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第七章
①
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「アイリス!!」
ふいに叫んだザークを一瞥し、アイリスは何のためらいもなくソファに座る人形の首を、切った。
否、人形ではない。
ちゃんと血の通っている人間だった。
首は床に落ち、血の海を作り上げる。
人間であった者の服は赤黒く染まり、黒いソファに血を流していく。
ソファが黒いことが救いなのか。流れてソファを汚しただろう血は、見えなかった。
「アイリス、一体何を……」
ここは、アジスタのいるべき場所ではなかったのか。
そして、今首を切られた人間は……。
皮肉なことに、彼の顔は驚愕に見開かれたザークの瞳に、容赦なく映し出されていた。
「彼の名前は?知っているのでしょう?ザーク?」
今自分がしたことなど、些細なことだと言わんばかりのアイリス。
ザークは、何が起きてどうなったのか、咄嗟にわからなくなっていた。
「ザーク、目をそらせ。ここから出よう」
遠い場所で、否、近くにいるはずなのに、遠くから言っているように聞こえてしまうリグの声。
……そう、近くにいるのだ。倒れかけた自分を支えてくれている、温かい腕はリグの物だ。間違えようがない。
「アキラ・トウジョウ」
やっとのことで声を出したザーク。震えて、掠れた声になってしまったが、ここにいる全員に声は届いていいるだろう。
彼を探してほしいと、悩んで迷って自分の所に来た大学生は、今どうしているのだろうか。
救えなかった悔恨。
そして、何故アイリスが、彼の命を奪う?
それも意味のないやり方で……
「ザーク」
ここを出ようと、ザークを連れ出そうとするリグの腕。
強く引かれて、ザークはリグに従いかけた。
「リグは邪魔。私はザークと話しがしたいのよ」
いつの間に近くに来たのか。
アイリスの顔。
少し笑っていて、否、嗤っているのだ。
楽し気で、悲し気で。よくわからない表情。
ザークからリグを引き離したのはアイリスではなかった。
「シアン、離せ」
リグの抗議に耳を貸さず、リグのすぐ上の兄は強く腕を引き、ザークとアイリスのいる場所から、リグを遠くに切り離す。
「ねぇ、何故私がこんなことするか、わかる?」
柔らかく問いかける彼女。
素手で人間の首を切った為に、彼女の右手は血に染まっていた。
「もう、戻れないのよね。血に染まって、黒くなった」
右手を持ち上げて、彼女はその血をなめとる。
「あまり美味しくないわ。彼はもう生きていなかったようなものだもの。生きている人間の血の方が美味しいの。あぁ、それはザークも知ってることよね」
彼女は殊更ザークの内の闇の部分を刺激してくる。
戒めていないと暴走してしまうザークの力。満月に導かれて……、今はまだ、大丈夫。自分に言い聞かせる。
「何も言わないの?つまらないわね」
静かに呟く彼女。
言わないのではない、言えないのだ。
まだザークは、ここで起こったことを理解していないのかもしれない。否、理解したくないのか。
「何故……」
茫然としたまま呟く彼に、アイリスは艶然と微笑んだ。
「あなたを愛しているの。だから、苦しめてやりたい」
彼女は当たり前のことのように答える。
「アイツと同じ……違ったかしら?アイツはおもしろければそれで良いんだったかしら?どっちでも良いわ。私はあなたを愛している。それだけよ」
独り言のように呟く彼女は、ザークの瞳を真っ向から見返し、瞳をそらさせない。
「わかりません……」
ようやく返したザークの言葉。
「わからない?そうね、あなたはいつも真っ直ぐだもの。こんな歪んだ愛情、きっと理解できないわね。それはわかっていたわ。えぇ、わかってるのよ。でも、理解して。愛おしいから憎いの。愛しているから苦しめたいの」
ニッコリと笑顔を見せたアイリスは、ザークの顔に血で汚れなかった方の左手をそえる。
「逃げないのね。そうね、あなたを殺せるのはたった一人、リグだものね。それが余計にイラつくのよ!」
間一髪だった。
アイリスから離れて距離を取ったザークの後れ毛が、数本中に舞う。
「ザーク!!」
呼ぶリグの声が遠い。
そう、実際遠いのだ。
そばにリグの温もりが欲しいと、過去に一体どれほど思っただろうか。
けれど、今ほどの切望ではなかった。
「リグ……」
呟いたザークにアイリスが詰め寄った。遠ざかった距離が、一瞬にしてうまる。
「あなたが望むのはリグね。アイツをここで殺してみたいけれど。シアンでも無理ね。アイツを殺せるのは、あなたと異様に力の強いアジスタの二人だけだわ」
アイリスは、リグとシアンの方を一切みようとしない。見ているのはザークだけ。
愛していると言いながら、憎いと言う。苦しめたいと言う。
ザークには、理解できない感情だった。
「アイリス、私には理解できない」
「でしょうね。それはわかってるって言ったわよ。ザーク、良いのよそれで。私は私の感情に従って生きているだけだから。あら、私って生きているのかしら?」
先程から、アイリスの一人問答は矛盾が多い。
会話は成り立っていない。
話しをしたい気持ちはあるが、まずここを出て、自分が落ち着かないと無理だと悟っている。今は、アイリスと冷静に話し合いなどできない、その自覚がザークにはある。
ここを出るには、リグの方へ行かないと……。
リグの方へと目を向けかけて、ザークは固まった。
「アジスタ……」
いつの間に、この部屋に現れたのだろうか。否、最初からいたのかもしれないが。
彼は妙に気配を消すのがうまく、そして誰よりも強い力を誇っていた。
満月によって引き出されるザークの闇の力と、元からある光の力を合わせたとしても、アジスタにはザークは勝てないと知っていた。
「血生臭いな」
一言呟いたアジスタに、四人分の視線が集まる。
傍若無人のシアンも、我が儘を押し通すリグも、今まで女王然としていたアイリスさえ固まって。
「けんかなら、外でやれ。ここは壊れやすい物が多い。あぁ、私は家に戻るから、ここは好きにすれば良い」
誰に言ったのかアジスタはそう言うと、固まっている彼らを置き去りにして、その場から姿を消した。
「外で、ですって」
最初に正気付いたのはアイリス。
一瞬にして、全員が陥った緊張感などなかったものにして。
「ちょっと待て。俺はザークを連れて帰るぞ」
次はリグ。
混乱しているザークを、これ以上アイリスと共にいさせる訳にはいかないと、思ったのだろう。
「それは無理。リグは俺と話し合い。これは決定事項だから、逃げられないよ?」
めずらしく沈黙を保っていたシアンが言い、リグとシアンの姿が消えた。
「空間移動……。全く私たちの方もしてからにしてほしかったわね。面倒なのよ」
消えた事にはまったく驚かず、アイリスは文句を言う。言う相手は既にいないが。
「アイリス、私は……」
ザークは静かにアイリスとの間を取ろうとする。
「ダメ。少しくらい、お姉様に付き合いなさい」
問答無用の空間移動。
発動は突然で、めまいのような感覚にザークは襲われた。
ふいに叫んだザークを一瞥し、アイリスは何のためらいもなくソファに座る人形の首を、切った。
否、人形ではない。
ちゃんと血の通っている人間だった。
首は床に落ち、血の海を作り上げる。
人間であった者の服は赤黒く染まり、黒いソファに血を流していく。
ソファが黒いことが救いなのか。流れてソファを汚しただろう血は、見えなかった。
「アイリス、一体何を……」
ここは、アジスタのいるべき場所ではなかったのか。
そして、今首を切られた人間は……。
皮肉なことに、彼の顔は驚愕に見開かれたザークの瞳に、容赦なく映し出されていた。
「彼の名前は?知っているのでしょう?ザーク?」
今自分がしたことなど、些細なことだと言わんばかりのアイリス。
ザークは、何が起きてどうなったのか、咄嗟にわからなくなっていた。
「ザーク、目をそらせ。ここから出よう」
遠い場所で、否、近くにいるはずなのに、遠くから言っているように聞こえてしまうリグの声。
……そう、近くにいるのだ。倒れかけた自分を支えてくれている、温かい腕はリグの物だ。間違えようがない。
「アキラ・トウジョウ」
やっとのことで声を出したザーク。震えて、掠れた声になってしまったが、ここにいる全員に声は届いていいるだろう。
彼を探してほしいと、悩んで迷って自分の所に来た大学生は、今どうしているのだろうか。
救えなかった悔恨。
そして、何故アイリスが、彼の命を奪う?
それも意味のないやり方で……
「ザーク」
ここを出ようと、ザークを連れ出そうとするリグの腕。
強く引かれて、ザークはリグに従いかけた。
「リグは邪魔。私はザークと話しがしたいのよ」
いつの間に近くに来たのか。
アイリスの顔。
少し笑っていて、否、嗤っているのだ。
楽し気で、悲し気で。よくわからない表情。
ザークからリグを引き離したのはアイリスではなかった。
「シアン、離せ」
リグの抗議に耳を貸さず、リグのすぐ上の兄は強く腕を引き、ザークとアイリスのいる場所から、リグを遠くに切り離す。
「ねぇ、何故私がこんなことするか、わかる?」
柔らかく問いかける彼女。
素手で人間の首を切った為に、彼女の右手は血に染まっていた。
「もう、戻れないのよね。血に染まって、黒くなった」
右手を持ち上げて、彼女はその血をなめとる。
「あまり美味しくないわ。彼はもう生きていなかったようなものだもの。生きている人間の血の方が美味しいの。あぁ、それはザークも知ってることよね」
彼女は殊更ザークの内の闇の部分を刺激してくる。
戒めていないと暴走してしまうザークの力。満月に導かれて……、今はまだ、大丈夫。自分に言い聞かせる。
「何も言わないの?つまらないわね」
静かに呟く彼女。
言わないのではない、言えないのだ。
まだザークは、ここで起こったことを理解していないのかもしれない。否、理解したくないのか。
「何故……」
茫然としたまま呟く彼に、アイリスは艶然と微笑んだ。
「あなたを愛しているの。だから、苦しめてやりたい」
彼女は当たり前のことのように答える。
「アイツと同じ……違ったかしら?アイツはおもしろければそれで良いんだったかしら?どっちでも良いわ。私はあなたを愛している。それだけよ」
独り言のように呟く彼女は、ザークの瞳を真っ向から見返し、瞳をそらさせない。
「わかりません……」
ようやく返したザークの言葉。
「わからない?そうね、あなたはいつも真っ直ぐだもの。こんな歪んだ愛情、きっと理解できないわね。それはわかっていたわ。えぇ、わかってるのよ。でも、理解して。愛おしいから憎いの。愛しているから苦しめたいの」
ニッコリと笑顔を見せたアイリスは、ザークの顔に血で汚れなかった方の左手をそえる。
「逃げないのね。そうね、あなたを殺せるのはたった一人、リグだものね。それが余計にイラつくのよ!」
間一髪だった。
アイリスから離れて距離を取ったザークの後れ毛が、数本中に舞う。
「ザーク!!」
呼ぶリグの声が遠い。
そう、実際遠いのだ。
そばにリグの温もりが欲しいと、過去に一体どれほど思っただろうか。
けれど、今ほどの切望ではなかった。
「リグ……」
呟いたザークにアイリスが詰め寄った。遠ざかった距離が、一瞬にしてうまる。
「あなたが望むのはリグね。アイツをここで殺してみたいけれど。シアンでも無理ね。アイツを殺せるのは、あなたと異様に力の強いアジスタの二人だけだわ」
アイリスは、リグとシアンの方を一切みようとしない。見ているのはザークだけ。
愛していると言いながら、憎いと言う。苦しめたいと言う。
ザークには、理解できない感情だった。
「アイリス、私には理解できない」
「でしょうね。それはわかってるって言ったわよ。ザーク、良いのよそれで。私は私の感情に従って生きているだけだから。あら、私って生きているのかしら?」
先程から、アイリスの一人問答は矛盾が多い。
会話は成り立っていない。
話しをしたい気持ちはあるが、まずここを出て、自分が落ち着かないと無理だと悟っている。今は、アイリスと冷静に話し合いなどできない、その自覚がザークにはある。
ここを出るには、リグの方へ行かないと……。
リグの方へと目を向けかけて、ザークは固まった。
「アジスタ……」
いつの間に、この部屋に現れたのだろうか。否、最初からいたのかもしれないが。
彼は妙に気配を消すのがうまく、そして誰よりも強い力を誇っていた。
満月によって引き出されるザークの闇の力と、元からある光の力を合わせたとしても、アジスタにはザークは勝てないと知っていた。
「血生臭いな」
一言呟いたアジスタに、四人分の視線が集まる。
傍若無人のシアンも、我が儘を押し通すリグも、今まで女王然としていたアイリスさえ固まって。
「けんかなら、外でやれ。ここは壊れやすい物が多い。あぁ、私は家に戻るから、ここは好きにすれば良い」
誰に言ったのかアジスタはそう言うと、固まっている彼らを置き去りにして、その場から姿を消した。
「外で、ですって」
最初に正気付いたのはアイリス。
一瞬にして、全員が陥った緊張感などなかったものにして。
「ちょっと待て。俺はザークを連れて帰るぞ」
次はリグ。
混乱しているザークを、これ以上アイリスと共にいさせる訳にはいかないと、思ったのだろう。
「それは無理。リグは俺と話し合い。これは決定事項だから、逃げられないよ?」
めずらしく沈黙を保っていたシアンが言い、リグとシアンの姿が消えた。
「空間移動……。全く私たちの方もしてからにしてほしかったわね。面倒なのよ」
消えた事にはまったく驚かず、アイリスは文句を言う。言う相手は既にいないが。
「アイリス、私は……」
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