Criminal marrygoraund

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 夜明けが来た。一夜で随分と精神力が削げた気がする。酷い顔をしているのが、鏡を見ずとも自覚できる。
 淑瑠が見たら、きっとまた心配してしまうだろう。
 鈴夜は、少しでも見栄えを緩和しようと、顔を洗う為洗面所へと足を踏み出した。

 力ない体を引き摺りながら暫く歩くと、後方から随分懐かしい声が聞こえた。

「あれ?水無さん…っすか?」
「………浅羽さん?」

 振り向き見た依仁は、点滴を引き連れ歩いていた。病院服から見える、胸元の包帯に目が向かう。
 鈴夜は、事件の気配に恐怖し、体を硬直させる。

「…大丈夫っすか?随分具合悪そうっすけど…」

 だが、聞こえて来た声に我に返り、無理矢理口角を上げた。

「……大丈夫です、浅羽さんは…?」
「全然っす、暇すぎて今散歩してたんすよ」
「…そうですか…良かった…」

 にかっと歯を見せた依仁の症状が、想像よりも軽くあった事に昂ぶっていた心は鎮まる。
 鎮めた事で見えた、依仁の体の傷に気付いた。
 露出した腕や鎖骨付近に、無数の痣や少しの切り傷があったのだ。目元の眼帯も外れていて、瞼には古い切り傷が見えた。

 その瞬間、記憶から一つの情報が呼び出される。
¨事件の直接原因は、主犯格にあたる少年が酷い虐めを受けていた事から、復讐として犯行に及んだ物だと考えられるが、詳しい事は分かっていない¨ 

 いつかに見た記事の一文が浮かんできて、可能性を大きく重ねてしまう。
 岳は依仁も、加害者の一人であると言っていた。だとしたら。

「………あ、浅羽さん、その傷…」
「あぁ、これっすか。昔のやつっすよ」

 依仁は平然とした態度で、自分の傷を見回していた。

「やっぱ目立つっすか」

 流れから、依仁が復讐を持ちかけてきた時の一場面を思い出した。確か、怪しいのは加害者だと言っていた。
 その事からも鈴夜はずっと、依仁も大智も被害者だと思い込んでいたのだが、あれはどういう積もりで言ったのだろう。
 始めから騙す積もりで言ったのだろうか。それとも本当に、自分の仲間が怪しいと思っての事だったのだろうか。

「………………苛められていた時の傷、ですか…?」

 鈴夜は、発言の意思無しに飛び出した言葉に、自分自身驚きを隠せなかった。
 だが依仁の方が、それ以上に驚愕を露にしている。

「……なんで、知ってるんすか…?」

 可能性は、大方確信に変わった。
 鈴夜は、探究心と真実を知る怖さに揺れながらも、僅かに頭を出す探究心に従い、驚く顔に事実を突きつけた。

「………読んだんです…浅羽さんがCHSの…」

 だが、指を唇に軽く当てられ、声は自然と消えた。

「……それ、部屋でいいっすか…?」

 依仁の鋭い目付きが、鈴夜の視線を捕らえていた。


 緑は、頃合悪く出会った柚李に歩みを止められ、反射的にその口を塞ぎ体を抱き竦めていた。

「…すみません、少し静かにお願いできますか?」

 柚李は僅かに動揺しつつも、すぐに冷静になり頷いた。緑はすぐに掛けていた腕を解く。

「…すみません…手荒な事して…」
「…このくらい大丈夫ですよ、どうしました?」

 緑は戻せない現状に、焦りを浮かべた。なぜなら現在、秘密調査中だからである。
 実は緑は、ねいからの命令で、とある人物を追跡していた。
 秘匿の追跡行為に置いて、気配を悟られるというのは危険であると判断し柚李の口を塞いでしまったが、賢明ではなかったかもしれないと今更後悔する。

「……何をしていらしたんですか?」

 正直に話してしまうか、誤魔化すかに揺れ惑った。
 柚李に対しては、少なからず警戒心がある。この間、CHSの情報が欲しいと言われ断りを入れて以来、柚李の思惑が読めないからだ。その先の行動が、読めないからだ。
 だが、偽るのも難しいだろうと、素直に状況だけ説明する事にした。

「…実は調査で、とある人物を尾行していました」
「…な、なるほど、邪魔しましたね」

 柚李は行為の理由を理解し、真っ直ぐ緑を見たまま頷く。

「…加害者の人ですか?」
「…そうです、ね」

 CHSの加害者について捜査しているのは、この間の話から既に知られていると把握していた。故に、嘘は必要ないと判断した。

「……ねいさんは鈴村さんに尾行させて、何をするつもりなんでしょうか…」

 柚李の疑問は、自然的だ。調査なら、尾行という地道な手段を選ばず堂々とすればいいのに、こんなに地道に行う理由は恐らく直ぐには思いつかない。
 内密に行われていると知らない、彼女なら尚更。

「…さぁ…?」
「…逮捕する瞬間や理由でも探しているんでしょうか…?それとも復讐でもするつもりなのでしょうか…」

 必死に考える柚李は、真剣そのものだ。この調子では、直接ねいに聞きかねない。

「……あの、話した事は大塚さんに秘密でお願いしますね」

 故に緑は、直接の口止めを選んだ。

「……分かりました。…あの…加害者について何か分かれば私にも教えてください…やっぱり諦めきれないのです」

 それが、弱みになってしまうと分かりながら。


 淑瑠は鈴夜の家にて、一日分の着替えを用意しながら考えていた。
 昨日鈴夜は、倒れてしまう程の調子の悪さを我慢してまで仕事へと向かった。抑えきれないはずの不快感を口にも出さず、弱みさえ一切顔に出さず笑っていた。
 それは病院に運ばれてからも変わらず、鈴夜はずっと笑顔を絶やさず浮かべ続ける。

 その理由は明確だ。歩にも自分にも、心配をかけたくないと思っているからだろう。
 ずっと、ずっと、強く。
 明らかな無理をしているのが目に見えて、心が引き裂かれるように苦しい。
 けれどやはり、鈴夜の頑張りを自分なんかが止められる訳が無いのだ。止めた場合、鈴夜の取るであろう行動を想像してみるが、全く見えなくて恐ろしいのだ。

 自分は一体、鈴夜に何をしてあげられるんだろう。いや、寧ろ近くに居る事で鈴夜の重荷になってはいないだろうか。
 長い事続く似たような葛藤に、淑瑠は今朝も深い嫌悪感を胸に落とした。


 岳は踏み切りの前に立ち、通り過ぎる電車を目視していた。
 ここに来て電車を見ると、毎回あの日を思い出す。
 鈴夜が、自分の命を救ってくれた日の事だ。

 あの日ここで電車に轢かれ死んでいたら、志喜に出会う事も、こうして前向きになる事も出来なかった。
 毎朝のように電話するという、些細な幸せさえも無かったかもしれないのだ。
 鈴夜には感謝しても、し尽くせない。
 色々とあってから、鈴夜の元へ顔を出せていない気がする。
 岳は予定の空く夕方頃、家を訪ねてみようと決めた。
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