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《63》得た勲章とは(5)
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「大和を、愛しています。私と結婚してください」
外を向いている大和の横顔を、真正面に見据えて伝える。
一年ぶりに再会した元彼女に会って早々、こんなことを言われても、大和の立場から考えると迷惑でしかない。それは瑛美も重々承知のうえだ。
せめて想いを伝え合って、距離を縮めてから言うべきなのだろう。しかし沸騰した感情は止まらなくて、そんな冷静な思考も余裕もない。
離れて改めて痛感したのだ。もう、大和以外では駄目だと。
大和は手に持っていたお猪口を机に置き、ゆっくりと瑛美を見据えた。
その真っ直ぐな眼差しには歓喜も忌避もない。ただ、凛として瑛美を射抜いた。
ぐっと浮かび上がってきた涙を、瞳いっぱいに溜め込む。
ここで泣いては駄目だ。一方的に別れを告げて逃げた瑛美には、泣く資格すらない。
しかし涙腺が勝手に雫を作り出してしまう。
スゥっと大きく息を吸い込み、腰を上げる大和がスローモーションのように見えた。
怒鳴られる。軽蔑される。そう身構えて――絹と男性の匂いが混じる、懐かしくて愛おしい香りに包まれた。
「ばかあほ瑛美…………ずっと会いたかった」
熱を感じて、大和に抱きしめられているのだとわかった。
張り詰めていた脆い糸はあっという間に切れて、滝のような涙を流す。
「ごめっ、ごめん゛なさい゛……っ、ほんどにっ……」
大和の広い肩にしがみついて、幼子のようにえぐえぐと泣き喚く。
「ほんどに、あだし、ばかで、あほでっ……よわ゛むじでっ」
「ほんっとにばかであほだよ。嫌になるほどっ……」
「ごめんなざい……でも、あいしてるの゛……」
顔をぐちゃぐちゃにしてしゃくりあげながら、何度も何度も謝罪と愛を告白する。
なりふりなんてかまっていられない。ただ大和が好きだという激情しかない。
「ベッドに一人で置いていかれたときの俺の気持ちわかるか? 瑛美との結婚生活を妄想して浮かれて、夫婦茶碗まで買い揃えて、振られた俺の気持ちを瑛美は理解できるか?」
「う゛ぅ……」
「異国でずっと一人で。どれだけ瑛美に会いたくて声が聞きたかったか、瑛美には絶対わからないだろ……っ!」
潰されるほど強く抱きしめられて、苦しくて息ができないのに、それが嬉しくてたまらない。
詰められて怒られて、その深い愛情が嬉しくて心臓が爆ぜそうになる。
一年という時間の間、自分と真正面から向き合って嫌いなところも弱いところも全部努力で塗りつぶして。ただ大和という光だけを見つめて追いかけてきた。
その宝物が今腕の中にあることが信じられなくて、奇跡みたいに尊い。
「やまと、あいしてます。だれよりも、やまとがすき……。やまとじゃないと、だめなのっ」
「それはこっちのセリフだよ。あんなに弄ばれて捨てられても、瑛美を忘れられない。俺も瑛美じゃないと駄目だ……」
「捨ててなんかっ!」
「いや。あれは手のひらで転がして俺が一番傷つくタイミングを見計らって捨てた。瑛美はとんでもない悪女だ。……なんて嫌いになれれば楽だったのにな」
大和は瑛美の前髪を払い、手のひらで両頬を包み込んだ。瑛美も同様に、大和の表情がよく見えるよう、目にかかった前髪をそっと横に流して頬に手を添える。
「わたしと、結婚してください」
「あぁ。今度こそは、絶対に逃がさない」
「絶対に、もう逃げません」
どちらからともなく、顔が近づいていく。
久しぶりの口づけは涙の味しかしなかった。
至近距離で見つめ合う。
視界の端では、ライトアップされた桜色の花吹雪が舞っている。
瑛美は目の前の愛おしい男性のことしか目に入っていなかった。他はどうでもいい。大和だけ傍にいてくれたらいい。
地味で冴えない無趣味で面白みのないアラサー女で、そんな自分のことが大嫌いだった。しかしそれはもう過去の話。
がむしゃらになって、それが生活の中心になって、もはやそのために生きているんじゃないかと思うくらいに熱中して。経験を積んで技術を腕に落とし込み、知識を脳に叩き込む。そうして新たな自分が形成されていく。
そんな自分が誇らしくて力がみなぎってくる。
全部、大和が教えてくれたことだ。
外を向いている大和の横顔を、真正面に見据えて伝える。
一年ぶりに再会した元彼女に会って早々、こんなことを言われても、大和の立場から考えると迷惑でしかない。それは瑛美も重々承知のうえだ。
せめて想いを伝え合って、距離を縮めてから言うべきなのだろう。しかし沸騰した感情は止まらなくて、そんな冷静な思考も余裕もない。
離れて改めて痛感したのだ。もう、大和以外では駄目だと。
大和は手に持っていたお猪口を机に置き、ゆっくりと瑛美を見据えた。
その真っ直ぐな眼差しには歓喜も忌避もない。ただ、凛として瑛美を射抜いた。
ぐっと浮かび上がってきた涙を、瞳いっぱいに溜め込む。
ここで泣いては駄目だ。一方的に別れを告げて逃げた瑛美には、泣く資格すらない。
しかし涙腺が勝手に雫を作り出してしまう。
スゥっと大きく息を吸い込み、腰を上げる大和がスローモーションのように見えた。
怒鳴られる。軽蔑される。そう身構えて――絹と男性の匂いが混じる、懐かしくて愛おしい香りに包まれた。
「ばかあほ瑛美…………ずっと会いたかった」
熱を感じて、大和に抱きしめられているのだとわかった。
張り詰めていた脆い糸はあっという間に切れて、滝のような涙を流す。
「ごめっ、ごめん゛なさい゛……っ、ほんどにっ……」
大和の広い肩にしがみついて、幼子のようにえぐえぐと泣き喚く。
「ほんどに、あだし、ばかで、あほでっ……よわ゛むじでっ」
「ほんっとにばかであほだよ。嫌になるほどっ……」
「ごめんなざい……でも、あいしてるの゛……」
顔をぐちゃぐちゃにしてしゃくりあげながら、何度も何度も謝罪と愛を告白する。
なりふりなんてかまっていられない。ただ大和が好きだという激情しかない。
「ベッドに一人で置いていかれたときの俺の気持ちわかるか? 瑛美との結婚生活を妄想して浮かれて、夫婦茶碗まで買い揃えて、振られた俺の気持ちを瑛美は理解できるか?」
「う゛ぅ……」
「異国でずっと一人で。どれだけ瑛美に会いたくて声が聞きたかったか、瑛美には絶対わからないだろ……っ!」
潰されるほど強く抱きしめられて、苦しくて息ができないのに、それが嬉しくてたまらない。
詰められて怒られて、その深い愛情が嬉しくて心臓が爆ぜそうになる。
一年という時間の間、自分と真正面から向き合って嫌いなところも弱いところも全部努力で塗りつぶして。ただ大和という光だけを見つめて追いかけてきた。
その宝物が今腕の中にあることが信じられなくて、奇跡みたいに尊い。
「やまと、あいしてます。だれよりも、やまとがすき……。やまとじゃないと、だめなのっ」
「それはこっちのセリフだよ。あんなに弄ばれて捨てられても、瑛美を忘れられない。俺も瑛美じゃないと駄目だ……」
「捨ててなんかっ!」
「いや。あれは手のひらで転がして俺が一番傷つくタイミングを見計らって捨てた。瑛美はとんでもない悪女だ。……なんて嫌いになれれば楽だったのにな」
大和は瑛美の前髪を払い、手のひらで両頬を包み込んだ。瑛美も同様に、大和の表情がよく見えるよう、目にかかった前髪をそっと横に流して頬に手を添える。
「わたしと、結婚してください」
「あぁ。今度こそは、絶対に逃がさない」
「絶対に、もう逃げません」
どちらからともなく、顔が近づいていく。
久しぶりの口づけは涙の味しかしなかった。
至近距離で見つめ合う。
視界の端では、ライトアップされた桜色の花吹雪が舞っている。
瑛美は目の前の愛おしい男性のことしか目に入っていなかった。他はどうでもいい。大和だけ傍にいてくれたらいい。
地味で冴えない無趣味で面白みのないアラサー女で、そんな自分のことが大嫌いだった。しかしそれはもう過去の話。
がむしゃらになって、それが生活の中心になって、もはやそのために生きているんじゃないかと思うくらいに熱中して。経験を積んで技術を腕に落とし込み、知識を脳に叩き込む。そうして新たな自分が形成されていく。
そんな自分が誇らしくて力がみなぎってくる。
全部、大和が教えてくれたことだ。
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