【R18】御曹司とスパルタ稽古ののち、蜜夜でとろける

鶴れり

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《60》得た勲章とは(2)

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 きっかり十八時に終業し、支度部屋に移動して着物を身にまとう。
 毎日着物を着るようになり、いつからか鏡なし、かつ五分程度で自装ができるようになった。

 大和からもらった教本から学んだ知識で、無事に着物検定にも合格し、折角だからと思い立って和色検定資格も取得した。
 先日国家資格である着付け技術試験を受験して、今は結果待ちだ。

 一年前と比べて、深谷瑛美として他人に語れるものは少しだけ増えた。
 瑛美がずっと手に入れたかった、自信をつけるための勲章。それがあればあるほど、増やせば増やすほど、自信を持つことができる――そう思っていた。

 しかしその勲章をいくつ増やしても、瑛美の心身が満たされることはなく、むしろ焦燥感が増すばかりだった。その度に焦って勉強し、資格取得に向けて邁進する。そんな堂々巡りな日々を送っていた。

 着付けの仕上げに福本工房の艶やかな帯締めを締めて、軽く手直しをする。
 黒く染めた長い髪はさっと編み込んで横に流した。



 ――大和に別れを告げる二日前。
 学院長に面会を申し込んだ瑛美は、頭を下げて請うた。

「私を着付け師として、女として鍛えてもらえませんか」

 瑛美が大和の恋人であり、結婚予定であることを大和から伝えられていた学院長は心底驚いていた。

 どうしても自分に自信が持てないこと。
 自他ともに認められる、身を立てる武器を持ちたいこと。
 自分自身を好きになりたいこと。

 そんな自分を着付けを通してゼロからやり直したいと、瑛美は涙ながらに訴えた。

「大和が瑛美さんのことを、本当に愛していると。結婚を認めてほしいとわたくしに言ってきたわ。そんな想い合っている大和と本当に離れられるのかしら?」
「はい。大和さんにはきちんとお別れを伝えます」
「そんな……瑛美さんが一生懸命頑張っている間に、海外で大和に恋人ができる可能性もあるのよ。瑛美さんはそれで良いの? 他に手段があるのではなくて?」
「もう決めたことです。大和さんが他に慕う女性に出会ったら、そのときはもちろん笑顔で祝福します」

 恋人関係を終わらせ、大和から離れて一人孤独に着付けと向き合う覚悟を伝えると、学院長は複雑そうな顔をしながらも瑛美を受け入れてくれた。

 定時後は毎日きもの学院に通い、夜遅くまでひたすら稽古を重ねる。着物を着せては脱がし、帯を結んでは解く。そんな途方もない鍛錬を毎日ひたすら続けた。

 学院に所属する師範の出張着付けに同行したり、撮影用の着付けの現場にも積極的に同行して、着付け師として必要な技術を学んでいった。
 休みはなく、空いた時間は寝る間も惜しんで勉強に励む日々。
 元々人付き合いも少なく、心血を注ぐ趣味も娯楽もなかったので、着付けに的を絞ってからはただただ猪突猛進に突き進んだ。

「大和……」

 ふと一人きりになったときに思い出すのは、整った凛々しい顔だった。

 今は何をしているだろうか。言語も文化も違う国で寂しい思いをしていないだろうか。海外で日本人が着物を着ていたら、さぞかし目立つのだろうな。相変わらず海外でも時間厳守だと言い散らかしているのだろうか。

「時間厳守って英語でなんて言うのかな……オンタイム? かな?」

 そんなことを考えては頬を叩く。
 自分で決めて、自分から手を放したのだ。物思いに耽る時間があるのなら、その時間手と頭を動かせと自分に言い聞かす。

 着付け練習用の着物や帯は、擦り切れてボロボロの状態だ。絹糸は飛び出て、色は擦り切れて穴が空いている箇所もある。しかしそんな傷すらも、瑛美の心を強くする一つの勲章となっていった。
 破れて使えなくなってしまった道具も、捨てずに桐箪笥にしまう。このゴミに近いものでも、瑛美にとっては褒章やメダルと同じような価値があったのだ。

 もちろんただ着物を着て着せつけるだけではない。
 マナーや所作など、日本人の教養としての知識も学ぶ。これに関しては自分一人で知識を得るには限界があり、大和の母である学院長から教えを賜った。

 女性として拙い瑛美を根気よく指導してくれた学院長には、本当に頭が上がらない。
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