1 / 84
《1》地味アラサー女は穏やかに過ごしたい(1)※
しおりを挟む「やまと、やまとぉ……!」
「瑛美……っ」
揺れる視界の中、覆いかぶさる整った顔立ちの男性の名を呼ぶ。
くっきりとした二重瞼、男らしい凛々しい眉は、快楽に溺れて大きく歪んでいる。肌の上には玉になった汗がつたい、その妖艶で美しい体躯に見惚れてしまった。
瑛美の感じるところを的確に刺激してくる淫靡な腰使いに蕩けさせられた体は、ひっきりなしに痙攣して男根を強く締めつけている。
限界が近いのか、ぎゅうっと強く抱きしめられて最奥を突き破る勢いで腰を押しつけられた。
「瑛美の匂い、興奮、する……っ!」
「ひぃあ――――っ」
ズンと容赦ない重たい一突きで、真っ白な世界へと飛ばされる。苦しさに似た甘美な陶酔に呑みこまれて、壊れた人形の様に体がビクンビクンと跳んだ。
はぁはぁと荒い呼吸の合間に何度も唇が重なる。
「瑛美、瑛美……」
自分の名を愛おしそうに呼ぶ声は、聞きなれた鬼上司の声でもなく、気品あふれる着付け師範の声でもなくて――。
痺れるような胸のときめきを感じながら、瑛美はそっと目を閉じた。
***
十八時の定時退社まで、あと一時間。
深谷瑛美は今取りかかっている仕事が無事に定刻時間内に終えられそうで、頬を緩めながらパソコンに向かっていた。
いつも金曜日は肩が凝り固まって重く感じるのに、今日は羽のように軽く感じるから不思議だ。
「深谷さんなんか機嫌がいいね。これから予定でもあるの?」
そう声をかけてきてくれたのは隣の席の住吉誠さん。明るい茶髪にパーマをあてた少しチャラついた見た目ではあるものの、面倒見の良い頼れる先輩だ。
「そうなんです。私、今日から着物着付け教室に通うことにしまして」
「へぇ、それは良いね。深谷さん、着物似合いそうだし」
「のっぺりした顔立ちなので。グラマラスなドレスよりは似合うと思うのですが」
「ふふっ。のっぺりって言い方はないんじゃない?」
「いいえ、事実その通りですから」
談笑しながらもお互いパソコンに向かってキーバードを鳴らしている。
この大手ファッションECサイトの企画部は、絶対に定時までに仕事にキリをつけなければならないという独自のルールがある。金曜日十七時の今、企画部には殺伐とした空気が流れていた。
「今日はあと一時間だ。時間は絶対に厳守だからな。時間内に終わらなさそうな人はすぐに自己申告するように!」
窓際にあるデスクから圧のある言葉がかかる。その怒号に企画部内にいる社員の背筋がピンと伸びた。
「清澄部長、申し訳ありません。資料作成に時間がかかってしまって……データ入力を時間内に終えられそうにありません。次の始業に持ち越してもよろしいでしょうか?」
今にも震えだしそうなか細い声は今年入社したばかりの女性社員だ。
「わかった。資料作成は経験を積み重ねれば要領を掴んでくる。どうしても難しければすぐに相談するように」
「は、はいっ」
「じゃあデータ入力は……深谷に任せる。笑っているくらい余裕があるのなら、二十枚くらい、深呼吸している間に出来るだろう?」
そう声が聞こえたかと思うと、瑛美のデスクにクリップで留められた書類の束がばさりと落ちた。
おそるおそる頭上を見上げると鬼の形相が如く、黒瞳を妖しく光らせて眉間にしわを寄せた上司、清澄大和がいた。
「……はい。やります」
射殺しそうな目で睨まれて、断れる人は一体何人いるのだろう……。少なくとも小心者で争いごとを好まない平和主義者の瑛美は、否と言えず受け入れるしかない。
しかし流石に深呼吸する間になんて終わらない。今手を動かしている仕事はなんとか間に合いそうだが、二十ページ分のデータ入力が追加となると……相当気合を入れて取り組まなければ定時に間に合わない。
(住吉さんとの雑談で手抜きしてると思われたのかな……。うぅ、今日は余裕をもって退社したかったのに。本当、締切の鬼だ……っ)
この企画部の長である清澄大和部長は裏で『締切の鬼』と呼ばれている。
十八時を超えて仕事をすることは絶対に許されないし、期限内に仕事を終わらせないと雷が落ちる。
余裕がありそうな人にはどんどん仕事を振り、始業から終業までカツカツに仕事を詰め込まされる。ゆっくりコーヒーを飲みながら仕事を……なんてこの企画部では許されない。水分補給は冷めたコーヒーを一気飲みするのがこの部の常である。
瑛美は一度肺に残った空気を押し出すと、集中してパソコンに向き合った。
深谷瑛美は大手ファッションECサイトを運営する会社に新卒で入社して企画部に所属している。同じ二十九歳の同期は次々に転職や寿退社、もしくは育児中で休職している者ばかり。十数人いた同期は現在瑛美を含めて二人しか残っていない。
瑛美を一言で表すとするならば、『面白みのない凡庸な地味アラサー女』だ。
誇れるような学歴もなく、これといった特技もないし、見た目も決して美人の部類ではない。お酒も弱く人付き合いも苦手で、かといって夢中になる趣味もない。
仕事を生きがいにしている友人や、趣味にのめり込んでいる友人を、瑛美はいつも羨望のまなざしで見つめていた。
そんな三十歳を目前にして、瑛美は親友の結婚式での白無垢姿にいたく感動した。何枚も衣をまとい、奥ゆかしさの中に凛とした強さがあって。まさに瑛美の理想とする女性の姿がそこにあった。
瑛美は日本人の両親から生まれた純日本人である。背も152センチと低く、顔のパーツはどれも小ぶりで主張控えめだ。
そんなTHE日本人である自分でも、着物を着れば少しは自信が持てるかもしれない……。そんなことを考えて結婚式の帰りに着物着付け教室の入会を申し込んだのだ。
(仕事終わりに習い事に行くなんて。こんなワクワクすること久しぶりかも!)
何とか無事に定時ギリギリに仕事を終わらせることに成功した瑛美は、足取り軽く教室に向かった。
会社のオフィスのすぐ近く。一等地にある三十階建ての高層ビルの二十階。
案内された教室で、瑛美はまさか正座をしたままカチコチに固まることになるなんて想像していなかった。
30
あなたにおすすめの小説
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
15歳差の御曹司に甘やかされています〜助けたはずがなぜか溺愛対象に〜 【完結】
日下奈緒
恋愛
雨の日の交差点。
車に轢かれそうになったスーツ姿の男性を、とっさに庇った大学生のひより。
そのまま病院へ運ばれ、しばらくの入院生活に。
目を覚ました彼女のもとに毎日現れたのは、助けたあの男性――そして、大手企業の御曹司・一ノ瀬玲央だった。
「俺にできることがあるなら、なんでもする」
花や差し入れを持って通い詰める彼に、戸惑いながらも心が惹かれていくひより。
けれど、退院の日に告げられたのは、彼のひとことだった。
「君、大学生だったんだ。……困ったな」
15歳という年の差、立場の違い、過去の恋。
簡単に踏み出せない距離があるのに、気づけばお互いを想う気持ちは止められなくなっていた――
「それでも俺は、君が欲しい」
助けたはずの御曹司から、溺れるほどに甘やかされる毎日が始まる。
これは、15歳差から始まる、不器用でまっすぐな恋の物語。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる