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翌日鈴夜は、目の下に隈を作ったまま手荷物を纏めていた。昨日は行けなかったが、苦痛に見舞われる淑瑠の事がどうも気掛かりで、朝が訪れ次第立ち上がっていた。
昨日も、病院から通院を促す連絡が入ったが、受話器を取るだけとって断りを入れ、放棄してしまった。はじめは申し訳なさもあったが、繰り返す内慣れ始めてしまっている。
自責に比例して流れ出した涙が、また頭痛を引き起こし、減食により栄養不足に陥った体が不安定さを訴える。
けれど、それでも向かわなければと思った。
◇
ねいは美音の自宅に行ったのだが、母親に強く拒否され序に罵倒まで浴びせられ、苛立ちの元帰宅していた。
そう、疑惑の対象は美音だった。
「どうでしたー?」
「あの母親最悪」
「ですよねー」
泉は事情聴取のために母親と対面した事があり、その時散々酷い発言を浴びせられた事をはっきりと覚えていた。
「警察手帳を取り出した瞬間、顔色を変えましたからねあの人。狂ってますよ、可笑しい人種の人ですよ」
泉は相当気持ちにダメージを受けていたのか、今更になって不満を垂れ流し始めた。
「…そうね。にしても妹さん、こうも毎回どこに行っているのかしら」
行動が掴めないというのは、簡単に疑念を生む要因になる。出掛け先にてアリバイが成立すれば良いのだが、無ければ更なる詮索が必要になるだろう。
「うーん、待っていればその内お家に帰りたくなって帰って来るんじゃないですか?」
「…また行けと」
「仕事ですから」
美音の場合は喜んで受け容れそうだが。ねいはいつかに美音自身から発言された告白を空に並べた。
◇
本日は金曜日だが、会社の中に浮付きはなかった。地元で事故と事件が同時に起こったのだ、やはり皆他人事とは思えないのだろう。
歩は全体が見回せる席に座っているのだが、周辺からははっきりとはしない、けれど緊張感に似た物がびんびんと伝わってくる。
こうして業務に打ち込んでいる時に何かが起こったらと考えると、歩自身も気が気でなかった。
しかし、明日の時間を有効に使う為には、今日の内に仕事を片付けてしまうのが必須だ。
歩は思考を遮断し、打ち込むべく真直ぐにパソコンに視線を置いた。
◇
鈴夜はノックの為に作った握り拳を、扉の寸前で止めていた。扉越しではあまり音が聞こえず、中の様子が伺えない。
冷や汗が伝い落ちたが、鈴夜は決意を固め、手の甲骨をコツンと軽く扉へ当てた。
返事は無かった。来訪を知らせる声を作り上げて、緊張に震えながら入室する。
目にした淑瑠は青い顔で、かなり辛そうではありながらも、当初のような苦悶は無かった。点滴は繋がっていて、薬液は大分減っていると見える。
開いた空間に見えた車椅子に、重症度を測ってしまう。
「……淑兄……僕だよ、鈴夜だよ、淑兄……」
無反応な淑瑠に対し何度か自己申告すると、淑瑠は目を細めて鈴夜を見た。
「…………鈴夜……?」
「……あの、昨日は……えっと、来れなくてごめん……」
謝罪は控えようと思いつつも、感謝を上乗せできる内容でもなく、鈴夜はそのまま発言した。
淑瑠は、明らかな苦痛の上に浅い笑顔を乗せる。
「………こちらこそ…この間は…ごめん…、ご飯の約束……したのに……」
辛い筈なのに、淑瑠が考えていることは、取るに足らない自分との事ばかりだ。その優しさが、真直ぐに自分ばかり見る姿勢が痛々しい。
「大丈夫だよ…! また今度作ろうよ…! 淑兄がまた元気になって家に戻ってきたら…!」
「…………うん……」
淑瑠は痛むのか後頭部に手を当て、堪えきれない苦痛を表す。鈴夜は今まで見たことの無い姿に、目尻の温度を意識した。
自分の所為で苦しませている。どう償えば淑瑠は救われるだろうか。どうすれば良いか分からない。
「……ごめん、ごめん……」
何の力も振るえない、痛みを微塵も緩和してあげられない自分に、鈴夜は多大な無力感を噛み締めた。
◇
依仁はまだ目覚めなかった。静かに目を閉じたまま微動だにしない。
医師からは、重要な器官からは外れていた為、恐らく後遺症は残らないだろうと言われたが、詳しい事は本人が目覚めてみないと分からないとの事だ。
もし、これから先、依仁が不自由する事になってしまったら、全ては自分の所為だ。強く止めなかった自分の所為だ。依仁に頼りきりになってしまった自分の所為だ。
そもそも、依仁がこのまま一生目覚めなかったら。
樹野は現実になり得そうな想像に、悪寒を走らせた。
依仁の優しさに、笑顔にもう会えないなんて考えられない。そんな苦痛を味わうくらいなら、死んでしまった方がマシだ。
樹野は何度も考えた自殺シーンを描いて、恐怖に戦慄いた。
ノックが響く。柚李の存在を期待したが、現れたのは見知らぬ女性だった。鋭い瞳に樹野は怯える。
彼女が依仁を襲った人物であるならば、今ここで殺されてしまう――。
「すみません、警察のものです」
想像は呆気なく外れた。服装を見れば一目瞭然なのに、焦りすぎて気付かなかった。
「……な、なんでしょうか?」
「……事件直後で申し訳ないのですが、お話聞かせていただけますでしょうか?」
樹野はまだ鮮明に覚えている、4日前の夜を脳内に浮かべた。そうして泣いてしまった。
昨日も、病院から通院を促す連絡が入ったが、受話器を取るだけとって断りを入れ、放棄してしまった。はじめは申し訳なさもあったが、繰り返す内慣れ始めてしまっている。
自責に比例して流れ出した涙が、また頭痛を引き起こし、減食により栄養不足に陥った体が不安定さを訴える。
けれど、それでも向かわなければと思った。
◇
ねいは美音の自宅に行ったのだが、母親に強く拒否され序に罵倒まで浴びせられ、苛立ちの元帰宅していた。
そう、疑惑の対象は美音だった。
「どうでしたー?」
「あの母親最悪」
「ですよねー」
泉は事情聴取のために母親と対面した事があり、その時散々酷い発言を浴びせられた事をはっきりと覚えていた。
「警察手帳を取り出した瞬間、顔色を変えましたからねあの人。狂ってますよ、可笑しい人種の人ですよ」
泉は相当気持ちにダメージを受けていたのか、今更になって不満を垂れ流し始めた。
「…そうね。にしても妹さん、こうも毎回どこに行っているのかしら」
行動が掴めないというのは、簡単に疑念を生む要因になる。出掛け先にてアリバイが成立すれば良いのだが、無ければ更なる詮索が必要になるだろう。
「うーん、待っていればその内お家に帰りたくなって帰って来るんじゃないですか?」
「…また行けと」
「仕事ですから」
美音の場合は喜んで受け容れそうだが。ねいはいつかに美音自身から発言された告白を空に並べた。
◇
本日は金曜日だが、会社の中に浮付きはなかった。地元で事故と事件が同時に起こったのだ、やはり皆他人事とは思えないのだろう。
歩は全体が見回せる席に座っているのだが、周辺からははっきりとはしない、けれど緊張感に似た物がびんびんと伝わってくる。
こうして業務に打ち込んでいる時に何かが起こったらと考えると、歩自身も気が気でなかった。
しかし、明日の時間を有効に使う為には、今日の内に仕事を片付けてしまうのが必須だ。
歩は思考を遮断し、打ち込むべく真直ぐにパソコンに視線を置いた。
◇
鈴夜はノックの為に作った握り拳を、扉の寸前で止めていた。扉越しではあまり音が聞こえず、中の様子が伺えない。
冷や汗が伝い落ちたが、鈴夜は決意を固め、手の甲骨をコツンと軽く扉へ当てた。
返事は無かった。来訪を知らせる声を作り上げて、緊張に震えながら入室する。
目にした淑瑠は青い顔で、かなり辛そうではありながらも、当初のような苦悶は無かった。点滴は繋がっていて、薬液は大分減っていると見える。
開いた空間に見えた車椅子に、重症度を測ってしまう。
「……淑兄……僕だよ、鈴夜だよ、淑兄……」
無反応な淑瑠に対し何度か自己申告すると、淑瑠は目を細めて鈴夜を見た。
「…………鈴夜……?」
「……あの、昨日は……えっと、来れなくてごめん……」
謝罪は控えようと思いつつも、感謝を上乗せできる内容でもなく、鈴夜はそのまま発言した。
淑瑠は、明らかな苦痛の上に浅い笑顔を乗せる。
「………こちらこそ…この間は…ごめん…、ご飯の約束……したのに……」
辛い筈なのに、淑瑠が考えていることは、取るに足らない自分との事ばかりだ。その優しさが、真直ぐに自分ばかり見る姿勢が痛々しい。
「大丈夫だよ…! また今度作ろうよ…! 淑兄がまた元気になって家に戻ってきたら…!」
「…………うん……」
淑瑠は痛むのか後頭部に手を当て、堪えきれない苦痛を表す。鈴夜は今まで見たことの無い姿に、目尻の温度を意識した。
自分の所為で苦しませている。どう償えば淑瑠は救われるだろうか。どうすれば良いか分からない。
「……ごめん、ごめん……」
何の力も振るえない、痛みを微塵も緩和してあげられない自分に、鈴夜は多大な無力感を噛み締めた。
◇
依仁はまだ目覚めなかった。静かに目を閉じたまま微動だにしない。
医師からは、重要な器官からは外れていた為、恐らく後遺症は残らないだろうと言われたが、詳しい事は本人が目覚めてみないと分からないとの事だ。
もし、これから先、依仁が不自由する事になってしまったら、全ては自分の所為だ。強く止めなかった自分の所為だ。依仁に頼りきりになってしまった自分の所為だ。
そもそも、依仁がこのまま一生目覚めなかったら。
樹野は現実になり得そうな想像に、悪寒を走らせた。
依仁の優しさに、笑顔にもう会えないなんて考えられない。そんな苦痛を味わうくらいなら、死んでしまった方がマシだ。
樹野は何度も考えた自殺シーンを描いて、恐怖に戦慄いた。
ノックが響く。柚李の存在を期待したが、現れたのは見知らぬ女性だった。鋭い瞳に樹野は怯える。
彼女が依仁を襲った人物であるならば、今ここで殺されてしまう――。
「すみません、警察のものです」
想像は呆気なく外れた。服装を見れば一目瞭然なのに、焦りすぎて気付かなかった。
「……な、なんでしょうか?」
「……事件直後で申し訳ないのですが、お話聞かせていただけますでしょうか?」
樹野はまだ鮮明に覚えている、4日前の夜を脳内に浮かべた。そうして泣いてしまった。
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