FULLMOON

藤野 朔夜

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第六章

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「アイリスは……?」
  少し混乱気味のザークに、
「うん。それを今から確かめに行こうと思ってたんだけどね。それを邪魔してくれるし。……まぁ、それは置いといて、やっぱりアジスタとアイリスの繋がりは濃厚、って気がするね俺は。アイリスが未だにザークに会いに来てないってのもおかしいと思うしね」
  シアンは言葉を紡ぐ。
「けれど……」
「間違った情報であることを俺も望んでるよ。あんまり嬉しいことでもないし。どうする?このまま行くかい?」
「ちょっと待て、お前何も知らせずに、いきなり連れて行くつもりだったんか?」
  ザークに問いかけているシアンにリグがわめく。
「あのね、何度も言うけどお前って呼ぶな。ついでにそろそろ話そうかな、っていうのを邪魔したのはリグだよ。……リグも行くの?」
  ご丁寧にリグへと向き直り、お馴染みのニッコリをやった後、シアンは言う。曰く、ここで追い返すつもりだったらしい。
「ザークの判断に任せる。ってか、ザークが行くなら俺も行く。行かないんなら、お前一人で行ってくれ」
  リグは思いっきり我が道を突っ走ることを言う。シアンをお前と言うのも直していない。
「リグ……もう物忘れが激しくなったの?一族で一番若いはずなのに。一番老化が激しいんだ?」
「何の話しだよ?」
  考え込んでいるザークの横で、全く関係のない内容の兄弟げんかが勃発し、ヒートアップしていく。
「お前って呼ぶなって俺は一体何度言ったと思ってるんだい?だいたい、リグってばアジスタの事もあんたとか呼んでるだろう?怒ると恐いんだよ、アジスタの方が。ついでに、父さんたちもそんな呼び方で呼んでるんじゃないだろうね?一族が集まった時、恥をかくのは俺たちなんだよ?直せ直せって、何年も前から言ってるのに」
「一族がそうそう集まるかっ!呼び方なんざどんなんでも良いだろーが」
「一族が集まる集まらないはこの際別にどうでも良いことなんだよ。俺が言ってんのは、年上を少しは敬えってこと!俺だからまだ直せ、ですんでるけど、それですまない人だっているんだよ?アジスタは今は許してても、そのうち大きな返り討ちがあるんだよ、きっと」
「けっ、敬えるよーな連中だとは思ってねーもん」
「リグ、あのねぇ、んじゃあ……」
  己の倍以上話すシアンの言葉を、リグはうるさそうにそっぽを向き、右から左へと流していく。
  ぎゃあぎゃあとわめき合う二人。大半はシアンなのだが、二人に注意の声もかけず、ザークは静かにその場に座っていた。
  このけんかは、いつになれば終わるのだろうか……と。
  剣呑に細められたシアンの目はいつものニッコリな表情であるのに、怒気をかなり含んでいる。もはや何を言っていても、嫌みにしか聞こえないほどに。
  リグはというと、元々のつり目が更につりあがり、不機嫌そうな表情の上に怒りという感情も醸し出している。
  喫茶店の一角で、けんかをし始めた二人の客に、オロオロしだしたウエイターたちの姿を目の端にとらえ、そろそろ止めるべきかとザークは考える。
  が、口の出しようがない。というか、言葉を挟み込める隙間がない。
  昔からよくけんかをする二人ではあったが。よくあきないなと、比較的ザークがのんびりと考えていられるのは、二人ともテーブルを挟んでいるからか、手足がまだ出ていないからだろう。
  自分の家なら嫌なのだが、領域内の家ならまだしも、外で暴れられた日には……である。そうなれば、まぁ、力づくで止めるだけなのだか。
  満月の近いこの時期、ザークの力はピークを迎える。
  元々の不可解な力の上に、吸血鬼としての力も加わるので、リグとシアンの二人なら、一人で止められる……だろう。多分。
  けんかの客が、他の客に嫌がられ始めたのか、ウエイター二人がどちらが止めに行くかを擦り付けあっている。ザークの位置からはそれがよく見え、これは同席している自分が止めに入らなければと、ようやく二人に声をかける気にザークはなる。
「だから、俺がどこで何してよーが、お前には関係ないだろうが」
「いいや、関係なくないね。弟が素行不良なんて、一族に知られたら……」
「俺より断然アジスタのが素行不良だろうが」
「俺にとってはどっちも同じ。だいたいリグはどうしてそう自分本位に物事考えれるかな。俺も一度で良いからそういう生き方してみたいね」
  否、実際そうですよ、シアンも……。
  という言葉をザークは飲み込む。なんだって呼び方の話しからこんな話しになってるんだかと、一瞬ボケてしまったせいか、声をかけるタイミングはウエイターの方が早かった。
「あの、お客様……」
  けんか中割り込まれた二人は、剣呑な目付きのままウエイターを見やる。人の好さそうなウエイターは、そのせいで少し後退りした。
「リグもシアンも、他人の迷惑考えてくださいね」
  ようやく途切れた二人の舌戦に、やっとザークは言葉を挟む。
  始めのうちから止めずに放置していた自分もいけないことは重々承知で。
「すみません。すぐにお店を出ますから」
  ウエイターに笑顔つきでザークは謝ると、さっさと席を立つ。
「あ、はい。申し訳ありません」
  しばらくザークの笑顔に見惚れたウエイターは、立ち上がったリグに小突かれ、慌てて出入り口付近のレジへと向かう。
  リグの行動に、ザークが溜息を吐いたのはいうまでもない。

「全く、リグのせいでいらないところで恥をかいちゃったよ」
「俺のせいか?!」
「二人とも、私一人で帰っても良いんですよ」
  店を出た途端、また始まりかけた兄弟げんかに水を差したのは、異様に冷たい声で紡がれたザークの言葉。
「ザーク……?」
「忘れていましたけど、この時期妙に好戦的になるんですよね。……満月、近いですよ」
  普段あまり怒らないザークに、怒っているのか?と恐る恐る両側からザークの顔色をうかがうリグとシアン。
  ニッコリ笑顔のまま、いやに物騒なことを言うのは、シアンだけではないらしい。ザークの方が、柔らかい微笑な分怖さも上がる……と二人が思ったのは、気のせいではないだろう。
  とりあえず、一時休戦と目線で頷き合う兄弟は、やっと静かになる。
「ところで、アジスタの家に向かって良いんだよね?」
  一呼吸置いてから、確認を取るシアンに、
「ええ、早く確かめて、終わらせたいですから」
  頷きつつ、ザークは答える。
「リグも、行くんだよね?」
「あぁ」
  言外に帰れを含めたシアンの言葉に、気付かぬふりで平然と行くと答えるリグ。いつもなら、ここでまたけんかが始まっても不思議はないのだが。さすがに先程のザークの状態を考えてか、シアンは不本意そうに肩をすくめるだけにとどめる。
「このまま、真っ直ぐで良いんですか?」
「え、あーそう。真っ直ぐ。なんか、さっきまでは晴れてたのに……」
  ザークの問いに答えるシアンは、空を見上げて重い溜息を吐いた。
「本当に……」
  同じく空を見上げたザークも、ポツリと呟き白い息を吐く。
  黒い雪雲は、急速に広がりつつある。気温は先程より、一気に下がっていく。太陽の熱は、さえぎられて届かない。冬の緩やかな日差しでは、暖められた地表の熱はすぐに霧散してしまう。
「寒いですね……」
  まるで、破滅への道のように、暗い方へと歩くザークの足取りは、重くなりがちだった。


  昼間の月は、影が薄く、ただそこにあるだけで、ポツリと空に浮かんでいた。
  重く立ち込める雪雲の向こうに、今もかわらず居続ける月は、自己主張しない。


  満月の日は、もうすぐそこまで来ている……。
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