Criminal marrygoraund

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 必死に何度も心の中で叫んだ末、鈴夜は白い天井を目にした。状況が今一理解出来ず、呆然としてしまう。
 視界の左側にぼんやりと移りこんでいた点滴に、焦点を合わせ漸く分かった。
 ここは病院で、自分は生きているのだと。

「鈴夜!」

 視界に急に現れた淑瑠は、焦りを含んだ、けれどぱっと明るい笑顔を浮かべていた。

「…淑兄…?」

 はっきりとしない意識で、その名を呼ぶ。まだ意識が朦朧としていて、まるで夢の中にいるような感覚に陥っている。
 だが、現実だと分かる、なんとも奇妙な感じだ。

「良かった鈴夜!本当に良かった!!」

 淑瑠は右手をぎゅっと握り、そう叫んだ。笑顔を維持したまま泣いている。

「調子はどう?辛くない?」

 訪ねられ暫く考えていると、急に痛みに気がついた。左腹部が鈍く痛みを訴えている。
 それがきっかけで、先程の夢や自分の身に起こった出来事が、一気に感情を刺激してきた。
 恐怖が舞い戻ってきて、心を破壊しようとする。

「…だ、誰か…助けて…、助けて…!」

 天井も点滴も淑瑠も、ちゃんと視界に映ってはいた。けれどショック状態にあるみたいに、恐怖から抜け出せない。

「鈴夜!大丈夫だよ!もう大丈夫なんだよ!」

 目を見ながら、必死で淑瑠は訴える。まるで暗闇の中、まだ事件と相対しているような鈴夜の右手を更に力強く握った。

「鈴夜!もう怖くないから…!だから鈴夜…!」

 壊れたようになってしまった鈴夜に、淑瑠は涙を浮かべながらも必死に慰めを叫んだ。


「……混乱されていたみたいですね、まだ意識がはっきりとされていなかったのでしょう」

 声を聞きつけやってきたナースの処置のお陰で、迅速に事は収められた。
 淑瑠は初めて見る鈴夜の姿に、ずっと絶句していた。

「では、私はこれで失礼いたします。また何かあったら呼んでくださいね」

 丁寧にお辞儀を残し去っていったナースを一瞥し、淑瑠は目の前でぐっすりと眠る鈴夜の顔を見詰める。
 優しくて、心が弱い鈴夜の事だ。事件に巻き込まれたのだから、怖くて当然だろう。いや、鈴夜で無くとも怖い物は怖いはずだ。
 このまま彼が、壊れてしまいませんように。淑瑠は鈴夜の頭を撫でながら、切実に、切実に願った。


 その頃凜は緊張の面持ちで、とある場所に向かっていた。
 重い体を操り、進みたがらない足に言う事を聞かせ、ゆっくりゆっくり歩いてゆく。
 いつもみたいなヒラヒラとしたスカートは、今日は封印しておいた。
 周りですれ違う数少ない人間が、自分を見ている気がして恐縮してしまう。
 何度も家に戻りたくなったが、堪えた。

 ――随分長い時間、歩いた気がする。
 暗い顔をした凜の目の前に立ち聳えるのは、小さくも多大な威圧感を纏った建物、警察署だった。
 視線が刺さる警察署の玄関を跨ぎ、息を呑んでから受付の女性に声をかけた。

「………あ、あの…すみません…!お話したい事があるのですが……!!」


 鈴夜が目覚めた時には、淑瑠は座ったまま転寝していた。その目には、涙が滲んでいる。
 先程、曖昧な記憶の中、淑瑠が泣いているのを見た気がする。
 カーテンの隙間から見えた空は、薄暗く気味が悪い。

「……淑兄…?」

 淑瑠は声にすぐさま反応し、勢い良く目覚めた。

「…鈴夜!大丈夫!?」

 酷く焦りを浮かべている。
 鈴夜は腹部の痛みに気付きながらも、なんとか状態を起こそうとする。それを淑瑠が反射的に手助けした。

「…大丈夫?鈴夜」
「…うん、ありがとう、大丈夫だよ」

 鈴夜は、作り笑いを浮かべた。湧き上がる恐怖を自分の中で押さえつけながら、必死に取り繕う。
 淑瑠は先程見た鈴夜の姿と、今の姿を比べて複雑な思いに駆られた。
 だが、落ち着いているに越した事は無いと、敢えて何も言わなかった。
 静寂が包んだ部屋に、ノックの音が響いた。鈴夜は急に聞こえた音に、驚いて肩を竦めた。
 部屋に姿を現したのはナースだった。

「あっ、やっぱりここにいた、先生探してましたよ」
「あっ、すみません、行きます」

 忙しいのか用件だけを述べ、直ぐに去ってしまった。

「……ごめん、行くね」
「うん」

 淑瑠は、心配そうに何度も振り向きながら部屋を去っていった。
 鈴夜は誰もいなくなった部屋で、浮かべていた笑顔を即座に消す。一人になると、後ろから誰かがやってくるような感覚に襲われる。後ろは壁なのに、気配を感じて振り向いてしまう。
 雨の音も部屋の暗さも全く違うのに、鈴夜の中から恐怖は抜けきらなかった。
 思いもしない涙が零れだした。

 暫くすると、またノックが響いた。急な音に、また肩を窄める。
 ナースかなと思い目を擦りながら扉を見ると、歩が顔を出した。急いできたのか、激しく息を切らしている。

「鈴夜くん!遅くなってすまないな!」

 しかし、その顔は笑顔だ。

「…折原さん…」

 だが、鈴夜の顔を見た途端、笑顔を潜めてしまった。
 自分が目を晴らしている自覚があったため、理由は聞かずとも分かった。

「…怖かったよな、でも無事で本当に良かった」

 歩は丸椅子に腰掛けながら、静かな声を零す。その優しい言葉に、一回は緩まった涙がまた溢れ出すのが分かった。
 止めようと気持ちを動かすが、止まらない。
 歩は困った笑顔で、頭を優しく撫でてくれた。
 それが涙する許しに思えて、鈴夜は堪える気持ちを放り出していた。

「…本当に怖かったです、本当に本当に…」

 撫でられたまま、大粒の涙を落とす。
 その後、消灯時間が過ぎても、ナースに許可をもらって歩は隣にいてくれた。
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