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「――え? 今なんて?」
二人きりの教室、美しい黒髪が靡く。
「だから、久保くんって俺のこと好きでしょう?」
鋭い目付きは、真っ直ぐに僕の事を見ていた。
「いや、えっとそれはどういう意味で……」
「もちろん、恋愛的な意味だよ――」
その瞬間、視界の全てが真っ暗になった。そして僕は、逃げ去った。
*
飛び起きると、いつもの光景が広がっていた。先程の会話は夢だったんだ。と、ほっと胸を撫で下ろす。
ここ最近、毎日のように同じ夢を見ている気がする。最早、夢か現実かすら曖昧だ。
正直まだ混乱しているが、現実であんな遣り取りがあっては困るのだ。だから、夢という事にして落ち着くに限る。
そうしなければ、これから先やっていける気がしない。
「……うわ……何か頭痛い……」
――忘れ去る事の出来ない、苦い思い出が蘇ってきた。それを脳内で掻き消し、高校に行く為の準備を始める。
静かな朝は、物寂しさを深まらせた。
*
つい二ヶ月前、転校した。前の学校で苛めに合い、耐え切れなくなって逃げたのだ。同時に一人暮らしもはじめ、家事に勉強にと忙しい日々を送っている。
苛めの理由は、少し特殊だった。しかし、どうしようも無い事でもあった。
いじめられるようになった原因――それは、恋愛対象が同性だと知られたからだ。
一般的に、同性恋愛は好まれない。遊び半分での付き合いならまだしも、本気だと知られれば終わりだ。恰好の獲物にされて延々弄られ続ける。
自分にとってはどうしようもない性質を、からかわれるのは苦痛以外の何物でもなかった。
だからと高校を変え、知り合いのいない場所を選んだのだ。
絶対に、前のようなへまをしたりしない。絶対に素振りや態度を見せない。そう決意していた。
*
「おはよう久保くん」
「お、おはよう早川くん」
今朝方目にしたばかりの人物に、一瞬鼓動が跳ね上がった。夢を思い出し、思わず目を逸らす。
声を掛けてきたのは、入学して一番最初に会話した人物で――早速惚れしてしまった相手である。
名前は、早川マコト。綺麗な黒髪に、少し細めの鋭い瞳。どこか抜けていて、やや人と違う空気を醸している。笑顔と口数はあまり多くなく、クラスの中でも影に近い人物だ。
しかし、惚れてしまったのにはちゃんとした理由がある。転校から数日後、人見知りゆえ孤立していた僕に声を掛けてくれたのだ。
多分、困っている人を放っておけないタイプなのだろう。その事は、彼を視線で追いかけている内に分かった。
その後も、ことあるごとに接してくれて、迂闊にも好きになってしまった。
いや、もちろん言わないけど。と言うか、言えないけど。
本当は、恋もしない予定だったんだけどな。
*
「久保くん、そう言えばさ」
孤立を始めて早々から、早川くんとは昼食を共にするようになった。元々一人で食べていたのか、それとも固定の友人がいなかったのか、それは分からないままだ。
因みに、体育館前の階段で食べるのが恒例である。
「何? あっ、さっきの授業のこと? 個人の価値観がどうこうのって言う――」
早川くんの席はちょうど一個前で、授業態度が意図せずとも見えてしまう位置にあった。今日の早川くんは、いつもより真剣で、何やら考え込んでいるようにも見えた。
「いや、一ヶ月くらい前のことの話なんだけど」
――のだが、授業は別に関係なかったらしい。彼の台詞に含まれる日のことをゆっくり回顧する。
「……えっと、何だっけ?」
新たな環境への対応と忙しさに追われており、正直一ヶ月前何をしていたか曖昧だ。
「久保くんが走って行っちゃった日のことだよ。俺が久保くんに好……」
「ちょ、ちょっと待って……! え!?」
だが、引き金になるワードに当日の事件が蘇った。毎日のように見てきた出来事が、鮮明に脳裏に映し出される。
そうだ、約一ヶ月前、彼は唐突に尋ねてきた。
僕に、〝俺のことが好きだろう〟――と。
……って、夢じゃないのかよ!
一人突っ込みし、赤らんだ顔を隠すように反対側を向く。
どうやら、夢見続けていた会話は現実の物だったらしい。僕がただ、逃避し続けていただけのようだ。
一ヶ月もの間、話題にも上らず、夢として見続けていれば混乱してしまうのも当然――な訳がないよな。
はっきりと現実を自覚した瞬間、防衛本能が動き出した。以前の失敗を、再び繰り返す訳には行かない。
「え、あ、そのことなんだけど、無いです。それは無いです。だって僕男だし。ね、有り得ないでしょ」
にこにこしながら力説すると、早川くんは首肯も何も無く口を開いた。
「そっか。変なこと言ってごめん」
「う、ううん?」
切り出してきた割にさっぱりと終えた早川くんは、何事も無かったかのように食事を再開した。
二人きりの教室、美しい黒髪が靡く。
「だから、久保くんって俺のこと好きでしょう?」
鋭い目付きは、真っ直ぐに僕の事を見ていた。
「いや、えっとそれはどういう意味で……」
「もちろん、恋愛的な意味だよ――」
その瞬間、視界の全てが真っ暗になった。そして僕は、逃げ去った。
*
飛び起きると、いつもの光景が広がっていた。先程の会話は夢だったんだ。と、ほっと胸を撫で下ろす。
ここ最近、毎日のように同じ夢を見ている気がする。最早、夢か現実かすら曖昧だ。
正直まだ混乱しているが、現実であんな遣り取りがあっては困るのだ。だから、夢という事にして落ち着くに限る。
そうしなければ、これから先やっていける気がしない。
「……うわ……何か頭痛い……」
――忘れ去る事の出来ない、苦い思い出が蘇ってきた。それを脳内で掻き消し、高校に行く為の準備を始める。
静かな朝は、物寂しさを深まらせた。
*
つい二ヶ月前、転校した。前の学校で苛めに合い、耐え切れなくなって逃げたのだ。同時に一人暮らしもはじめ、家事に勉強にと忙しい日々を送っている。
苛めの理由は、少し特殊だった。しかし、どうしようも無い事でもあった。
いじめられるようになった原因――それは、恋愛対象が同性だと知られたからだ。
一般的に、同性恋愛は好まれない。遊び半分での付き合いならまだしも、本気だと知られれば終わりだ。恰好の獲物にされて延々弄られ続ける。
自分にとってはどうしようもない性質を、からかわれるのは苦痛以外の何物でもなかった。
だからと高校を変え、知り合いのいない場所を選んだのだ。
絶対に、前のようなへまをしたりしない。絶対に素振りや態度を見せない。そう決意していた。
*
「おはよう久保くん」
「お、おはよう早川くん」
今朝方目にしたばかりの人物に、一瞬鼓動が跳ね上がった。夢を思い出し、思わず目を逸らす。
声を掛けてきたのは、入学して一番最初に会話した人物で――早速惚れしてしまった相手である。
名前は、早川マコト。綺麗な黒髪に、少し細めの鋭い瞳。どこか抜けていて、やや人と違う空気を醸している。笑顔と口数はあまり多くなく、クラスの中でも影に近い人物だ。
しかし、惚れてしまったのにはちゃんとした理由がある。転校から数日後、人見知りゆえ孤立していた僕に声を掛けてくれたのだ。
多分、困っている人を放っておけないタイプなのだろう。その事は、彼を視線で追いかけている内に分かった。
その後も、ことあるごとに接してくれて、迂闊にも好きになってしまった。
いや、もちろん言わないけど。と言うか、言えないけど。
本当は、恋もしない予定だったんだけどな。
*
「久保くん、そう言えばさ」
孤立を始めて早々から、早川くんとは昼食を共にするようになった。元々一人で食べていたのか、それとも固定の友人がいなかったのか、それは分からないままだ。
因みに、体育館前の階段で食べるのが恒例である。
「何? あっ、さっきの授業のこと? 個人の価値観がどうこうのって言う――」
早川くんの席はちょうど一個前で、授業態度が意図せずとも見えてしまう位置にあった。今日の早川くんは、いつもより真剣で、何やら考え込んでいるようにも見えた。
「いや、一ヶ月くらい前のことの話なんだけど」
――のだが、授業は別に関係なかったらしい。彼の台詞に含まれる日のことをゆっくり回顧する。
「……えっと、何だっけ?」
新たな環境への対応と忙しさに追われており、正直一ヶ月前何をしていたか曖昧だ。
「久保くんが走って行っちゃった日のことだよ。俺が久保くんに好……」
「ちょ、ちょっと待って……! え!?」
だが、引き金になるワードに当日の事件が蘇った。毎日のように見てきた出来事が、鮮明に脳裏に映し出される。
そうだ、約一ヶ月前、彼は唐突に尋ねてきた。
僕に、〝俺のことが好きだろう〟――と。
……って、夢じゃないのかよ!
一人突っ込みし、赤らんだ顔を隠すように反対側を向く。
どうやら、夢見続けていた会話は現実の物だったらしい。僕がただ、逃避し続けていただけのようだ。
一ヶ月もの間、話題にも上らず、夢として見続けていれば混乱してしまうのも当然――な訳がないよな。
はっきりと現実を自覚した瞬間、防衛本能が動き出した。以前の失敗を、再び繰り返す訳には行かない。
「え、あ、そのことなんだけど、無いです。それは無いです。だって僕男だし。ね、有り得ないでしょ」
にこにこしながら力説すると、早川くんは首肯も何も無く口を開いた。
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