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コーヒーとクッキー(1)

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 こうして修哉と身体だけの関係を結んでから、十ヶ月が経った。
 十一月に入り、温暖な日と肌寒い日が交互にやってきて、いよいよ冬がやってくるんだなぁと実感する。

 修哉と連絡を取るのは、焼き鳥屋 鳥このみで食事の約束をするときだけ。一ヶ月に二、三回の頻度で会っている。

 連絡を送るのは愛からのときもあれば、修哉のときもある。
 愛は仕事でのストレスが溜まりに溜まったときや、一人で過ごしたくないときに、修哉を呼び出した。

 恋人に振られたと言っていた修哉は、関係を持ち始めた当初は「一人でいると思い出してしまいそうだから」と愛にその寂しさを埋めるように求められた。
 しかし最近はただ単純に人肌が恋しいだけなのか、特別な理由で呼ばれているわけではない気がする。愛のほうから何かを問うこともないので、本当のことはわからない。

 ──まぁ、修哉と触れ合うのは気持ちいいからいいんだけど。

 愛は修哉の鍛え上げられた立派な肉体に、すっかりとりこになってしまった。
 今までは筋肉男子に対して特別に萌えたり、視線を奪われることなんてなかったのに。

 触れたときの滑らかさと弾力。
 照明に当たって陰影ができるほどの凹凸。
 身じろぎしたときに固くなったり柔くなる肉塊。

 身体を繋げるたびに、いつも無意識のうちに触ってしまうくらい、筋肉美に魅了されてしまった。

 修哉は仕事の関係上、体を鍛えているようだが、特に具体的な仕事内容は聞いていない。休日以外は毎日ジムにいるみたいだから、スポーツクライミングのトレーナーやコーチでもしているのだろう。

 修哉といるときは、できるだけ仕事のことは忘れていたくて、プライベートのことは互いに深く聞かない。そんな浅い距離感も、愛は気に入っていた。


 愛はデザイン課の自席で、グラフィックソフトを立ち上げながら、昨夜の修哉との色事をぼんやり思い返していた。

「雪原、お疲れ。ちょっといい?」
「あ、大井……お疲れ。なに?」
「先週送られてきたデザインなんだけど……」

 大井が持っているタブレットに視線を落とす。

「これのカラー設定ってどうなってる?」
「いつもの通りにCMYKにしてあるけど」
「あーやっぱり? これって、RGBに変えられる?」
「うん、できるよ。調整して送り直すね」
「ありがとう。どれくらいでできそう?」
「多少、色の微調整をしたいから……午前中は無理だけど、今日中には送れると思う。間に合う?」

 忘れないように付箋にメモ書きして、キーボードの余白に貼りつける。

「うん、大丈夫。助かるよ!」

 がしりと肩を抱かれる。無駄に多い大井のスキンシップに勘違いする女子社員が多いことに、そろそろ気づいたほうがいいと思う。

「肩重い。やめて」

 露骨に迷惑そうな顔して腕を退ける。
 ふと腕まくりをしたシャツからのぞく、大井の腕橈骨筋に目がいってしまった。
 修哉と比べると全然逞しくないけれど、一般的には男らしい腕のはず。

「大井って、社会人サークルでフットサルやってるって言ってたっけ?」
「んー、やってるよ」
「ふーん……体脂肪率っていくつ?」
「はぁ? 何、突然。ちゃんとはわかんないなー、多分二十%はないと思うけど……」
「そっかぁ」

 確か修哉は八%って言ってたなぁ。

 房事中の汗に濡れた修哉の筋肉を思い出して、愛は慌てて大井から目を逸らした。
 自分は何を考えているのだ。

「何? 雪原もフットサルやる?」
「いや、やらない。じゃあ、デザインできたら連絡するね」

 愛はパソコン画面に向き直って、小さくかぶりを振った。

 そんな愛の後ろ姿を、大井が一点をじっと見つめていた。

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