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弟の彼女
2.弟の彼女④
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「本田くんってスティーリー・ダン好きなの?」
今日の授業が全て終わって、クラスメイトが騒がしくしている教室の中。
日直当番だったので黒板を消していると、今まで話したことがないクラスの女子に話しかけられた。
周りでは、まだ教室に残って談笑してる生徒、部活や委員会に向かうために急いでいる生徒など様々だった。
「え…好きだけど、なんで?」
一度黒板消しを動かすのを止め、身体を女子の方に向き直す。
「私も好きなんだよね、ダン。でも周りで聴いてる人あんまいなくて」
照れくさそうにそう話す女の子に、あー、と自分でも間の抜けてるなあと思う返事をする。
「スティーリーダンってあんま高校生は聴かないから」
「そうなんだよねー、あと勧めても良く分かんないって言われがち」
「そうそう」
会話をしながら話しやすい子だなと思う。
かなりの人見知りで、会話もあまり得意でない自分にとって、初対面が話しやすいというのは中々に好印象だった。
それに音楽好きで、趣味も合いそうだ。音楽が好きな友達は周りにもいるが、自分の好きな音楽と趣味が共通している友達は中々いない。
「あ、ごめん。日直の仕事邪魔しちゃったね」
話が盛り上がりすぎたことを詫びる彼女に、全然、全然と言葉を返す。
まだ文字が半分ぐらい残されている黒板に身体を向き直して、黒板消しを持ち上げる。
会話が終わって立ち去ろうとする彼女を視界の隅で見て、「あのさ」とふいに声を出した。
「俺、今日合唱部の活動ないし、日誌書いたらもう帰れるんだけど。えっと…」
「え、ほんと?じゃあ一緒に帰ろ!」
自分が中々言い出せなかったことを、パッと提案してくれて安堵する。
相手もまだ俺と話したいと思ってくれていることに、嬉しさを感じた。
自分と同じ熱量で、音楽の話が出来るなんて同年代では初めてかもしれない。
思えば今までこの温度感で会話が出来たのは、それこそーーー
脳裏に眼鏡を掛けた不愛想な男の姿がちらつき、少し眉を歪める。
兄の姿を頭から追いやるように、チョークの跡が残る黒板の半分を急いで消した。
「兄ちゃん、レコード貸してほしいんだけど」
日曜の朝。部屋の扉をノックすると、酒の匂いが酷い男が目つきの悪い一重を更に細めて顔を覗かせた。
「…何のやつ」
「ダンの『Aja』」
恐らく二日酔いなんだろうけど、大学生ってもんはこんなに酒を飲むものなのか?
そう不思議に思っていると、兄は無言で部屋の中に引っ込み、ドアの隙間からレコードを一枚手渡してきた。
「なに、誰かに貸すの?」
「うん、友達」
あ、そう、と無関心な相槌を寄越され、壊すなよ、と酒灼けの声で釘を刺される。
欲しいものが手に入ったので踵を返そうとすると、たかゆきと後ろから声を掛けられる。
「今日、17時ごろに俺の部屋な」
その声に知らず肩をぴくりと震わせる。
うん、と聞こえるか分からないぐらいの声量で零すと、背後のドアはぱたりと音を立て閉まった。
兄はいつも休日のどちらかに俺を抱く。
平日だとお互い学校があるのと、夜は両親が帰ってくる。
だから自然と情事にもつれ込むのは、土曜か日曜と決まっていた。
あの日ーーー隣の部屋で、兄と兄の彼女が行為をした日のことが頭を掠める。
(……兄ちゃんにとって、俺って)
そこまで思考を巡らせたけど、それ以上考えたくなくて頭を振った。
俺は自室に戻り、学校用のリュックサックにレコードを詰めた。
「『Aja』ありがとう!すごく良かった」
そう感想を零す彼女の顔は少し上気していて、本当に楽曲が良くて興奮しているようだった。
返してくれたレコードには、可愛らしい包装のクッキーも一緒に添えられていた。
まだ明るい空の下、放課後の通学路を二人で歩く。
彼女と一緒に下校するようになって、一か月ほど経った。
彼女とは一緒に音楽の話をしたり、勉強を教え合ったりしていた。
「あとはポリスも好きなんだけど…中々レコードが手に入らないんだよね」
「あ、あるよ。ポリス」
えっ!!と大きな声を上げて驚き、そんな自分の反応を恥ずかしそうにする彼女を見て、くすりと笑う。
「うちにあるから、良かったら来なよ」
「え、でも、ダンも借りたばっかだし。私ばっかり…」
全然大丈夫だよ、レコードも俺と兄ちゃんのやつだし、と彼女を促すと、少し照れた様子でじゃあ、お言葉に甘えてと返される。
少し掃除するからと伝えて、彼女に家の玄関で待っていてもらう。
急いで自室まで駆け上がり、散らかっていた部屋を軽く掃除する。
女子が自分の部屋に来るのなんて初めてだ。
勢いで誘ってしまったけど、どうするのが正解なのか分からなくて、今になって緊張してくる。
確かここら辺にあったはず、とお目当てのポリスのレコードを引っ張り出しておく。
それから階下に降りて、冷蔵庫にあったジュースとお茶を用意した。
玄関のドアを急いで開けて、上がってと伝え、彼女を自分の部屋に案内する。
「お邪魔します…」
そう言いながら、彼女も少し緊張しているのか、俺の部屋をキョロキョロと見回しながら、所在なさげに立っている。
「あ…クッションとかあった方が良い?」
「いや、大丈夫!お構いなく!」
彼女はウロウロと視線を彷徨わせた後、ここだ、と決めたのか、ローテーブルの近くにぺたりと座り込んだ。そんな彼女の様子がおかしくて、少し笑ってしまう。
ローテーブルに載せておいたレコード数枚と、レコードプレイヤーで音楽を聴く。
お互い感想を伝え合ったり、音楽理論を語ったりして、すごく充実して楽しい時間が流れた。
途中からは、学校の授業のことや、お互いの友人のこと、誰それ先生のこういう所が面白い、嫌だとか、受験のことなど、色んな話をした。
用意していたジュースもお茶も、どちらも空になり、ふと窓の外を見ると日も暮れ始めてたので、この辺でお開きにすることにした。
自室のドアを開けると、廊下で見知ったガタイのいい男と鉢合わせた。
兄は少しギョッとした顔をして、それから隣の女の子を瞬時に眺めた。
「兄ちゃん」
内心居たのかと驚くが、何となくそれを表情に出さないように努めた。
何故兄が家にいるのだろうと思ったが、日が暮れていることを思い出し、俺たちが家上がってから随分時間が経ったことを理解した。
それに部屋でレコードも聴いていたし、兄が家に帰って来た物音にも気付かなかったんだろう。
クラスの子は少し気まずそうに「お邪魔してます」と兄に言葉をかけた。
兄は少し間を置いた後、すぐにいつもの社交的な態度で彼女に挨拶した。
「何もない家でごめんね、つまんなかったでしょ」とくだらない事を話す兄に、内心苛立ちを募らせた。
じゃあ、俺、見送るからと伝えて、そそくさと階段へ移動する。
後ろに彼女が着いてきていることを、少し振り返って確認する。
視界の隅に、廊下に立ったままの兄がいることも捉えていたが、何故か顔を見たくなくて、そのまま前に視線を戻した。
「ごめん、遅くなっちゃって。道わかる?」
「うん、覚えてるから大丈夫」
玄関手前で彼女を見送る。彼女の頬が少し高揚していて、自分と同じようにこの時間を楽しんでくれたんだと感じて嬉しくなった。
「レコードありがとう。今度私のも貸すね」
すっかり橙色になり、暗くなりつつある空の下、家路に着く彼女の背を見送る。
曲がり角を曲がった彼女を見届けて、玄関の扉を閉じた。
緊張と楽しさが綯い交ぜになった気持ちを落ち着かせようと、少し深呼吸する。
母さんたちが帰ってくるまでまだ時間がある。少し寝るか、と階段を上って自分の部屋に戻ると、なぜか兄が我が物顔で俺のベッドに座っていた。
「彼女?」
無遠慮な質問を投げかけられ、少し苛立つ。
けれど、その声色に少しの嫉妬が滲んでるのを見つけて、「クラスメイトだよ」とあえて正直に答えた。
そんな俺の返答にあからさまに不機嫌になった兄は、「もうキスとかしてんだろ?」とぶっきらぼうに応えた。
いつもどこか冷静で余裕そうな彼が、焦りの感情を向けてくる事に、正直心が踊り出しそうだった。
だからただのクラスメイトだって、と伝え終わる前に無理矢理ベッドに引き寄せられ、押し倒された。そのまま口を塞がれて舌を差し込まれる。更に俺の股間を兄の手で鷲掴みにされた。
直接的な刺激に、否が応でも反応してしまい下腹部が緩く立ち上がる。
散々俺の唇をしゃぶりつくされ、ようやく兄から解放されると、頭上から言葉が降ってくる。
「俺とのキスでこんなになっちまう癖に」
いつもみたいに頭が甘く痺れて、顔がだらしなくなってるのを自覚する。
それでも兄に主導権を渡したくなかったから、「兄ちゃんだって俺を抱く癖に」と辛うじて伝えた。そんな俺の言葉に兄は眉根を歪めた。
彼女と別れて欲しい。
俺だけを見て欲しい。
けれど兄はそれをしてくれない。
兄は俺のカッターシャツのボタンを器用に外し、俺の胸元をまさぐる。突起を指で手慣れたように嬲られて、出したくもない鼻にかかった声が漏れた。兄ははだけた胸元に顔を寄せ、次々とキスを散らしていく。
「兄ちゃん」
兄はチラリとこちらを見やり、特に意に介さずに右手を俺の下半身へと滑らせていく。
(なんで、俺を抱くんだよ。)
そう喉元まで出かかった言葉が、なぜか言えなくて代わりに瞼をぎゅっと強く瞑った。
最初は体だけの関係で良いと思ってた。
兄は、俺が劣情や恋慕を抱いてる事を気持ち悪がらないし、それどころかセックスの時は甘く抱いてくれた。
男で弟である俺に欲情してくれてることも、抱いてくれることも、本来ならばあり得ない事だったから。
けれど……兄は、俺以外に好きな人がいる。
兄は俺のことを好きじゃない。
そんな事最初から分かってて俺から行為を誘ったのに、それ以上を求めてしまう。
矛盾ばっかりの自分に嫌気が差していた頃に、クラスメイトのあの子に声を掛けられた。
「んあ……あっ、うあぁ…っ」
後背位でいつもより激しく揺さぶられる下腹部からは、慣れた快感がじわじわと昇ってくる。
俺の腰を掴む手が、力が入っていて少し痛い。
もうそろそろでイく、という所で兄の右手が俺のなおざりにしていたペニスを激しく扱き始めた。
「は、ひぐ……っ、にいちゃ……!!」
アナルとペニスの両方に刺激を与えられて、呆気なく達してしまう。両脚をガクガクと揺らして、快感をはしたなく享受する。
いつもならここで俺が達し終わるまで、待っていてくれる。けれど今日の兄は、俺が痙攣を止める前に律動を再開した。
「おぐ…っ、俺、まだイって…」
俺の言葉などはなから聞く気がないとでも言う様に、兄は規則的なストロークで俺の内部を押し入ってくる。
達してる最中のアナルを膨張したペニスで擦り上げられ、俺は抑えきれず嬌声を上げた。
嫉妬と独占欲。
明らかにそれらの感情を背中に浴びせられて、俺はどうすればいいか分からなかった。
ただ黙って俺を抱き潰そうとしてる兄に、怖さすら感じていた。
与えられる快感を逃がそうと、腰を引いてベッドヘッドの方に体を押し上げようとするが、兄はそれを見透かした様に俺の背中にのし掛かってきた。
そうした事で、兄のペニスと俺の中は余計に深く繋がって、兄はその密着したままの体勢で腰を小刻みに揺らした。
「は……うぐっ、ひぃっ……ダメ、ああああ……っ!!!」
頭の中を白い閃光が弾けて、訳がわからなくなりながら、指の関節が赤くなる程にシーツを握りしめ強すぎる快感を受け止める。
精液とは違う何かが、自身のペニスから迸っているみたいだったが、それを考えている余裕などなく、声を必死で殺しながら頭を枕に擦り付ける。
内部で熱が爆ぜる感覚を感じながら、強い余韻に必死に呼吸を整えてると、首筋に強く吸い付かれた。そのまま2、3回別の場所にもキスを落とされて、漸くアナルからずるりと物体を引き抜かれる。
「孝行」
荒い呼吸と共に俺の名を頭上から呼ばれる。
名前の続きを待っていたが、兄はそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。
今日の授業が全て終わって、クラスメイトが騒がしくしている教室の中。
日直当番だったので黒板を消していると、今まで話したことがないクラスの女子に話しかけられた。
周りでは、まだ教室に残って談笑してる生徒、部活や委員会に向かうために急いでいる生徒など様々だった。
「え…好きだけど、なんで?」
一度黒板消しを動かすのを止め、身体を女子の方に向き直す。
「私も好きなんだよね、ダン。でも周りで聴いてる人あんまいなくて」
照れくさそうにそう話す女の子に、あー、と自分でも間の抜けてるなあと思う返事をする。
「スティーリーダンってあんま高校生は聴かないから」
「そうなんだよねー、あと勧めても良く分かんないって言われがち」
「そうそう」
会話をしながら話しやすい子だなと思う。
かなりの人見知りで、会話もあまり得意でない自分にとって、初対面が話しやすいというのは中々に好印象だった。
それに音楽好きで、趣味も合いそうだ。音楽が好きな友達は周りにもいるが、自分の好きな音楽と趣味が共通している友達は中々いない。
「あ、ごめん。日直の仕事邪魔しちゃったね」
話が盛り上がりすぎたことを詫びる彼女に、全然、全然と言葉を返す。
まだ文字が半分ぐらい残されている黒板に身体を向き直して、黒板消しを持ち上げる。
会話が終わって立ち去ろうとする彼女を視界の隅で見て、「あのさ」とふいに声を出した。
「俺、今日合唱部の活動ないし、日誌書いたらもう帰れるんだけど。えっと…」
「え、ほんと?じゃあ一緒に帰ろ!」
自分が中々言い出せなかったことを、パッと提案してくれて安堵する。
相手もまだ俺と話したいと思ってくれていることに、嬉しさを感じた。
自分と同じ熱量で、音楽の話が出来るなんて同年代では初めてかもしれない。
思えば今までこの温度感で会話が出来たのは、それこそーーー
脳裏に眼鏡を掛けた不愛想な男の姿がちらつき、少し眉を歪める。
兄の姿を頭から追いやるように、チョークの跡が残る黒板の半分を急いで消した。
「兄ちゃん、レコード貸してほしいんだけど」
日曜の朝。部屋の扉をノックすると、酒の匂いが酷い男が目つきの悪い一重を更に細めて顔を覗かせた。
「…何のやつ」
「ダンの『Aja』」
恐らく二日酔いなんだろうけど、大学生ってもんはこんなに酒を飲むものなのか?
そう不思議に思っていると、兄は無言で部屋の中に引っ込み、ドアの隙間からレコードを一枚手渡してきた。
「なに、誰かに貸すの?」
「うん、友達」
あ、そう、と無関心な相槌を寄越され、壊すなよ、と酒灼けの声で釘を刺される。
欲しいものが手に入ったので踵を返そうとすると、たかゆきと後ろから声を掛けられる。
「今日、17時ごろに俺の部屋な」
その声に知らず肩をぴくりと震わせる。
うん、と聞こえるか分からないぐらいの声量で零すと、背後のドアはぱたりと音を立て閉まった。
兄はいつも休日のどちらかに俺を抱く。
平日だとお互い学校があるのと、夜は両親が帰ってくる。
だから自然と情事にもつれ込むのは、土曜か日曜と決まっていた。
あの日ーーー隣の部屋で、兄と兄の彼女が行為をした日のことが頭を掠める。
(……兄ちゃんにとって、俺って)
そこまで思考を巡らせたけど、それ以上考えたくなくて頭を振った。
俺は自室に戻り、学校用のリュックサックにレコードを詰めた。
「『Aja』ありがとう!すごく良かった」
そう感想を零す彼女の顔は少し上気していて、本当に楽曲が良くて興奮しているようだった。
返してくれたレコードには、可愛らしい包装のクッキーも一緒に添えられていた。
まだ明るい空の下、放課後の通学路を二人で歩く。
彼女と一緒に下校するようになって、一か月ほど経った。
彼女とは一緒に音楽の話をしたり、勉強を教え合ったりしていた。
「あとはポリスも好きなんだけど…中々レコードが手に入らないんだよね」
「あ、あるよ。ポリス」
えっ!!と大きな声を上げて驚き、そんな自分の反応を恥ずかしそうにする彼女を見て、くすりと笑う。
「うちにあるから、良かったら来なよ」
「え、でも、ダンも借りたばっかだし。私ばっかり…」
全然大丈夫だよ、レコードも俺と兄ちゃんのやつだし、と彼女を促すと、少し照れた様子でじゃあ、お言葉に甘えてと返される。
少し掃除するからと伝えて、彼女に家の玄関で待っていてもらう。
急いで自室まで駆け上がり、散らかっていた部屋を軽く掃除する。
女子が自分の部屋に来るのなんて初めてだ。
勢いで誘ってしまったけど、どうするのが正解なのか分からなくて、今になって緊張してくる。
確かここら辺にあったはず、とお目当てのポリスのレコードを引っ張り出しておく。
それから階下に降りて、冷蔵庫にあったジュースとお茶を用意した。
玄関のドアを急いで開けて、上がってと伝え、彼女を自分の部屋に案内する。
「お邪魔します…」
そう言いながら、彼女も少し緊張しているのか、俺の部屋をキョロキョロと見回しながら、所在なさげに立っている。
「あ…クッションとかあった方が良い?」
「いや、大丈夫!お構いなく!」
彼女はウロウロと視線を彷徨わせた後、ここだ、と決めたのか、ローテーブルの近くにぺたりと座り込んだ。そんな彼女の様子がおかしくて、少し笑ってしまう。
ローテーブルに載せておいたレコード数枚と、レコードプレイヤーで音楽を聴く。
お互い感想を伝え合ったり、音楽理論を語ったりして、すごく充実して楽しい時間が流れた。
途中からは、学校の授業のことや、お互いの友人のこと、誰それ先生のこういう所が面白い、嫌だとか、受験のことなど、色んな話をした。
用意していたジュースもお茶も、どちらも空になり、ふと窓の外を見ると日も暮れ始めてたので、この辺でお開きにすることにした。
自室のドアを開けると、廊下で見知ったガタイのいい男と鉢合わせた。
兄は少しギョッとした顔をして、それから隣の女の子を瞬時に眺めた。
「兄ちゃん」
内心居たのかと驚くが、何となくそれを表情に出さないように努めた。
何故兄が家にいるのだろうと思ったが、日が暮れていることを思い出し、俺たちが家上がってから随分時間が経ったことを理解した。
それに部屋でレコードも聴いていたし、兄が家に帰って来た物音にも気付かなかったんだろう。
クラスの子は少し気まずそうに「お邪魔してます」と兄に言葉をかけた。
兄は少し間を置いた後、すぐにいつもの社交的な態度で彼女に挨拶した。
「何もない家でごめんね、つまんなかったでしょ」とくだらない事を話す兄に、内心苛立ちを募らせた。
じゃあ、俺、見送るからと伝えて、そそくさと階段へ移動する。
後ろに彼女が着いてきていることを、少し振り返って確認する。
視界の隅に、廊下に立ったままの兄がいることも捉えていたが、何故か顔を見たくなくて、そのまま前に視線を戻した。
「ごめん、遅くなっちゃって。道わかる?」
「うん、覚えてるから大丈夫」
玄関手前で彼女を見送る。彼女の頬が少し高揚していて、自分と同じようにこの時間を楽しんでくれたんだと感じて嬉しくなった。
「レコードありがとう。今度私のも貸すね」
すっかり橙色になり、暗くなりつつある空の下、家路に着く彼女の背を見送る。
曲がり角を曲がった彼女を見届けて、玄関の扉を閉じた。
緊張と楽しさが綯い交ぜになった気持ちを落ち着かせようと、少し深呼吸する。
母さんたちが帰ってくるまでまだ時間がある。少し寝るか、と階段を上って自分の部屋に戻ると、なぜか兄が我が物顔で俺のベッドに座っていた。
「彼女?」
無遠慮な質問を投げかけられ、少し苛立つ。
けれど、その声色に少しの嫉妬が滲んでるのを見つけて、「クラスメイトだよ」とあえて正直に答えた。
そんな俺の返答にあからさまに不機嫌になった兄は、「もうキスとかしてんだろ?」とぶっきらぼうに応えた。
いつもどこか冷静で余裕そうな彼が、焦りの感情を向けてくる事に、正直心が踊り出しそうだった。
だからただのクラスメイトだって、と伝え終わる前に無理矢理ベッドに引き寄せられ、押し倒された。そのまま口を塞がれて舌を差し込まれる。更に俺の股間を兄の手で鷲掴みにされた。
直接的な刺激に、否が応でも反応してしまい下腹部が緩く立ち上がる。
散々俺の唇をしゃぶりつくされ、ようやく兄から解放されると、頭上から言葉が降ってくる。
「俺とのキスでこんなになっちまう癖に」
いつもみたいに頭が甘く痺れて、顔がだらしなくなってるのを自覚する。
それでも兄に主導権を渡したくなかったから、「兄ちゃんだって俺を抱く癖に」と辛うじて伝えた。そんな俺の言葉に兄は眉根を歪めた。
彼女と別れて欲しい。
俺だけを見て欲しい。
けれど兄はそれをしてくれない。
兄は俺のカッターシャツのボタンを器用に外し、俺の胸元をまさぐる。突起を指で手慣れたように嬲られて、出したくもない鼻にかかった声が漏れた。兄ははだけた胸元に顔を寄せ、次々とキスを散らしていく。
「兄ちゃん」
兄はチラリとこちらを見やり、特に意に介さずに右手を俺の下半身へと滑らせていく。
(なんで、俺を抱くんだよ。)
そう喉元まで出かかった言葉が、なぜか言えなくて代わりに瞼をぎゅっと強く瞑った。
最初は体だけの関係で良いと思ってた。
兄は、俺が劣情や恋慕を抱いてる事を気持ち悪がらないし、それどころかセックスの時は甘く抱いてくれた。
男で弟である俺に欲情してくれてることも、抱いてくれることも、本来ならばあり得ない事だったから。
けれど……兄は、俺以外に好きな人がいる。
兄は俺のことを好きじゃない。
そんな事最初から分かってて俺から行為を誘ったのに、それ以上を求めてしまう。
矛盾ばっかりの自分に嫌気が差していた頃に、クラスメイトのあの子に声を掛けられた。
「んあ……あっ、うあぁ…っ」
後背位でいつもより激しく揺さぶられる下腹部からは、慣れた快感がじわじわと昇ってくる。
俺の腰を掴む手が、力が入っていて少し痛い。
もうそろそろでイく、という所で兄の右手が俺のなおざりにしていたペニスを激しく扱き始めた。
「は、ひぐ……っ、にいちゃ……!!」
アナルとペニスの両方に刺激を与えられて、呆気なく達してしまう。両脚をガクガクと揺らして、快感をはしたなく享受する。
いつもならここで俺が達し終わるまで、待っていてくれる。けれど今日の兄は、俺が痙攣を止める前に律動を再開した。
「おぐ…っ、俺、まだイって…」
俺の言葉などはなから聞く気がないとでも言う様に、兄は規則的なストロークで俺の内部を押し入ってくる。
達してる最中のアナルを膨張したペニスで擦り上げられ、俺は抑えきれず嬌声を上げた。
嫉妬と独占欲。
明らかにそれらの感情を背中に浴びせられて、俺はどうすればいいか分からなかった。
ただ黙って俺を抱き潰そうとしてる兄に、怖さすら感じていた。
与えられる快感を逃がそうと、腰を引いてベッドヘッドの方に体を押し上げようとするが、兄はそれを見透かした様に俺の背中にのし掛かってきた。
そうした事で、兄のペニスと俺の中は余計に深く繋がって、兄はその密着したままの体勢で腰を小刻みに揺らした。
「は……うぐっ、ひぃっ……ダメ、ああああ……っ!!!」
頭の中を白い閃光が弾けて、訳がわからなくなりながら、指の関節が赤くなる程にシーツを握りしめ強すぎる快感を受け止める。
精液とは違う何かが、自身のペニスから迸っているみたいだったが、それを考えている余裕などなく、声を必死で殺しながら頭を枕に擦り付ける。
内部で熱が爆ぜる感覚を感じながら、強い余韻に必死に呼吸を整えてると、首筋に強く吸い付かれた。そのまま2、3回別の場所にもキスを落とされて、漸くアナルからずるりと物体を引き抜かれる。
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