Criminal marrygoraund

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「あれ?淑瑠さん?お早いですね」

 昨晩、消灯時間前、鈴夜の部屋にやってきたナースに促され部屋に戻ったは良いものの、気になって今朝早く出てきてしまったところだ。
 殆ど誰もいない廊下、控え目な笑顔で立っていたのは柚李だった。

「…鈴夜さん、大丈夫そうですか?」

 柚李は淑瑠に配慮してか、申し訳なさそうに尋ねてきた。

「…命に別状はないそうですよ」
「…そうですか、でも鈴夜さん怖かったでしょうね…」
「…そうですね」

 鈴夜の味わった恐怖を思うと、本当に本当に辛くなる。

「なんだか最近、この辺物騒なので怖いですよね…」

 淑瑠は、返事が上手く出来なくて黙り込んでしまった。

「淑瑠さんも気をつけて下さいね」
「…柚李さんも、お気をつけて」

 別れを告げると、淑瑠は一目散に鈴夜の部屋へ向かった。


 朝の町を歩いていた凜は、目の前に立つ人物に酷く怯えていた。こちらを見る目付きは鋭く、形相は鬼のようだ。

「…鈴夜に手出したのお前だろ…」
「……ち、違います…」
「嘘付け!大智にも鈴夜にも手を出して、何のつもりだ!」
「…だから、違うんです…私は何も…」

 凜が体を傾けたのを見逃さなかった依仁は、凜の肩を掴み無理矢理留めた。
 凜は、その力の強さに表情を歪める。

「お前が¨かえで¨なんだろ!金がほしくて大智殺したんだろ!水無さんも…!でもな違うんだよ!関係ないんだよ!知らなかっただろうけどあいつは関係ないんだよ!」

 依仁は必死に、凜に真実を突きつけた。
 この事件はCHS事件に関わっていると、サイトを小まめに見ていた依仁は確信していた。
 そしてCHS事件の関係者をよく知っている依仁は、鈴夜が無関係な人間であるともちゃんと理解していた。

「…知ってます!」

 凜は叫んだ。目を瞑って、顔を斜めに背けた状態で。

「ならなんで!」
「…だから違いますって…!何で信じてくれないんですか…!」
「信じられるかよ!可笑しすぎるんだよお前!」

 凜の顔に、深い深い影が纏った。声が出ないのか、返事が返ってこない。

「…離して、下さい…」

 あの時聞いた深く低い不気味な声が、凜と依仁の二人だけの世界に響いた。
 依仁は一瞬硬直する。
 だが、声色は直ぐに変化した。

「離して!誰か助けて!」

 凜が回りに向けて叫びだしたのだ。
 依仁は、自分の真意が読まれたのかと思い慄いてしまった。
 周りに立っていた家の住人が、なんだなんだと外に出てきて騒ぎ出す。
 依仁は見られてしまっては困ると思い、肩を掴んでいた手を離した。

「…ご、ごめん、言い過ぎた」

 必死に思考を回して考えた末、恋人の振りをして乗り切ってみる事にした。
 凜は隙を見つけ、走り去る。依仁は反応できず、結果逃がしてしまう破目になった。


 走り去った凜は泣いていた。依仁の発言を聞いて、抱いていた疑問の答えを確信していた。
 自分の意図した事ではないが、自分が招いてしまった結果なんだと飲み込もうとする。

「…水無さん、ごめんなさい…」

 凜は、ポケットの携帯に力強く手を当てた。


 警察署にて机に向かいながら、ねいはメモ帳を捲っていた。何回もページを行き来しているため、ノートは本来の薄さよりも膨張している。

「…結局手掛かりになりそうな証言はなし、か…」
「まぁ土砂降りの雨の中でしたし、夜中でしたからね~」

 泉はお腹がすいているのか、ポテトチップスを摘んでいる。

「折原さんの証言も可笑しい所はないし」
「でも、怪しいって言えば怪しいですよね!」

 ねいは訝しげに、泉を横目で見た。

「どこが」
「どこがって言うか、第一発見者って言うポジションが!あと被害者の水無さんとは上司と部下の関係みたいですし、大体こういうのって犯人は知人って説が多いじゃないですか~」

 泉は捜査が面倒なのか、必死に適当な推理を並べる。
 だがねいは、幾らなんでも適当すぎると、深い溜め息と共に見解を流した。


 歩は会社にいた。会社に居ると他に考えなくてはならない案件が多く、鈴夜の件から想いを逸らす事ができた。
 何も考えない時間が一秒たりともできないようにと、昼の休憩中にも自ら仕事を作り勤しんだ。

 鈴夜が事件に巻き込まれた事は、空気を悪くしないようにと思い、社長と上の立場にある人間、そして歩だけの秘密にした。
 鈴夜の同僚達には、軽い事故にあったから暫くは休みになる、とだけ言っておいた。


 電話越しにでも分かった怒りに、休憩中電話をかけた樹野は縮こまってしまっていた。

「…そうだったんだ、…うん分かった、気をつけるね…」

 昨日の電話の流れから、鈴夜の事、凜の事など、色々な事を一気に聞いてしまい頭がいっぱいになる。
 凜はやはり犯人だったのだと怒り狂う依仁に樹野は何も言えず、ただ黙って話を聞き続けた。
 凜が犯人だなんて、とても残念だ。
 樹野は正直まだ信じられはしなかったが、依仁がここまで確信しているのだ、何か理由があるのだと思い受け入れる事にした。

「…今日は帰り何時になる?」
「…4時位かな…」

 きっと、自転車で通っている自分を心配してくれているのだろう。

「迎えにいく、待っててくれ」 

 依仁のこういう優しさがあるから、樹野は依仁を嫌いにはなれないのだった。
 昔から彼は何も変わらないな、樹野は自分でも把握できない心境に小さく溜め息を零した。


 町は静かだ。報道規制により、地元番組で事件について放送されてはいないが、今のご時世携帯での情報取得があるからか人並みが衰退した気がする。
 まだ何も知らない少数派が居るくらいか。町民による、噂の力も一役買っていそうだ。

 そんな見るからに変化した町並みを、鞄を抱えた緑は見ていた。
 そんな緑は、ニュースを知りながらも駆け足をする事無く、いつも通り近道を使って歩く。
 目的地に辿り着いた緑の目の前に聳えるのは、比較的こぢんまりとした警察署だった。
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