている人間も、いつか壊れるだろう。
否、もう既に、壊れているのかもしれない――――。
……否、――人間が壊れたから、世界が壊れて行くのか……。
とうの昔に、壊れて狂い始めた闇の世界のように――――。
矛盾をはらむ世界に、あなたはどんな可能性を見付けられる?
彼女は闇に落ちていく空を見、光り輝く人々の家や道路を冷めた目で眺めた。
「夜って、一体なんなのかしらね」
昔は夜になれば暗く重たいもの閉ざされている感覚を味わった。
闇に潜んでいるモノたちへと世界が変わり、光りの中で生きる人々は眠りにつく。そうすることで、闇をやり過ごしていた。
……今は、違う。
夜に輝くネオンの下で、人々は闇を恐れなくなり、眠ることを忘れた。
闇に潜むモノたちは、行き場を失くし、……あげく、小さな闇の世界は密度を増した。息苦しい闇の世界……。生きることを許されなくなってしまったモノたちは、一体人々に何をしたというのだろうか?
何がそんなにおかしいのか、笑い続ける人間たち。世界は自分たちの物だと、錯覚を起こして我が物顔で闇を侵略した彼らに、彼女は牙をむきたくなる。
彼女の人としての生は、とうの昔に終わっていた。今は闇の住人として、闇の世界に生がある。
「あの子はそれでも光なのに」
闇の住人でありながら、光を持ち続ける彼に、嫉妬を覚えたこともあった。
けれど……。
彼はやはり、彼女の一番大切な肉親なのだ。
かけがえのない、かわりのきかない、愛してやまない、彼……。
彼の為に、光の中にいることを止めた彼女。けれど、彼は悲しそうな顔を向けただけで、何も言わなかった。
「愛しているのよ、本当に……」
静かに、言い訳めいた言葉を、彼女は虚空に向けてつむいだ。
総てを失ってもかまわないほどに、彼女は彼を愛しているのに……。
彼が見ているのは、生きる為に必要としたのは、彼女ではなかった。
異常ともいえる彼女の執着と束縛をさけて、彼は人々の中に居をかまえた。放置したのは、あの男もいなかったから。
なのに……。
バンッ!
彼女は唐突に窓ガラスを手で叩いた。
人形のように、部屋の真ん中のソファに座っていた男が、音に驚いて身動きするのが、窓越しに見えた。
その男の前のソファに座して本を読んでいる男は、何の反応も示さなかった。
人形のように座り続け、何も話さない男も、無口で無表情な男も、今は彼女の腹立たしさを増すだけの存在にすぎなかった。否、いつもか……。
当然のように、彼の隣にいたあの男。
今後ろにいる無表情男が、あの男と同じ血を引いているということを考えるだけで、余計ムカツキが増す。
「絶対に、許さないわ……」
静かに呟くと、彼女は腹立たしい男たちを見もせずに、部屋を出た。
壁に閉ざされた廊下には、外の光は一切入ってこない。
あちこちに掲げられた、時代錯誤な蝋燭の火が、廊下に光をもたらしていた。
蝋燭の火は小さい。小さい火は、闇の領域が大きいことを示していた。
あまり視野が良いとはいえない廊下を、彼女は足早に歩く。
彼女の周りにいる全ての男たちが、彼女に取ってただムカルクだけの存在へと成っていた。
彼の隣にさも当然だというようにいた、あの男……。
訳知り顔で肝心なことを何も話そうとしない、男……。
無口で無表情で何の感情も見せない、男……。
話さず動かす何も考えていない人形のような、男……。
そして、自分以外を選んだ、彼……。
闇を侵略した人間も、侵略されるがままの闇も。
なにもかもがもうまくいかないし、なにもかも全てが苛立たしい。
そして、悲しい――――。
「悲しい?」
ふいに浮かんだ感情に、彼女自身が驚いて足を止める。
そう、彼女は悲しんでいたのだ。
彼が、彼女から離れたことに。
「いいえ、あの子は私から離れてなどいないわ。離れられる訳がないのよ」
呟きながら、歩くことを再開する。
どこか狂気をはらんだ闇のオーラを纏わせながら、彼女は静かに自室へと戻って行く。
壊れていく世界は止められない。
世界が壊れるなら、それに包まれている人間も、いつか壊れるだろう。
否、もう既に、壊れているのかもしれない――――。
……否、――人間が壊れたから、世界が壊れて行くのか……。
とうの昔に、壊れて狂い始めた闇の世界のように――――。
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