幸せ

藤野 朔夜

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「えぇーと、サバの味噌煮定食と、生姜焼き定食よろしく」
「はい。かしこまりましたぁ」
 愛想を振り撒いた店員は、厨房へとオーダーを知らせに奥に入って行った。
 ここは古風に、オーダーは手書きだ。ファミレスなんかによくある機械を使ったオーダーの取り方をしない。
 機械を使おうが、手書きだろうが、オーダーさえ間違ってなければそれで良いので、俺は特に気にしない。
 ただ、オーダーするのに、店員を席から時に大声で呼ばなければいけないのが難なのだが。店員を呼ぶ機械くらい置いてくれても良いだろうに。
「で、ですね。部長、今回もまた面倒なこと頼まれまして……」
 昼食が届いてから、新人一号は話し始めた。
 新人一号の報告を聞きながら、サバの味噌煮定食を食べる。
 オフィスに置く家具から、家の家具まで扱っている。輸入品も多く取り扱っているから、語学力は必須だ。
 大手スーパーなんかにも、店を構えている。
「……この手の革張りソファなんて、そうとう高いですよねぇ。それを安くって手に入りますかねぇ」
 生姜焼き定食をキレイに食べながら、新人一号は、報告なのか愚痴なのか分からないことを言い出した。
 そういえば、五紀の食べ方はとても奇麗なのだ。ガッツリ食べる割には。
 まぁ若いから、ガッツリと食べたいだろうが。食べ方が汚かったら、俺はきっと一緒に食事などしてはいないだろう。
「その手のものはなぁ。安くて高級感あふれるものなんて無いだろうなぁ。というか、安物は安物でしかないんだがな」
 ふむふむ。と相槌を打ちながら適当に返す。
 昼食時はプライベートだと俺は思っている。だからこその適当さだ。が、これは五紀は全く気にしていなかったな。
「そうですよねぇ。あのオヤジは高級感のなんたるかをわかってないんですよっ!」
 ドン、とテーブルが音を立てた。
 なんのことはない、新人一号は自社の商品として扱っている家具たちをとても気に入っているのだ。買い付けをしているのは別の部署だが、その商品を気に入らないと、取引先の会社や店に売込みには行けない。
「まぁ、世の中には見た目だけを気にする連中が多いからなあ」
 む、このサバには骨がちょっと多い。食べるのに苦労するではないか。この歳になるとちょっとの小骨でも気になる。
 じゃない。高級感の話だ。
 意識が逸れている俺だが、ちゃんと五紀の話は聞いている。うん、この頃からもうこんな関係だったな。
「そうなんですよねぇ。何でも良いから革張り、でもコストは安く。って、そんな良いものそうそう無いですよねぇ。革使うなら値が上がるの当然でしょうに。しかも、高級感有る物なんて。革なんだから、余計に大変なんですって。安物の革なんて一目で分かっちゃう人には分かっちゃいますもんねぇ」
「そうそう。それが分かって来るのは良いことだ。相手さんにも分かってもらえれば良いんだけどなぁ」
 相槌を打ちながら相変わらずサバと格闘。ちょっと間違った選択をしたかもしれない。
 が、魚が身体に良いのは確かなことだ。
 って、違う。革の話。
「だいたい何でもかんでも革にすれば良いとか思ってるオヤジ多いですからねぇ」
 おやじ、おやじと。俺もおやじだから気になるじゃないか。
 まぁ、五紀の言うおやじは、五十とか過ぎてるおやじなんだが。
「部長は、分かってる人だから好きだなぁ。話してて楽っすよ。それにしても部長いつもスーツきっちりしてますね」
 ん?革の話からズレて行ったぞ。
 というか、俺の心を読んだかのようなフォローの仕方だ。
 今考えれば、これは五紀からのアプローチだったんだなぁ。気付きもしてない俺は、鈍いのか?
「ん?まぁ。一人だからな。余計にしっかりしとかないと、っていう感じだな」
 好きで一人で居るわけでもない。が、スーツやらネクタイやらを、しっかりしておかなければ、独り身だからと余計なことを周りに考えさせてしまいそうなのだ。
 それは少々というか、かなり気に食わない。
 三十になって、今の会社に立ち上げから参加した時点で、忙しくなり過ぎて、彼女は他に男を作って結婚した。
 あの頃に結婚しておけば、こんなことにもなってない。
 が、五紀との付き合いが本当に会社内だけになっていただろうと考えると、俺は選択を別に間違ってはいなかったのではないか、とも思う。
 友人である社長はすでに結婚した後に、会社を立ち上げたのだから、気にしていないのだろう。俺だけ置いて行かれた感は、有りはしたが。
 その後、ちょくちょくと出会いは有るものの、やはり忙しくて続かない。
 思うに、これはもう運命だ。そうだ、そういうことにしておこう。
 おかげで、一人で何でもこなせるようになったし。そういう宿命なんだ、きっと。
 なんて、あの頃は自分を納得させてたか。
 ならば、五紀とこうなったのも、運命か?
「部長は結婚されないんですかぁ?」
 無邪気に聞いてくる新人一号がちょっとだけ憎く思えても、神のせいだ。
 なにせ独り身なのは、運命だと思っていたからな。俺は。
「ははは。相手がなかなか。こう忙しいと頻繁に会えないからな」
 悲しい空笑いだ。
 笑って流せるうちはまだ良い。そう思っておこう。
 新人一号なんかは、彼女が居たらマメそうだ。いや、居るだろう、きっと。俺みたいに、忙しいからを理由にして、メールさえ返さないなんてこともないのだろう。
 想像だけでうらやましい。いや、決して、うらめしい、ではない。
「部長でさえそうなんですねぇ。俺なんかが、残業続きで大変だばっかり、とかって振られても仕方ないっすよねぇ……」
 ん?何だと?
「おまえ、振られたのか?」
 この頃は、クリスマス前だったか。だから余計に驚いた記憶が有る。
 クリスマスデートだどうだとか、言われる気がしていたのだ。
 良い場所とか、俺は知らないから、そんな話題は振るなよ。とか考えていた。
「部長、傷口浅いんですからぁ」
 器用に泣き真似をしてみせる新人一号に、
「酒でも飲むか」
 と言ってしまってから気付いた。
 コイツは酒が飲みたいがためにこんな話を振ってきたのだ、と。
「やりぃ。今日は残業無いんですよっ。もちろん部長のおごりですよね?慰め酒ですよね?」
 まんまと作戦に引っかかってしまったものだ。まぁ良いだろう。ここのところ酒も飲んで無い。
「まぁ、良いさ。たまにだぞ」
 この新人一号にはたくさんの貸しが出来た、と思っておこう。
「やったね!部長とお酒ー」
 そういえば、社の飲み会以外で社員と酒を飲みに行ったことは無かったような。
 まぁ、こんな俺だから、心配はいらないだろうが、
「周りにはあまり言うなよ」
 とクギをさしておくことにする。これを機に、たかりが増えたらたまったもんじゃない。
「それに、給料日前ってことを忘れるなよ」
 それが第一の問題か。
 貯金だけは、決まった額を毎月している。その為に、一カ月の自身の使える金額は、キッチリ決めていたのだ。
 独り身故の、今後の心配の為だったな。
 今でもそれは変わらないか。
「分かってますって」
 新人一号は、何故かかなり上機嫌に生姜焼き定食をつつく。
 俺と飲んでもさほど面白くもないと思うのだが。
 最近の若い連中の考えは読めない。
 だからか、このごろ取引先の古だぬき連中とそりが合うような気になっているのは……。
 なんか、ムナシイ気分になって来た。
 ここのところ、休日返上だったからな。明日は久々の休みだ。少しくらい飲みすぎてもいいくらいだろう。
 決めた。今日はとことん飲んでやろう。
 五紀の策略は、俺と二人で飲むことだったんだなぁ。
 今思い出せば、唐突な話題変換だし。上機嫌だったし。
 気付きもしない俺が馬鹿なのかなんなのか。
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