【R18】御曹司とスパルタ稽古ののち、蜜夜でとろける

鶴れり

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《1》地味アラサー女は穏やかに過ごしたい(1)※

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「やまと、やまとぉ……!」
瑛美えみ……っ」

 揺れる視界の中、覆いかぶさる整った顔立ちの男性の名を呼ぶ。
 くっきりとした二重瞼、男らしい凛々しい眉は、快楽に溺れて大きく歪んでいる。肌の上には玉になった汗がつたい、その妖艶で美しい体躯に見惚れてしまった。

 瑛美の感じるところを的確に刺激してくる淫靡な腰使いに蕩けさせられた体は、ひっきりなしに痙攣して男根を強く締めつけている。

 限界が近いのか、ぎゅうっと強く抱きしめられて最奥を突き破る勢いで腰を押しつけられた。

「瑛美の匂い、興奮、する……っ!」
「ひぃあ――――っ」

 ズンと容赦ない重たい一突きで、真っ白な世界へと飛ばされる。苦しさに似た甘美な陶酔に呑みこまれて、壊れた人形の様に体がビクンビクンと跳んだ。

 はぁはぁと荒い呼吸の合間に何度も唇が重なる。

「瑛美、瑛美……」

 自分の名を愛おしそうに呼ぶ声は、聞きなれた鬼上司の声でもなく、気品あふれる着付け師範の声でもなくて――。

 痺れるような胸のときめきを感じながら、瑛美はそっと目を閉じた。



 ***



 十八時の定時退社まで、あと一時間。
 深谷瑛美ふかたにえみは今取りかかっている仕事が無事に定刻時間内に終えられそうで、頬を緩めながらパソコンに向かっていた。
 いつも金曜日は肩が凝り固まって重く感じるのに、今日は羽のように軽く感じるから不思議だ。

「深谷さんなんか機嫌がいいね。これから予定でもあるの?」

 そう声をかけてきてくれたのは隣の席の住吉誠すみよしまことさん。明るい茶髪にパーマをあてた少しチャラついた見た目ではあるものの、面倒見の良い頼れる先輩だ。

「そうなんです。私、今日から着物着付け教室に通うことにしまして」
「へぇ、それは良いね。深谷さん、着物似合いそうだし」
「のっぺりした顔立ちなので。グラマラスなドレスよりは似合うと思うのですが」
「ふふっ。のっぺりって言い方はないんじゃない?」
「いいえ、事実その通りですから」

 談笑しながらもお互いパソコンに向かってキーバードを鳴らしている。
 この大手ファッションECサイトの企画部は、絶対に定時までに仕事にキリをつけなければならないという独自のルールがある。金曜日十七時の今、企画部には殺伐とした空気が流れていた。

「今日はあと一時間だ。時間は絶対に厳守だからな。時間内に終わらなさそうな人はすぐに自己申告するように!」

 窓際にあるデスクから圧のある言葉がかかる。その怒号に企画部内にいる社員の背筋がピンと伸びた。

「清澄部長、申し訳ありません。資料作成に時間がかかってしまって……データ入力を時間内に終えられそうにありません。次の始業に持ち越してもよろしいでしょうか?」

 今にも震えだしそうなか細い声は今年入社したばかりの女性社員だ。

「わかった。資料作成は経験を積み重ねれば要領を掴んでくる。どうしても難しければすぐに相談するように」
「は、はいっ」
「じゃあデータ入力は……深谷に任せる。笑っているくらい余裕があるのなら、二十枚くらい、深呼吸している間に出来るだろう?」

 そう声が聞こえたかと思うと、瑛美のデスクにクリップで留められた書類の束がばさりと落ちた。
 おそるおそる頭上を見上げると鬼の形相が如く、黒瞳を妖しく光らせて眉間にしわを寄せた上司、清澄大和きよすみやまとがいた。

「……はい。やります」

 射殺しそうな目で睨まれて、断れる人は一体何人いるのだろう……。少なくとも小心者で争いごとを好まない平和主義者の瑛美は、否と言えず受け入れるしかない。

 しかし流石に深呼吸する間になんて終わらない。今手を動かしている仕事はなんとか間に合いそうだが、二十ページ分のデータ入力が追加となると……相当気合を入れて取り組まなければ定時に間に合わない。

(住吉さんとの雑談で手抜きしてると思われたのかな……。うぅ、今日は余裕をもって退社したかったのに。本当、締切の鬼だ……っ)


 この企画部の長である清澄大和部長は裏で『締切の鬼』と呼ばれている。
 十八時を超えて仕事をすることは絶対に許されないし、期限内に仕事を終わらせないと雷が落ちる。
 余裕がありそうな人にはどんどん仕事を振り、始業から終業までカツカツに仕事を詰め込まされる。ゆっくりコーヒーを飲みながら仕事を……なんてこの企画部では許されない。水分補給は冷めたコーヒーを一気飲みするのがこの部の常である。

 瑛美は一度肺に残った空気を押し出すと、集中してパソコンに向き合った。



 深谷瑛美は大手ファッションECサイトを運営する会社に新卒で入社して企画部に所属している。同じ二十九歳の同期は次々に転職や寿退社、もしくは育児中で休職している者ばかり。十数人いた同期は現在瑛美を含めて二人しか残っていない。

 瑛美を一言で表すとするならば、『面白みのない凡庸な地味アラサー女』だ。
 誇れるような学歴もなく、これといった特技もないし、見た目も決して美人の部類ではない。お酒も弱く人付き合いも苦手で、かといって夢中になる趣味もない。
 仕事を生きがいにしている友人や、趣味にのめり込んでいる友人を、瑛美はいつも羨望のまなざしで見つめていた。

 そんな三十歳を目前にして、瑛美は親友の結婚式での白無垢姿にいたく感動した。何枚も衣をまとい、奥ゆかしさの中に凛とした強さがあって。まさに瑛美の理想とする女性の姿がそこにあった。

 瑛美は日本人の両親から生まれた純日本人である。背も152センチと低く、顔のパーツはどれも小ぶりで主張控えめだ。
そんなTHE日本人である自分でも、着物を着れば少しは自信が持てるかもしれない……。そんなことを考えて結婚式の帰りに着物着付け教室の入会を申し込んだのだ。

(仕事終わりに習い事に行くなんて。こんなワクワクすること久しぶりかも!)

 何とか無事に定時ギリギリに仕事を終わらせることに成功した瑛美は、足取り軽く教室に向かった。

 会社のオフィスのすぐ近く。一等地にある三十階建ての高層ビルの二十階。
案内された教室で、瑛美はまさか正座をしたままカチコチに固まることになるなんて想像していなかった。



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