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それから数日、行く先々でラタと遭遇した。町の中や路地裏、時には人に話し掛けてもいて、何かを探っているように見えた。
じっと山を見つめた上、踏み入ろうとさえしていたものだ。さすがに入らなかったが。
白昼堂々、仕事をしている割りに、ラタは雑談中、関連話を一切挟んで来なかった。
直接的な言葉で問いかけてもみたが、爽やかに企業秘密だと言われてしまった。
「ところでエオルさん、この間のクロオニの話ですが」
「あーっと、どれだったか」
ラタはクロオニが好きなのか、この数日何度も話題に持ち出された。ただ、ラタは知識が豊富で、話していて退屈はしなかったが。
「痕跡を残す目的ですよ。あの後、僕なりにも考察してみたのですが、一つ有力な説に辿り着きまして」
「と言うと?」
「目的はきっと復讐の予告です」
はっきり言い切ったラタは、勝ち誇るような笑みを湛える。相当、自信のある考察らしい。
「なるほど。どうして復讐だと?」
「クロオニは、この都市で酷い扱いを受けた子どもです。恨んだその子は、同じく無力な子どもを浚い、洗脳することで忠実な奴隷に仕立てあげている。最終的には都市ごと潰すために」
話は仮説と思えないほどにリアリティーがあり、思わず感心してしまった。だが、それは違う――エオルの中ではそんな確信があった。直接の否定はしなかったが。
それよりも気になるのは、やはり彼の素性だ。
「……そこまで具体的に考察できるのは、やっぱり仕事が関係してるのかな。……君は一体、クロオニの痕跡を辿って何をしてる?」
敢えて濁さず突き付ける。ラタは一瞬黙り込んでから、想定内と言わんばかりに満面の笑みを飾った。
「見られてたんですねぇ。ならもういっか。僕、実はーー」
回答を前に、扉が勢いよく開く。上げた目線の先、いたのはリヨで、顔全体に焦りを浮かべていた。青さも上乗せされており、一目で問題の発生を悟らせる。
「どうかしたんですか」
「リラがどこにもいなくて……」
もしかしてあの子――口にしながらリヨが翻った。その足を、エオルが腕を引いて止める。
恐らく、二人の脳には同じ光景が過っているはずだ。リラが密かに家を出ようとした日の光景が。
「俺が探しに行きます」
「でも」
「きっと大丈夫ですよ」
「……事件に巻き込まれたら……いや、クロオニに連れていかれたらどうしよう……」
「とにかく、リヨさんはここにいて下さい。帰ってきて誰もいないのは寂しいでしょうから」
浅く頷くリヨの横を抜ける。エオルの後に続き、ラタも参戦を宣言してきた。
捜索範囲を分けた方が効率的に探せるだろう――そうエオルが提案し、二人は間反対に分かれた。
ラタの背中が完全に消えた頃、エオルはある場所へと向かっていた。明確な目的地を定め、直進していく。
エオルには居場所の宛があった。リラは、きっとそこにいるはずだ。
*
記憶に新しい路地裏へ、目立たぬよう静かに入り込む。光が遮断された、真っ暗な影の方へと声をかけた。
「いるかレッタ。今友達が来てないか?」
「エオル」
人影が動き、少女が一人視界の中に移動する。あの時、会話した少女だ。
宥めるように少女が何かを囁く。直後、影の中からもう一人――リラが出てきた。予想的中だ。
「なんでおじさんがここに……?」
「リラ、エオルと知り合いなの?」
「宿に泊まりに来てる人……」
親しげに会話する二人からは、紛れもない親愛の気配が漂っている。少女との会話を思いだし、答え合わせを口にした。
「やっぱり友達ってリラのことだったのか」
「うん、何度も言うけど絶対誰にも秘密だぜ」
レッタと話をした時、堂々と会えない友がいると言っていた。その話とリラの言動に繋がりは感じていたのだ。
最初は戸惑っていたリラだが、どこにも危うさはないと判断したのだろう。エオルに近づき、あの純粋な瞳を上げた。
「ねぇおじさん。レッタだけでも助けられない?」
ラタとの会話の根底は、きっとここにあったのだろう。
レッタと目が合う。リラには分からないようアイコンタクトを取り、小さく頷きあった。
「……リラがちゃんと家に帰って、もう勝手に外に出ないと約束できるなら助けよう」
含まれる意味を理解したのか、リラは戸惑う。しかし、レッタの追い払うような仕草を目に、やや悲しげに首肯した。
「分かった。ばいばいレッタ」
リラを連れて宿に戻る。足音に耳を澄ませていたのか、扉を開く前にリヨが出てきた。もしかすると、音が近づく度、様子を伺いに出ていたのかもしれない。
リヨは気まずそうなリラに駆け寄り、体を抱き締めた。鼻を啜る音が安堵の度合いを示している。抱き締めながら、小さな叱責と大きな歓迎を何度も繰り返していた。リラはただ一言、絞るように謝る。同じく涙しながら。
その様子を前に、エオルの胸に羨望が浮かぶ。幼い自分を重ねてみたが、上手く描けずすぐ消した。
それからしばらくして、ラタが戻った。祝福を体現し、奴隷にならなくて良かったと呟く。
向かいで笑う彼は、よほど懸命に探したのか外衣を土だらけにしていた。意外に良い奴だ、と今さら見直す。
「そうだ、さっきは聞きそびれたが、君の仕事は結局何なんだ?」
問い掛けると、意外にもあっさりとラタは答えてみせた。
「調査員です。噂や都市伝説の真相を探るべく、国を点々としていまして。まぁ結局今回も確証は掴めませんでしたが、満足の行く推測は出来たのでそれで良いとします。あ、僕明日の早朝出るんですよ」
「そうだったのか、色々納得だ」
下見ではなく調査だったとは――視野の狭さを知り残念な気分にはなったが、勉強にはなったと切り替える。これで、また一つ自然な口実が増えた。
「じゃあ、お元気で。お休みなさい」
汚れた服を脱ぎ捨てると、明日に備えてかラタは早々ベッドに潜る。
早速聞こえだした寝息を耳に、エオルは思わず苦笑いした。
じっと山を見つめた上、踏み入ろうとさえしていたものだ。さすがに入らなかったが。
白昼堂々、仕事をしている割りに、ラタは雑談中、関連話を一切挟んで来なかった。
直接的な言葉で問いかけてもみたが、爽やかに企業秘密だと言われてしまった。
「ところでエオルさん、この間のクロオニの話ですが」
「あーっと、どれだったか」
ラタはクロオニが好きなのか、この数日何度も話題に持ち出された。ただ、ラタは知識が豊富で、話していて退屈はしなかったが。
「痕跡を残す目的ですよ。あの後、僕なりにも考察してみたのですが、一つ有力な説に辿り着きまして」
「と言うと?」
「目的はきっと復讐の予告です」
はっきり言い切ったラタは、勝ち誇るような笑みを湛える。相当、自信のある考察らしい。
「なるほど。どうして復讐だと?」
「クロオニは、この都市で酷い扱いを受けた子どもです。恨んだその子は、同じく無力な子どもを浚い、洗脳することで忠実な奴隷に仕立てあげている。最終的には都市ごと潰すために」
話は仮説と思えないほどにリアリティーがあり、思わず感心してしまった。だが、それは違う――エオルの中ではそんな確信があった。直接の否定はしなかったが。
それよりも気になるのは、やはり彼の素性だ。
「……そこまで具体的に考察できるのは、やっぱり仕事が関係してるのかな。……君は一体、クロオニの痕跡を辿って何をしてる?」
敢えて濁さず突き付ける。ラタは一瞬黙り込んでから、想定内と言わんばかりに満面の笑みを飾った。
「見られてたんですねぇ。ならもういっか。僕、実はーー」
回答を前に、扉が勢いよく開く。上げた目線の先、いたのはリヨで、顔全体に焦りを浮かべていた。青さも上乗せされており、一目で問題の発生を悟らせる。
「どうかしたんですか」
「リラがどこにもいなくて……」
もしかしてあの子――口にしながらリヨが翻った。その足を、エオルが腕を引いて止める。
恐らく、二人の脳には同じ光景が過っているはずだ。リラが密かに家を出ようとした日の光景が。
「俺が探しに行きます」
「でも」
「きっと大丈夫ですよ」
「……事件に巻き込まれたら……いや、クロオニに連れていかれたらどうしよう……」
「とにかく、リヨさんはここにいて下さい。帰ってきて誰もいないのは寂しいでしょうから」
浅く頷くリヨの横を抜ける。エオルの後に続き、ラタも参戦を宣言してきた。
捜索範囲を分けた方が効率的に探せるだろう――そうエオルが提案し、二人は間反対に分かれた。
ラタの背中が完全に消えた頃、エオルはある場所へと向かっていた。明確な目的地を定め、直進していく。
エオルには居場所の宛があった。リラは、きっとそこにいるはずだ。
*
記憶に新しい路地裏へ、目立たぬよう静かに入り込む。光が遮断された、真っ暗な影の方へと声をかけた。
「いるかレッタ。今友達が来てないか?」
「エオル」
人影が動き、少女が一人視界の中に移動する。あの時、会話した少女だ。
宥めるように少女が何かを囁く。直後、影の中からもう一人――リラが出てきた。予想的中だ。
「なんでおじさんがここに……?」
「リラ、エオルと知り合いなの?」
「宿に泊まりに来てる人……」
親しげに会話する二人からは、紛れもない親愛の気配が漂っている。少女との会話を思いだし、答え合わせを口にした。
「やっぱり友達ってリラのことだったのか」
「うん、何度も言うけど絶対誰にも秘密だぜ」
レッタと話をした時、堂々と会えない友がいると言っていた。その話とリラの言動に繋がりは感じていたのだ。
最初は戸惑っていたリラだが、どこにも危うさはないと判断したのだろう。エオルに近づき、あの純粋な瞳を上げた。
「ねぇおじさん。レッタだけでも助けられない?」
ラタとの会話の根底は、きっとここにあったのだろう。
レッタと目が合う。リラには分からないようアイコンタクトを取り、小さく頷きあった。
「……リラがちゃんと家に帰って、もう勝手に外に出ないと約束できるなら助けよう」
含まれる意味を理解したのか、リラは戸惑う。しかし、レッタの追い払うような仕草を目に、やや悲しげに首肯した。
「分かった。ばいばいレッタ」
リラを連れて宿に戻る。足音に耳を澄ませていたのか、扉を開く前にリヨが出てきた。もしかすると、音が近づく度、様子を伺いに出ていたのかもしれない。
リヨは気まずそうなリラに駆け寄り、体を抱き締めた。鼻を啜る音が安堵の度合いを示している。抱き締めながら、小さな叱責と大きな歓迎を何度も繰り返していた。リラはただ一言、絞るように謝る。同じく涙しながら。
その様子を前に、エオルの胸に羨望が浮かぶ。幼い自分を重ねてみたが、上手く描けずすぐ消した。
それからしばらくして、ラタが戻った。祝福を体現し、奴隷にならなくて良かったと呟く。
向かいで笑う彼は、よほど懸命に探したのか外衣を土だらけにしていた。意外に良い奴だ、と今さら見直す。
「そうだ、さっきは聞きそびれたが、君の仕事は結局何なんだ?」
問い掛けると、意外にもあっさりとラタは答えてみせた。
「調査員です。噂や都市伝説の真相を探るべく、国を点々としていまして。まぁ結局今回も確証は掴めませんでしたが、満足の行く推測は出来たのでそれで良いとします。あ、僕明日の早朝出るんですよ」
「そうだったのか、色々納得だ」
下見ではなく調査だったとは――視野の狭さを知り残念な気分にはなったが、勉強にはなったと切り替える。これで、また一つ自然な口実が増えた。
「じゃあ、お元気で。お休みなさい」
汚れた服を脱ぎ捨てると、明日に備えてかラタは早々ベッドに潜る。
早速聞こえだした寝息を耳に、エオルは思わず苦笑いした。
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