FULLMOON

藤野 朔夜

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第七章

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「ねぇ、ザーク。私は闇に染まり切ったの。でも、あなたは違うのね。だからかしら、余計に愛おしさと憎しみつのったわ」
  腕をつかむアイリスの手。
  先程素手で人間の首を切り落とせたほどの力だ。強くつかまれ、ザークの腕にはアイリスの爪が突き刺さる。
  ザークは逃げる術を失い、そこに立っているしかできなかった。
  流れ落ちる血は赤く、人間であることとかわらない。
  でも、確実に二人とも人間ではない。時間は、経ちすぎるほどに経った。
「まだあなたがね、私を選んでいれば、こんなことにはならなかったのよ。きっとね。無理なことでしょうけど」
  アイリスは、ザークの腕を固定したまま話す。
「アイリス、私もあなたを愛していますよ」
  静かに口を開くザーク。腕の痛みなどないかのように。
「リグの次に、でしょう?それじゃあ意味がないのよ。あなたを殺せるのはリグだもの。私を殺せるのはあなただけれどね、ザーク」
  フフフと笑む、アイリスの狂気にあてられ、ザークはよろめく。
  何が彼女を変えた?
  吸血鬼となったことが、すでに狂っている証拠だったのか?
「近くにいるべきたったと思った?でも、それも無理だったのよね。あの時あなたは自分自身の事で一杯だった。私も私で、一杯だったのよ。あなたが傍にいたって、この狂気は変わらなかったわ……えぇ、でも。少しは違った方向へといっていたでしょうね。でも、過去を悔やんでも意味のないことなのよ」
  淡々と、怖いくらい冷静にアイリスは言う。
「あなたがリグに出会わなければ良かったの。すべてはそこから。そう、そこから始まったのよ。だって、あなたがリグに出会わなければ、あなたは独りで、あんな母親に愛を求めて、私を頼って生きていたでしょう?リグがそれを壊したのよ。だから私の愛は捩れた。苦しめる方へと……。あなたを苦しめたいの。どうしたら苦しんでくれるかを考えたのよ?アイツがヒントをくれた。名案だったわ。ねぇ、そうでしょう?だってあなたは私を殺さなくてはならなくなってしまったのだもの」
  畳み掛けてくるアイリスに、ザークは耳をふさぎたかった。
「どうして私が、あなたを……」
  殺せるはずなんてない。たった一人の肉親を。もうすでに人ではないとしても。己は、人間の持つ情を、手放すことなんてできず、今まで苦しんできたのだというのに。
「あら、だって私はたくさんの人間を殺したのに?お腹がすくのよ。狂気にのまれたの。どうしようもなくなって……でも、私たちは自分では死ねないでしょう?皮肉よね。まぁ、私は始めから狂気にのまれる予定でこうなったんだけれど。アジスタは良い隠れ蓑だったかな。こんな風に言うと怒られるかしら。でも、私を殺すのはアジスタでは駄目なの。あなたでないとね、ザーク」
  嗤うアイリスに、ザークは言葉を紡げない。
  アイリスにつかまれている腕からの出血で、流れ出る血がひどくうっとうしい。血溜りは、そんなに大きくはないが、さすがに血を流しすぎているとザークはぼんやり思う。
「あぁ、残念。シアンったら、もう少し引き留めておいてくれたら良いのに」
  どこに行ったかわからない二人を、アイリスはわかっていたようで。唐突にザークの腕を離した。
「私はあの家にいるわ。アジスタが好きにして良いって言ったしね。いつでもいらっしゃい。歓迎するから。その代わり、私を殺す覚悟ができた時に、ね」
  最後まで笑みを消さずにアイリスは言うと、またも空間移動を使ってその場から消え去って行った。
  取り残されたザークは、次の行動ができないでいた。
  出血をし続ける腕の血を止めるという、動作でさえできず立ち尽くしていた。


「失礼、大丈夫ですか?」
  ふいに聞こえたのは穏やかなテノール。
  リグの声ではない。けれど、不思議とザークを安心させた。
「あ……」
  言葉を忘れたかのように、母音だけを発し立ち尽くすザークに、声をかけた青年は静かに言葉を紡いだ。
「腕の出血がひどいようですが、手当てをさせていただいてもよろしいですか?」
  柔らかに紡がれる流暢な英語。
  けれど彼は、先程アイリスが霧散にも切って捨てた少年のように、黒髪に綺麗な黒瞳。
  思い出したくない姉の残虐性。
  しかし、彼はザークの返答を待たず、ザークの腕を持ち上げ、やわらかな力を注ぎ込んだ。
  傷ついた心にまで染み込むような、やさしい力。
「あまり、私のようなモノに、関わらない方が良い」
  あまりにも唐突過ぎた先程の出来事と、今のこの時間。ザークから、敬語はうしなわれていた。
「気にするものではありません。あなたは闇に属せない光だ。けれど、あなたを守っているものが強いから、闇の世界でも光の世界でも生きていける。僕的には光の中で生きていてほしいですけどね」
  何も知らない青年だ。強い光の力をもった……。
「あなたに、あなたに何がわかる?!」
  ザークの心が暴走しかけた。
  止めなければ、と思いつつも目の前の青年への八つ当たりが終わらない。
「光の世界で生きれて、力を使うこともいとわれずに育ったのでしょう?何も知らないのに……光の世界で生きろなどと、勝手なことを……」
  感情を押し殺すことに慣れてしまっていたザークには、続く言葉を言えなかった。オーバーヒートを起こした思考回路は、ショート気味になり、ただ感情だけが先走る。言葉は、何も出なかった。
「すみません。そのとおりですね。私は何もわからない。でしゃばるべきではありませんでした」
  青年は怒った風もなく、静かに穏やかに落ち着かせるかのように微笑む。
  ザークは、注がれる力とその微笑みに、少しづつ冷静さを取り戻してき始めた。
「すみません。色々と有りすぎまして。心がついて行かなかったのです。本当に……八つ当たりなど……」
  落ち着いてみれば、青年はまったく関係ないのだ。ただ、思ったことを口にしただけだろう。そして、治療もしてくれているのに。
「いいえ、こちらこそ事情も知らないのに、でしゃばったことを言いました。不快にさせてしまったことは事実ですから」
  やんわりと青年は言い、ザークの傷口に真新しいであろう白いハンカチを巻きつける。
「私の力は治癒力を高めるだけですから。あなたは元々高いようでしたから、これで血はもう出ないでしょう。傷口だけはどうしようもないので」
  静かに話す青年の言葉は、ザークのささくれ立った心まで癒すようで。
「ハンカチは……」
「お気になさらず。職業がらいつも持ち歩いている安物ですから」
  器用に巻いて行く彼に、ザークは唖然とするしかない。
  本当に、今日は色々有りすぎる……。
「職業……?」
「医者です。学生に見られてしまうことも多いですが。きちんと医師免許持っていますよ」
  疑問を浮かべたザークの瞳に、柔らかく笑った青年の顔が映る。やっとまともに青年の顔が見れた気がした。
「ありがとうございます」
  この場合は、素直に礼を言うべきだとザークは感じた。はねのける類のおせっかいではない。
「いえいえ、これも職業病なんでしょうね。傷ついている人を見るとつい手が伸びます。だから、白い清潔なハンカチは常備なんですよ」
  軽口で笑う青年の声が心地良い。
  さっきまでのことが、夢であってくれたらそれこそ良かったのに。
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