Criminal marrygoraund

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 次の日、鈴夜の部屋に淑瑠の姿は無かった。部屋の中では、点滴の雫が落ちる音だけが響く。


 その頃淑瑠は、自分に宛てられた部屋でベッドに伏せていた。

「…うーん、退院は先延ばしにしたほうがいいかもしれないなぁ…」

 溜め息を含んだ医師の言葉を、横になったままの淑瑠は、唯々無言のまま耳を傾ける。
 ついこの間の無理が祟ったのか体調を悪くしてしまい、結果、今日は退院予定日だったが、もう少し様子を見る事になりそうだ。

「…はい」
「次こそ絶対安静だからね」
「…すみません」

 鈴夜の前だった事もあり平気な振りはしていたが、実は事故をした時、命の危険もあった位には被害を受けていた。

「大丈夫、直ぐ退院できるよ。それじゃあね」

 医師が、にこやかな笑顔を落とし去ってゆく。
 淑瑠は大きな溜め息をついた。鈴夜の事を気にしながらも、動こうとしない体をもどかしく思った。
 しかし、こんな姿を見せる訳にも行かず、淑瑠は仕方が無く回復を信じて目を閉じた。


 その頃凜は自宅にて、真っ直ぐに携帯を見詰めていた。画面は、メール製作画面である。
 いつかの時間を繰り返すように、書いては消して書いては消して、時間を無駄に消耗して行く。

 でも、今日は諦めなかった。
 彼に伝えたい事がある。いいや、伝えなくてはならない事がある。全てを終わらせてから、もう一度堂々と会えるように。
 凜はまた考え、確定しては削除していった。

 ――少し経った凜の目の前には、¨送信しました¨の文字があった。
 もう一度送信ボックスを確認してから、パソコンに向かいタイピングする。
 ネット上に表明してしまった決意を見詰めて、もう後には引けないと自分に言い聞かせ、椅子から腰をあげた。

 何歩かだけ歩いて、文房具の集まった引き出しから、切れ味の良さそうなハサミを手に取った。


 依仁の車から、樹野が降りる。目の前には、ピンク色の外観をしたアパートが建っている。
 依仁は窓を開き、樹野の様子を眺めていた。

「ありがとう依仁君、ごめんね送ってもらって」
「心配だからな、また送る。仕事終われた時しか無理だけど、出来るだけ」
「…うん、ありがとう」

 サイト内で関係者が狙われている事を確信した依仁は、昨日同様、樹野の安全の為こうして家まで送っていた。
 だが、依仁も仕事を持つ身である。それが毎日できない事もよく分かっている。
 故に、事件収束への焦りも尋常ではなかった。

「じゃあな」
「うん、じゃあね」

 階段を駆け上がる樹野の背を見届けて、窓を閉めようとした時だった。
 聞き覚えのある声が依仁の耳に届く。

「依仁?」

 扉を再度開き、やや後方――聞こえて来た声の方を向いた。
 するとそこには勇之がいた。勇之の目は、キラキラと輝いている。

「久しぶり、どうしてここにいるの?」
「ちょっとな」

 対照的に依仁は、冷めた目で勇之を見た。
 勇之は久しぶりの旧友との再会に喜んでいるのかもしれないが、依仁はそれどころではないのだ。
 心を埋めるのは凜の事と鈴夜の事、そして樹野の事ばかりだ。

「…なぁ勇之、突然なんだけど凜って奴の事知ってる?金髪の女なんだけど」

 勇之は考える素振り一つ見せず、即答する。

「凜?誰それ知らないよ」
「だよな」

 勇之も知らないという事は、凜はやはりCHS事件に直接関わった人間ではないのだろう。ほぼ確信はしていたが、これで更に強く確信した。

「もしかしてさ、犯人探してるの?」

 唐突に言い当てられ依仁は、驚愕してしまった。なんの脈絡も無く言い当てるなど、誰が思っていただろうか。
 そんな勇之は、怪しい笑顔を浮かべている。

「お前なんでそれを…」
「いやぁサイト見てたらそうかなって、依仁4896ってサイト使ってるでしょ」

 サイトを使用している事は愚か、そのサイトの名まで的確に言い当てられ、依仁は悪寒を感じた。
 勇之も昔から仲良くしていた友人の一人だが、その頃から読み辛い所があったなと、唐突に小学生時代を思い出した。

「……もしかして勇之もか?」
「いいや、仕事場で¨最近起こった事件に関わりがあるらしい¨ってこのサイトの噂を聞いてね、見てみただけだよ」
「…そうか」

 だったら彼も、他人事ではない筈だろう。
 だが、勇之の表情に怯えは見えなかった。寧ろ楽しそうにみえる。
 依仁はまた急に、昔の出来事の一場面を思い起こしていた。

「あんまり関わり過ぎないほうがいいと思うよ、依仁が巻き込まれるのなんか僕も嫌だからね」
「…勇之もな」
「僕は大丈夫だよー」

 勇之は断言できる理由でもあるのか、笑顔のまま言ってみせた。
 依仁は対応に困り、その場をやり過ごす方法へと思考を切り替えて、

「…じゃあ帰るわ」

 早々にそれは見つかった。

 
 依仁は帰宅して早々、携帯が光っているのに気付いた。
 よくある事ゆえ驚きも無く、ただ時間があるからとサイトを開きチェックする。

春野桃>これから警察に行ってこのサイトの事話そうと思ってます…!皆やっぱり悪い事は駄目だと思うから分かってね!

 その書き込みに、依仁は焦りが隠せなかった。
 警察にばれてしまえば、事件が更に大きくなる気しかしなくて、それに関わる人間が不幸になってしまう気がして、怒った人間が――大智を殺した凜や、他の関係者が――また殺しを始めてしまう予感がして怖くなった。
 どうしても、阻止しなければならないと思った。

 故に依仁は、心の織り成すままに本心を書き込む。相手がどこの誰だか分からない以上、言葉で捻じ伏せるしか道は無いだろう。

>行かせるか事を大きくするな話したら殺すぞ


 消灯時間が過ぎ人々が寝静まる中、鈴夜は無意識の内で彷徨っていた。
 誰かが自分の後をつけて、追いかけて来るのが分かる。けれど、その顔は傘に隠れて全く見えない。
 服の色も傘の色もシルエットも全て、土砂降りに霞みよく分からない。

「…水無さん、水無さん…水無さん…」

 曖昧に記憶している声が、何度も変化しながら聞こえてくる。
 それは凜の声になり、依仁の声になり、勇之の声にも明灯の声にも、歩の声にもなる。
 気付いたら、最早誰でもない黒い影が距離を詰め後ろに立っていて、鈴夜が振り向くと、手に持つ凶器を向けてきた。
 きらりと光る銃口が鈴夜を睨み付け、緊張状態が体を硬直させた。

 誰か助けて。死にたくない、死にたくない。
 声は出ない、逃げる事も叶わない。恐怖だけが、金縛りでもしているみたいに全身を支配し侵してゆく。
 誰か、助けて!誰か、誰か誰か!
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