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《59》得た勲章とは(1)

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 ……

 ………

 桜が満開だ。薄紅色の花びらが舞い、街を艶やかに染める。
 深谷瑛美は漆黒の真っ直ぐな髪を揺らして、会社へと続く道を歩いている。

 大和に置き手紙だけを残し、一方的に別れを告げてから一年が経った。
 瑛美は三十歳になり、二か月後の誕生日には三十一歳になる。

 杏色の春色ニットを着てトレンチコートを羽織った瑛美は、ずっと勤務しているファッションECサイトを運営する会社の企画部署へと向かった。

「住吉部長、おはようございます」

 顔なじみの社員に挨拶をしながら、組紐の取っ手が可愛らしいボストンバッグとカフェラテを自席に置く。

「まこ……住吉部長、おはようございますっ!」
「おはよう。今日も元気だねー」

 耳を真っ赤にしている白木を、横目で微笑ましく見ながら席に着く。
 本人たちからは何も聞いていないが、おそらく住吉と白木は恋仲なのだろう。あるとき白木の態度から甘やかな空気を感じたことがあり、きっと二人は付き合っているのだろうなと思っている。社内恋愛の恥ずかしさは瑛美も理解できるので、何も言わずにそっと見守っている。

 企画部では新体制後も未だに絶対定時厳守が続いている。これは企画部社員みんなの総意で決まったことだ。清澄元部長の痕跡が唯一色濃く残っている部分でもある。

「深谷さん。仕事内容の細かな分配は任せて良いかな」
「はい。畏まりました」

 住吉に続いて二番目に社歴の長い瑛美は、すっかりお局の立ち位置で、みんなに細かく仕事を振ることが多くなった。責任感のある重大な仕事を請け負うこともあり、三十代に突入したことをひしひしと実感する毎日だ。

 ブルブルと、ポケットの中に入れているスマートフォンが震えた。おそらく、終業後の連絡事項だろう。

 休憩時間に確認しようと意識を追いやる。
 時計とパソコンを交互に睨みながらも、今日もただ愚直にキーボードを鳴らした。


 昼休憩の時間。瑛美は大きな紙袋を持って、広報部へ向かった。

「ひかり! 今時間空いてる?」
「うん。ちょうどきりがついたところだよ」

 そう言ってヒマワリのような笑顔を咲かせるひかりのお腹は大きく膨らんでいる。左手の薬指には組紐が嵌め込まれた金属の指輪が光っていた。

「来週には産休にはいっちゃうでしょう? これ、大したものではないんだけどひかりに。出産頑張ってね!」
「ええー! 嬉しい、わざわざありがとう!」

 ブリザードフワラーの写真立てと、赤ちゃんにも使える保湿クリームのセットを手渡す。

「お腹の子の性別はわかったの?」
「うん。男の子みたい」
「わぁ、楽しみだね。文太郎さんに似るのかなぁ。ひかりに似るのかなぁ」
「私は文ちゃんに似てほしいなー。でも文ちゃんみたいに女の子の扱いを疎かにしないように、息子にはちゃんと教育しなきゃ……」
「もう、気が早いよ」

 あははと笑い合う。一時はいろいろあったみたいだけれど、こうしてひかりが幸せそうに笑っている姿を見られて、とても嬉しく思う。

「しばらく会社には来れないけど、なにかあったら連絡してね。瑛美のためならいつでも駆けつけるから」
「ありがとう。赤ちゃん生まれて落ち着いたら、会いに行ってもいい?」
「もちろんっ! 文ちゃんも喜ぶよ」

 無事に餞別の品を渡すことができた瑛美は、企画部の自席に戻った。
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