私の優しいお父さん

有箱

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見えない世界と新しい世界

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 今日もまた、変わらない時間が流れる。
 幸せだけど少し物足りないの――そうお父さんに言ったら、きっと悲しませてしまうだろう。だから今日も、満足している振りをした。

 ふと、夜中に目を覚ます。朝は鳥が鳴き、夜は虫が鳴く。だから盲目でも大体の時間は分かった。
 だが、未だに夢の中にいるような感覚がある。あの夢の中だ。

 言い得ない不安が込み上げ、温度に触れようと横を手探る。だが、そこに温もりは無かった。

「お父さん?」

 お父さんが夜中に消えるのは、これが初めてではない。待っていれば、その内戻っては来るだろう。
 しかし、分かっていてもいつも探さずには居られなかった。
 
 静かにベッドを抜け、手探りで突き進む。物の配置は完璧に覚えており、ぶつかることはなかった。

 推測した居場所まで直進していく。歩いていると、ほんの小さな音声が聞こえてきた。ノイズ混じりの声だ。男の物だが、お父さんの声ではない。だが、居場所は確信した。

 少し進むと、突き出した手のひらにお父さんの背中が触れた。

「わっ、びっくりした。どうしたの、ユマ」
「起きちゃった。お父さん今日は何聞いていたの?」

 電源を落としたのだろう、ノイズ混じりの音声が消えた。空間が一気に静まり返る。
 代わりに、お父さんの優しい声が響いた。

「お話だよ。お父さんも眠れなかったんだ」
「私も一緒に聞きたい。お父さんが聞いてたやつ」
「ユマもよく聞いているやつだよ。僕もそろそろ眠くなってきたし、明日にしない?」

 だが、声は私に安らぎをくれなかった。なぜなら、お父さんが嘘を吐いていると分かったからだ。

 小音量だからか、お父さんは聞こえていないと思っているらしい。いや、実際に声が何を言っているかまでは分からない。
 だが、その声がどの物語の話し手でもないことは分かった。

 この確信は、今回限定の話ではない。お父さんは、私に隠れて何かを聞いている。これは確実だ。
 だが、恐らく聞かせたくない何かなのだろうとは分かる。それこそ、私を思って。

「……うん、良いよ」

 毎度、気にはなったが、お父さんを思って気付かない振りをした。大好きなお父さんの為に。



 新しい物語を聞いていると、お父さんの声が入ってきた。話が混乱しないよう、一旦音を止める。
 お父さんの温かな手が、私の両手を包んだ。

「ユマ、今度家を変えようかと思うんだ」
「家を? お引っ越しするの?」
「うん、ユマがもう少し住みやすい家が良いと思って。どうかな?」

 新しい家を想像してみる。住みやすさについて考えてみたが、大して何も浮かばなかった。
 ただ、変わってほしいポイントが一つだけ出てくる。変化した場合を思い描くと、胸が踊った。
 
「今でも不自由はしていないけど……。でも、素敵ね! お引っ越ししたら、外に出られるかしら?」 
「それは難しいかもしれないね。外はとても危険だから」
「そう……」

 だが、やはり駄目らしい。ふわふわした気持ちが萎れ、シュンとしてしまう。その様子に気付いたのか、お父さんはまた『ごめんね』と言った。悲しげな顔に、何も言えなくなった。
 
 引っ越しの話が纏まると、昼食を拵えにお父さんは部屋を出た。
 物語を再スタートし、耳を傾ける。ちょうど、男が船で旅出つ所だった。
 タイミングのせいか、いつにも増して心が奪われる。波瀾万丈な旅路が魅力的に思えた。
 
 ――外に何があるのか、どうしても気になる。一度くらい出てはいけないだろうか。少し覗くくらい駄目だろうか。

 思いが込み上げ、止まらなくなる。外出したことを知ったら、お父さんは酷く悲しむだろう。もしかしたら、怒られてしまうかもしれない。
 けれど、逆に何事もなく帰れたら。
 そうしたら、お父さんの負担を減らせるかもしれない。

 次から次へと溢れる考えが、怖いはずの世界をポジティブに見せた。
 たった一度だけ――。
 好奇心は、もう止まりそうになかった。
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