96の間には

有箱

文字の大きさ
4 / 5

4日目

しおりを挟む
 物のぶつかる音で目覚めた。寝落ちていた間抜けな自分に呆れながら、隣の部屋へと浸入する。

 そこには、拳を震わせた母親と、小さく蹲るキナがいた。強いダメージを受けたのか、蹲ったまま立ち上がろうとしない。
 死因が脳内に過ぎる。だが、未回収での死は有り得ない。しかし、彷彿とさせるほどには酷いものだった。

「全部あんたのせいよ」

 母親は酔っているのか、文句を吐きながらキナの背中を踏みつける。キナは自分を抱いたまま、懸命に耐えていた。何度もごめんなさいと言いながら。無邪気な姿を見ていたせいで、ただただ心が痛かった。
 
 攻撃が終わったのは数分後のことだ。母親は動かないキナを見て、学校に病欠の連絡を入れる。そうして電話を切るや否や、外出禁止と片付けを命じ、外に出ていってしまった。
 キナはその場で倒れ込み、脱力する。

「大丈夫か」
「……死神さんごめんなさい。探索行けないや……」

 だが、それでも尚、笑顔を向けてきた。
 こんな状態になっても、キナは他人ばかりを気にする。いや、人じゃない存在まで。
 ああ、彼女が最後の仕事じゃなければ良かったのに――。

「死神さん、お願いします……」

 キナは微笑む。起き上がれないほどの痛みを封じ、可愛らしい笑顔を飾る。そうして告げた。

「私の命を取って下さい……」

 それがキナの願いなら、迷わずに応えよう。それが彼女の願いなら。

 鎌を取りだし、大きく振りかぶる。刃を前に瞑られた瞳が、深い恐怖を晒していた。

***

 何の違和感もないことを不思議に思い、目を開ける。すると、刃は消え死神さんが屈んで私を見ていた。
 茫然とする。体の痛みが鎌によるものなのか、生きているせいなのか曖昧だ。

「終わった」

 だが、淡々と言い切られて、済んだ後であると知った。
 私の命は終わったらしい。あの日々も、痛みも、苦痛も一緒に。けれど、終わったのはそれだけじゃなくて――。

「キナ、本心を聞かせてくれないか?」
「えっ」

 死神さんの願いに躊躇いを覚える。身に付いた癖が否定を作る。

「もういいんだ、言っても。誰の迷惑にもならない」

 だが、優しい声が注がれ、留め金が崩れるのが分かった。全て終わった今、躊躇う理由はない。そう気付いた瞬間、心が一気に溢れだした。

「……本当はお母さんと前みたいな家族になりたかった。学校の皆とも楽しく笑いたかった。一杯色んなもの見て、知りたかった。私、何も無くなるのは怖い! もっと生きていたかった! 私は――」

 同じような願望を、拒否を、後悔を、何度もぶつけてしまう。その内、許されなかった涙まで溢れてきて、私の頬はぐちゃぐちゃになった。反対に、心はどんどん透明になっていったけど。

「言えるじゃないか、それなら大丈夫そうだ」

 大丈夫の意味が分からず、絶句する。死神さんは相変わらず優しい声で、真実を私に告げた。

「本当はまだ回収していない」
「……じゃあ私……」
「ああ、生きてる」

 と、同時に死神さんの運命も思い出してしまう。私のせいで、死神さんが死んでしまうなんて考えたくもない。

「でもそれじゃあ死神さんが死んじゃう……」
「知ってたのか。まぁ俺はもう良いんだ」

 死神さんははっきりと、そしてあっさりと言い切った。あまりにはっきり言われて、嘘か本当か私には分からなかった。
 私には怖い"死"も、"死神"にとっては、また違った捉え方があるのかもしれない。

「……死神さんは怖くないの?」
「ああ、俺は怖くない。死の神さまだからな」

 ――なんて。
 不器用な笑顔に、何となく気付いてしまった。言葉を失う私に、死神さんは告げる。

「それより、最後に一つお願いをしても良いか?」

 願いを聞いてくれた死神さんに報いたくて、内容も分かっていないのに頷く。いや、彼なら酷いことは言わないと確信していたのかもしれない。
 それに、死神さんは私を優先してくれた。本当は、死神さんだって怖いくせに。

 死神さんは、小指を差し出してきた。どうやら、この仕草は人だけのものではないらしい。

「約束をしてくれ。何があっても生き続けると。生きる為に勇気を出したり、戦ったりすることを頑張ると。それが死ぬより辛くても」

 果てない怖さを感じる内容に、心が一瞬迷いを覚える。だが、それ以上の嬉しさが同意を決めさせた。
 たった一人にでも、生きてほしいと願ってもらえたなら、私は生きていたい。

「分かった! 私、頑張るよ! 頑張って生きる!」

 差し出された指に小指を絡めようとする。だが、やはりすり抜けた為、指先だけを付け直した。

「頼んだぞ。じゃあまずは、聞いてくれそうな誰かに心を打ち明けること。出来るか?」
「うん……!」

 明日からの一日が、想像の中で少しだけ変わる。
 何があっても、どれだけ痛くても。私は、生を願ってくれた死神さんの為に、生きることだけ考えよう。

 自分の命よりも、私の命を選んでくれた死神さんの為に。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...