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《8》ギルガルフ
しおりを挟む何だか身体が重たい。厳しいダンスレッスンを長時間こなした後のような体の怠さ。それなのに体とは裏腹に頭だけ鮮明さを取り戻していく。
虚ろに目を開けると、見慣れない天蓋があった。
「良かった。目を覚ましたのか」
王都の舞踏会に参列して出会った、初めて交わっても良いと思えた男性。
清潔感のあるサラサラな黒髪は、眩ゆい灯りの元でよく見ると紫が混じっている。
「ぁ……」
挨拶をしようと思ったらカサカサに乾いた声が出た。
親切にギルは水を注ぎ、ニナメルへ差し出してくれた。有り難くそれを受け取り喉を潤す。
「ギル……わたし……」
「無理して話さなくて良い。丸一日眠っていたんだ。身体に不調はないか?」
「え、嘘……。迷惑をかけて、ごめんなさい。体は……少し重たいけど」
「初めて魔力を受け入れた反動だろう。このまま休むといい」
「そんな……申し訳、」
「伯爵家に既に連絡はしてある。ニナが心配することは何もない」
「ありがと……」
低く抑揚のない声が砂糖菓子のように甘くて、ギルがニナメルを見つめる瞳が宝物を愛でるかのように優しくて。二人を包む空気が桃色に感じられる。
何だか照れ臭くて掛布を口元まで引き上げた。
ギルは話の前にまずは食事だと言い、予め用意してくれていた果物やサンドウィッチを口に運んでくれた。寝台の上で食事をするなんて貴族令嬢としてどうなのかと訴えたが、「ニナの身体が一番大事だ」と説き伏せられて渋々食事に手をつけた。
一日振りの食事だったが、体が重だるくていつもよりも少ない量しか食べられなかった。しかし少しでも胃に食べ物があるだけで、先程よりも元気が湧いてくる気がする。
こうして食事を終えると、寝台の上でギルに背中から抱きかかえられた。人肌の温もりに包まれながらギルの話に耳を傾ける。
ギルの本名はギルガルフと言い、王国でも高い地位にある公爵家当主の弟だった。
歳の離れた兄が父から公爵位を譲り受け、現当主を務めている。ギルは兄の右腕となるため、成人を迎えてからは高い魔力を得るために沢山の石持ちの女性と魔力交換を行った。
しかしいくら回数を重ねても石の色は一向に黒から変化しなかった。次第に公爵の弟と交わると穢れるという噂までもが王都中に広まってしまう始末だった。
それでも兄の役に立ちたいというギルの強い思いは揺らがなかった。金に困っている石持ちの令嬢に金銭を渡すことで魔力を交換してもらい、何とか石の色を変化させようと努力し続けた。……しかし無惨にもギルがどれだけ頑張っても、石の色が変わることはなかった。
不思議と魔力量は黒石の割に多い方だった。しかしいくら魔力制御や魔力調整の技術が上達したところで、総魔力量が増えないことには意味がない。
人の魅力は魔力だけで決まるものではない――そんな綺麗事を並べても、やはり魔法という強大な力の前では何者も敵わない。世の中、魔力が全てなのだ。
いくら努力しても報われない日々に、ギルの心は徐々に荒んでいった。黒石持ちの自分は生きている価値なんてない。いっそ居なくなってしまえたら……と考えたことも一度や二度だけではない。
やり場のない悔しさや虚しさを胸に抱えたまま、ただ無情にも月日だけが過ぎていく。
ギルはこれが最後と決めて自邸で開催される舞踏会に参列した。しかしやはりここでも噂好きな貴族たちはギルを蔑むばかりで、近寄る者は誰一人居なかった。
このまま能無しの自分が公爵家の穀潰しとなるのは嫌だった。家を出よう。他国へ行っても良いし、人の住んでいない島で自由気ままに生きても良い。とにかく、兄の足手纏いにならない場所でひっそりと生きよう。
そう思い立ち、半年ほど暮らせるだけの金銭と最低限の持ち物だけを持って、窓から外へ飛び降りた。
「まさかそこでニナに会って、誘われるなんて思ってもいなかったけど」
ぎゅうううっと強く抱き締められる。その力強さはまるで何処にも行かないでと、懇願を表しているようだった。
「俺にとって石の色だけが全ての価値だった。結局俺は俺のことを馬鹿にする連中等と同じだったんだ。ニナに石で判断するなと言われて……目が覚めた」
「ギル……」
ギルの太い腕にそっと手を添える。
一人で背負うには大き過ぎるものを抱えて、今まで生きてきたのだ。
「ニナとこれから先、共に生きていけるなんて……今までの苦悩が全て報われた」
「ん……?」
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