30日後に巨大隕石が衝突すると知らされた世界で、本当に大切なものを見つけた

てるぽに中将

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地球滅亡予定日まで 残り9日

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 火星への迎えが来る日になってしまった。

 結局のところ昨日のうちに由利に対して“火星に行かない”と言い出すことは出来なかった……。

 もう完全に僕が火星に行くことは由利の中で「既定路線」となっていたために、
 それを覆せる雰囲気が全く無かったのだ。

 “行かない”と言えば間違いなく怒り出すだろうし、また大喧嘩になることは火を見るより明らかだった。

 由利はそれだけ僕のことをそれだけ大事に想っていてくれているのだろう。

 何が最善なのか今でも正確には分からない……それでも由利とのこれまでの付き合いから分かる性格と僕の感覚を信じることにした。

 迎えが来るまであと2分。玄関で由利は僕の手を握った。

「ありがとう。生まれてからずっと一緒にいてくれて……裕司ならあたしがいなくても大丈夫だよ」

「由利は本当に大丈夫か? 僕がいなくても?」

「うん。大丈夫。残り10日ぐらい生き抜いてみせるよ。心配してくれてありがとう」

 昨晩は由利が僕のことを“求めてきた”ために“応じた“。
 本当に最後だと思っていたのだろう、僕は結婚するまでそう言った関係を持つまいと思っていたので、気が引けた。
 
 しかし、由利が「最後にどうしても」ということで断り切れなかった……。

 そして、そのぬくもりを感じて、なおさら火星に行きたく無くなった……。
 
 寂しがり屋の由利が自分一人残されるにも関わらず僕の幸せを願って笑顔で送り出そうとしてくれている――こんなに素晴らしい彼女を一人にして火星に行くだなんてありえなかった。 

 権利を事実上譲ったどこの誰かも知らない人間にその生命を大切にしてもらおう……。

「それじゃ、そろそろ迎えの時間だから……」

「うん、いってらっしゃい。元気でね」

 由利はポロポロと涙を流し始めた。恐らくは彼女自身も気づいていないような気がした……。

 僕達は無言のまま自然に口を合わせ抱き合った。そしてこのぬくもりは絶対に手放したくないと改めて思った。

「時間だよ。行かなきゃ……」

「うん。それじゃ、さようなら。これまでずっとありがとう」

 由利は小さく頷いた。玄関ドアが閉まる時、由利が崩れ落ち層なのを必死に堪えているのが見えた。

 実際のところは火星になんか行かないとはいえ、僕ももらい泣きしたくなるのを堪えながら玄関から出ていった。

「伊崎裕司君、お迎えに上がりました」

 宮前さんが玄関を出ると待っていた。僕は息を思い切って吸い込んだ。

「――あの、済みません。火星に行く一件についてなんですが、お断りしたいんですけど」

 宮前さんは目を丸くした。

「渡航費や食料についての心配でしたら先日お渡しした資料の通りです。
 残されたご家族につきましても食料をお渡しし、残り日数も最低限の生活はできると思います」

「そんなことを懸念しているのではありません。僕はどうしてもここを離れたくない。
 彼女がいるのですが、置いていけないんです。
 行けるのは僕1人だけなんでしょう?」

「……残念ですがそうなります。ですが、新たな出会いもあると思います。
 新しい人生をスタートさせると思って――」

「僕は由利以外の子と一緒になる気はありません。
 僕の火星行きの権利は他の人に差し上げてください」

「……本当によろしいのですか? 新たな火星での生活に不安があるというのは分かりますが、行けば最低でも10日の寿命では無いと思うのですが……」

「はい。もう決めたことですから。由利といることがこの世で一番大事だって。
――例えその選択がどんな過酷な道のりが待っていようとも、後悔はしないと確信しています」

 まったく嘘偽りは無かった。僕が人生の中で何が大切なのだろうかと思った時、もう由利しかいないことが分かったのだ。

 由利がいなければしょうもないことでくじけるかもしれないが、由利といればどんな困難だって乗り越えられる気がした。

「意思は固いようですね……。
 でも何となく、こちらに訪問した際から断られるのではないかと思っていました。
 書類を受け取っておられる際にどこか未練があるようなそぶりをされていましたからね」

 苦笑しながら宮前さんがそう言った。

「ははは、バレていましたか……」

「……ここに辞退のサインと署名をお願いします」

 宮前さんは用箋ばさみにある別の書類を取り出す。

『NASA火星プロジェクト抽選 辞退の旨』

 と大きく表題に書かれてあった。

 僕はこの局面になって流石に少しもったいないな……と感じながらも、そもそも当たらなかったと思えばいいんだと思い直し、思い切って自分の名前を書いた。

 書き終わったとき、不思議な満足感と高揚感が体中から湧き上がるのが分かった。

「なるほど……確かに。最後にちょっとお待ちください――」

 そう言って宮前さんは10食分ぐらいの缶詰を差し出してくれた。

「これは残されたご家族のためにお渡しするはずだった食糧です。辞退された以上は本来は貰えないものですがここは私が工面しておきます。
 当選されてそれを断られた勇士であることには変わりないですから」

 思わぬ配慮に僕は飛ぶように喜んだ。

「うわぁ、ありがとうございます。僕たちの食糧尽きかけていてどうしようかと思い悩んでいたところなんです」

「それはとても良かったです。残りの期間ご武運を祈っています」

「はい。ありがとうございます。宮前さんもお元気で」

 手を振って宮前さんを見送るとガサッと音がしたので振り返ると由利が立っていた。

「あーあ、あたしの思いやりが完全に無駄になっちゃうだなんて……ホント、何考えてんの? アタマ大丈夫? もう電気も通ってないし外を歩くのだって一苦労なんだよ? 火星に行った方が絶対に良いのにさ」

 由利は声だけは呆れたような感じでありながらも嬉しさを堪えきれず身をくねらせていた。

 ……あの2日間はやっぱり由利なりの強がりだったのだろう。
 
 自分のことより僕の幸せのことをひたすらに考え続けてくれたのだ……。

「僕としては火星に行った後の人生プランがどうしても思いつかなかったから……。
 取り敢えずは由利と話すための口実として昨日は話を合わせていただけだし……」

「ふぅ~~~~。薄々はそうじゃないかって思っていたけどね。こんな幸運を手放しちゃうだなんてホントあたしがいないとダメなのね」

 そう言いながら僕の胸に飛び込んできた。

「ゴメン。頭がどうにかしている彼氏で……」

 そのぬくもりが僕に安心感を与えてくれた……。

「確かに数十年残り生きていられるかもしれないというのは魅力はあるよ。
 でも、由利と一緒にいない人生なんて、僅かな期間ですら不毛な灰色の景色しか無かったんだ。
 僕にとってはそれだけ君のことが大事なんだよ」

「嬉しい……もっと長く生きられるかもしれないのに、それよりもあたしとの僅かな時間を選んでくれただなんて……」

「当り前だろ。由利と全く連絡が取れなかったこの何日の間すらも精神が崩壊しそうになったんだ。
 もう、死を覚悟していたんだし棚から牡丹餅の寿命なんていらないよ。
 何より由利――君といる時間の方が大事なんだ」

「あ、ありがとう。本当に……あたしなんかのために……」

「そんなに自分を卑下するなよ。幼いころからずっといたんだ。僕にとってはかけがえの無い唯一無二の存在なんだよ」

「でも、ホントは残ってくれてよかった。寂しかったもん。1人の時間が9日しか無かったとしても耐えられるとは思えなかったから……」

「ああ。お前はこう見えても寂しがり屋だもんな。
 でも、僕は決意したんだ。絶対にお前を二度と離さないって。
 例え寿命が残り9日しか無かったとしても後悔しない決断だって思えるから……」

「ありがとう……あたし……裕司のことが好きになって良かった。
 ううん、例えあの世に行ってもずっと好き――あの世なんて無くても魂が無くなってもずっと好きだから……」

「うん、僕もだよ……存在が無くなっても愛しているから……」

 その夜、僕達はそれまでずっと言えなかった歯の浮いたようなセリフを一晩中言い合ったのだった。
 
 火星に行かなかったことが勿体ないという気持ちは無かったわけでは無い。
 でもそれ以上の幸福感と達成感が押し寄せてきたのだった。
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