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4日目
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物のぶつかる音で目覚めた。寝落ちていた間抜けな自分に呆れながら、隣の部屋へと浸入する。
そこには、拳を震わせた母親と、小さく蹲るキナがいた。強いダメージを受けたのか、蹲ったまま立ち上がろうとしない。
死因が脳内に過ぎる。だが、未回収での死は有り得ない。しかし、彷彿とさせるほどには酷いものだった。
「全部あんたのせいよ」
母親は酔っているのか、文句を吐きながらキナの背中を踏みつける。キナは自分を抱いたまま、懸命に耐えていた。何度もごめんなさいと言いながら。無邪気な姿を見ていたせいで、ただただ心が痛かった。
攻撃が終わったのは数分後のことだ。母親は動かないキナを見て、学校に病欠の連絡を入れる。そうして電話を切るや否や、外出禁止と片付けを命じ、外に出ていってしまった。
キナはその場で倒れ込み、脱力する。
「大丈夫か」
「……死神さんごめんなさい。探索行けないや……」
だが、それでも尚、笑顔を向けてきた。
こんな状態になっても、キナは他人ばかりを気にする。いや、人じゃない存在まで。
ああ、彼女が最後の仕事じゃなければ良かったのに――。
「死神さん、お願いします……」
キナは微笑む。起き上がれないほどの痛みを封じ、可愛らしい笑顔を飾る。そうして告げた。
「私の命を取って下さい……」
それがキナの願いなら、迷わずに応えよう。それが彼女の本当の願いなら。
鎌を取りだし、大きく振りかぶる。刃を前に瞑られた瞳が、深い恐怖を晒していた。
***
何の違和感もないことを不思議に思い、目を開ける。すると、刃は消え死神さんが屈んで私を見ていた。
茫然とする。体の痛みが鎌によるものなのか、生きているせいなのか曖昧だ。
「終わった」
だが、淡々と言い切られて、済んだ後であると知った。
私の命は終わったらしい。あの日々も、痛みも、苦痛も一緒に。けれど、終わったのはそれだけじゃなくて――。
「キナ、本心を聞かせてくれないか?」
「えっ」
死神さんの願いに躊躇いを覚える。身に付いた癖が否定を作る。
「もういいんだ、言っても。誰の迷惑にもならない」
だが、優しい声が注がれ、留め金が崩れるのが分かった。全て終わった今、躊躇う理由はない。そう気付いた瞬間、心が一気に溢れだした。
「……本当はお母さんと前みたいな家族になりたかった。学校の皆とも楽しく笑いたかった。一杯色んなもの見て、知りたかった。私、何も無くなるのは怖い! もっと生きていたかった! 私は――」
同じような願望を、拒否を、後悔を、何度もぶつけてしまう。その内、許されなかった涙まで溢れてきて、私の頬はぐちゃぐちゃになった。反対に、心はどんどん透明になっていったけど。
「言えるじゃないか、それなら大丈夫そうだ」
大丈夫の意味が分からず、絶句する。死神さんは相変わらず優しい声で、真実を私に告げた。
「本当はまだ回収していない」
「……じゃあ私……」
「ああ、生きてる」
と、同時に死神さんの運命も思い出してしまう。私のせいで、死神さんが死んでしまうなんて考えたくもない。
「でもそれじゃあ死神さんが死んじゃう……」
「知ってたのか。まぁ俺はもう良いんだ」
死神さんははっきりと、そしてあっさりと言い切った。あまりにはっきり言われて、嘘か本当か私には分からなかった。
私には怖い"死"も、"死神"にとっては、また違った捉え方があるのかもしれない。
「……死神さんは怖くないの?」
「ああ、俺は怖くない。死の神さまだからな」
――なんて。
不器用な笑顔に、何となく気付いてしまった。言葉を失う私に、死神さんは告げる。
「それより、最後に一つお願いをしても良いか?」
願いを聞いてくれた死神さんに報いたくて、内容も分かっていないのに頷く。いや、彼なら酷いことは言わないと確信していたのかもしれない。
それに、死神さんは私を優先してくれた。本当は、死神さんだって怖いくせに。
死神さんは、小指を差し出してきた。どうやら、この仕草は人だけのものではないらしい。
「約束をしてくれ。何があっても生き続けると。生きる為に勇気を出したり、戦ったりすることを頑張ると。それが死ぬより辛くても」
果てない怖さを感じる内容に、心が一瞬迷いを覚える。だが、それ以上の嬉しさが同意を決めさせた。
たった一人にでも、生きてほしいと願ってもらえたなら、私は生きていたい。
「分かった! 私、頑張るよ! 頑張って生きる!」
差し出された指に小指を絡めようとする。だが、やはりすり抜けた為、指先だけを付け直した。
「頼んだぞ。じゃあまずは、聞いてくれそうな誰かに心を打ち明けること。出来るか?」
「うん……!」
明日からの一日が、想像の中で少しだけ変わる。
何があっても、どれだけ痛くても。私は、生を願ってくれた死神さんの為に、生きることだけ考えよう。
自分の命よりも、私の命を選んでくれた死神さんの為に。
そこには、拳を震わせた母親と、小さく蹲るキナがいた。強いダメージを受けたのか、蹲ったまま立ち上がろうとしない。
死因が脳内に過ぎる。だが、未回収での死は有り得ない。しかし、彷彿とさせるほどには酷いものだった。
「全部あんたのせいよ」
母親は酔っているのか、文句を吐きながらキナの背中を踏みつける。キナは自分を抱いたまま、懸命に耐えていた。何度もごめんなさいと言いながら。無邪気な姿を見ていたせいで、ただただ心が痛かった。
攻撃が終わったのは数分後のことだ。母親は動かないキナを見て、学校に病欠の連絡を入れる。そうして電話を切るや否や、外出禁止と片付けを命じ、外に出ていってしまった。
キナはその場で倒れ込み、脱力する。
「大丈夫か」
「……死神さんごめんなさい。探索行けないや……」
だが、それでも尚、笑顔を向けてきた。
こんな状態になっても、キナは他人ばかりを気にする。いや、人じゃない存在まで。
ああ、彼女が最後の仕事じゃなければ良かったのに――。
「死神さん、お願いします……」
キナは微笑む。起き上がれないほどの痛みを封じ、可愛らしい笑顔を飾る。そうして告げた。
「私の命を取って下さい……」
それがキナの願いなら、迷わずに応えよう。それが彼女の本当の願いなら。
鎌を取りだし、大きく振りかぶる。刃を前に瞑られた瞳が、深い恐怖を晒していた。
***
何の違和感もないことを不思議に思い、目を開ける。すると、刃は消え死神さんが屈んで私を見ていた。
茫然とする。体の痛みが鎌によるものなのか、生きているせいなのか曖昧だ。
「終わった」
だが、淡々と言い切られて、済んだ後であると知った。
私の命は終わったらしい。あの日々も、痛みも、苦痛も一緒に。けれど、終わったのはそれだけじゃなくて――。
「キナ、本心を聞かせてくれないか?」
「えっ」
死神さんの願いに躊躇いを覚える。身に付いた癖が否定を作る。
「もういいんだ、言っても。誰の迷惑にもならない」
だが、優しい声が注がれ、留め金が崩れるのが分かった。全て終わった今、躊躇う理由はない。そう気付いた瞬間、心が一気に溢れだした。
「……本当はお母さんと前みたいな家族になりたかった。学校の皆とも楽しく笑いたかった。一杯色んなもの見て、知りたかった。私、何も無くなるのは怖い! もっと生きていたかった! 私は――」
同じような願望を、拒否を、後悔を、何度もぶつけてしまう。その内、許されなかった涙まで溢れてきて、私の頬はぐちゃぐちゃになった。反対に、心はどんどん透明になっていったけど。
「言えるじゃないか、それなら大丈夫そうだ」
大丈夫の意味が分からず、絶句する。死神さんは相変わらず優しい声で、真実を私に告げた。
「本当はまだ回収していない」
「……じゃあ私……」
「ああ、生きてる」
と、同時に死神さんの運命も思い出してしまう。私のせいで、死神さんが死んでしまうなんて考えたくもない。
「でもそれじゃあ死神さんが死んじゃう……」
「知ってたのか。まぁ俺はもう良いんだ」
死神さんははっきりと、そしてあっさりと言い切った。あまりにはっきり言われて、嘘か本当か私には分からなかった。
私には怖い"死"も、"死神"にとっては、また違った捉え方があるのかもしれない。
「……死神さんは怖くないの?」
「ああ、俺は怖くない。死の神さまだからな」
――なんて。
不器用な笑顔に、何となく気付いてしまった。言葉を失う私に、死神さんは告げる。
「それより、最後に一つお願いをしても良いか?」
願いを聞いてくれた死神さんに報いたくて、内容も分かっていないのに頷く。いや、彼なら酷いことは言わないと確信していたのかもしれない。
それに、死神さんは私を優先してくれた。本当は、死神さんだって怖いくせに。
死神さんは、小指を差し出してきた。どうやら、この仕草は人だけのものではないらしい。
「約束をしてくれ。何があっても生き続けると。生きる為に勇気を出したり、戦ったりすることを頑張ると。それが死ぬより辛くても」
果てない怖さを感じる内容に、心が一瞬迷いを覚える。だが、それ以上の嬉しさが同意を決めさせた。
たった一人にでも、生きてほしいと願ってもらえたなら、私は生きていたい。
「分かった! 私、頑張るよ! 頑張って生きる!」
差し出された指に小指を絡めようとする。だが、やはりすり抜けた為、指先だけを付け直した。
「頼んだぞ。じゃあまずは、聞いてくれそうな誰かに心を打ち明けること。出来るか?」
「うん……!」
明日からの一日が、想像の中で少しだけ変わる。
何があっても、どれだけ痛くても。私は、生を願ってくれた死神さんの為に、生きることだけ考えよう。
自分の命よりも、私の命を選んでくれた死神さんの為に。
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