可哀想なわたくしが、世界でいちばん可愛いのです!

希猫 ゆうみ

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極秘調査やトーシュ公爵夫人としての今後について、薬草園の運営なども含めて考え事が多かったので、生家であるクルーム侯爵家への旅は瞬く間に終わった。

「おかえり、娘よ」

父の笑顔は、私の人生の中でいちばんの輝きを放っていた。
念願の男児が生まれた時の喜びようを彷彿とさせる……もしかするとそれを凌駕するかもしれない、物静かながら有頂天であろう父の様子に、若干、呆れてしまった。

「長く留守にいたしまして、申し訳ありませんでした」
「否、問題ない。それより、最良の縁談を得てよかったな」

第三王子との結婚。
王族に連なる栄誉については、私より当事者並みに喜んでいそうな父を、白々しいと責めたい気持ちも勿論あった。

只、時間が惜しい。

「お父様。実は今日中に新たな居城へと発たなければなりません」
「そうか」

驚いたように目を丸くしたものの、引き留めはしない。
それが私個人の予定ではなく、王家の意向だと理解したのだ。

「お母様の形見を、幾つか持って行くことをお許しいただけますか?」
「ああ、いいよ。好きなだけ、持って行きなさい」
「ありがとうございます」

私個人の荷物は白紙になったあの長期国外旅行用に整えたまま残して行ったものを、そのまま荷馬車に積めばいい。
父は、少なくとも私の前では母を偲び泣いたことなどなかった。現在の妻への態度を客観的に観察しても、伴侶への礼節を感じた。
けれど、その愛の深さは測れない。

母のものをドロテアの為に処分しようとはしなかったけれど、私には、好きなだけ持って行っていいと言う。
それが、私が血を分けた娘だからそう言うのか、既に関心がないのか……

「……」

邪念を振り払おうと、私は小さく頭を振った。

「どうした?」
「考えることが多くて、時々、努めて頭を整理しなければならないのです」
「一旦、休むといい。はドロテアに準備させよう」
「──」

邪念は吹き払われた。
父は、もう母が自身の妻であったことを忘れ、私という娘の母親としてしか考えていないのだ。

「いいえ。私が自分の手でいたします」
「そうか?」
「はい。それで、お父様にお願いがあるのですが」
「なんだい?」

これまで生きてきて最上級の寛大さを父から感じる。
娘のお願いではなく、王家の役に立てる機会を喜んでいるのは、よくわかる。それでいい。

「実は、ヴィルヘルム殿下のお身体に負担がかからないよう、国王陛下は婚約発表や結婚など宴を控え、全て文書で発表なさいます」
「ふむ」
「これらは全て事後報告の形になります」
「そうか」
「はい。お父様、私は、今の私を作り上げてくださったお父様や教師たちへの感謝を忘れてはおりません」
「そうか!」

一旦は密かに落胆した父が、再び目を輝かせる。

「家族だけの短い結婚式は王室礼拝堂で執り行われます。クルーム侯爵家からは、お父様お一人に立ち会っていただくことになりますが、よろしいですか?」
「勿論だとも」
「では、陛下にそうお伝えいたします。追って王家からの招待状が届くと思いますので、お待ちください」
「わかったよ。おめでとう、フレデリカ」

破顔した父が私の肩を撫でて労った。
充分、父の気分を持ち上げたところで要求を告げる。

「それで、私は、お世話になった方たちに、先んじて感謝とご報告の御手紙を送りたいのです。私が此処を発つまでに、全員のリストを纏めていただけないでしょうか?」
「いいとも」

父は笑顔で私の背を激励の意で叩き、足早に執務室へと歩いて行った。
私はアマンダを伴い自室へと向かうと、御者への指示と荷物を託し、母の部屋へ急いだ。

「……」

私の心の拠り所だった、母の部屋。
生前のままにされた美しい部屋は、私が立ち入ることを理解している使用人たちの手で常に清潔に保たれてきた。

全てを持ち出すことは難しい。
また、人情的に父の思い出まで奪うようで忍びないのが普通だろう。父は気にしないかもしれないけれど、気にしてほしいと願う幼い私もまだ心の中に確かに居るのだ。

とはいえ、時間は限られている。

母は、天に召されてしまった。
私は、今まだ生きているヴィルヘルム殿下に残されている時間を、共に生きるのだ。

「……お母様、愛して……愛しています」

私と同じ体型。
どのドレスを見ても、私にも似合いそうで、幼い頃ぬくもりや救いを求めた気持ちとは全く別の感情が胸の奥をあたたかくしてくれた。

「お母様、結婚します。優しい方です。私を愛してくださいます。とても、一途な方です」

気付くと、微笑みながら母の遺品を纏めていた。
母を求める幼い私ではなく、人の妻となる一人の女性として、私は母と、話をしてみたかった。

その願いを半分、今、叶えている。

「御体が悪くて……どうか、見守ってください。お母様」
「フレデリカ?」
「!?」

唐突に名を呼ばれ、天国にいる母との対話から現実に引き戻された。
見ると戸口にドロテアが立っていた。

驚いたけれど、穏やかな継母を前にすると別の意味で気持ちが和らいだ。

「手伝いましょうか?」
「いえ、もう終わります。あまり長居できないので」
「お祝いを言わせてちょうだい」

互いに微笑みを交わす。
クルーム侯爵を継ぐアベルの邪魔にならないよう、私を追い出そうとした。一度は恨んだけれど、人の心理として理解はできる。

私は今、未来への道を歩んでいる。些か、早足で。
彼女を恨む暇はもうない。

「おめでとう、フレデリカ」
「ありがと……っ」

言い終わる前に抱擁を受けた。
私も、わだかまりなく抱擁を返した。

一人の妻として、母として、ドロテアも精一杯、生きている。

「これからは宮殿で暮らすの?すっかりお姫様ね」
「いえ、そんな」

互いに晴々とした笑顔で語らえる日が来たことが、私は少し、嬉しかった。

「お客様も多いでしょうし、あなたも、いろいろ楽しめるわね。旅行は、わからないけれど……」
「?」

一瞬の違和感で、父が今の妻に娘の結婚について大事なことを伝え忘れている事実に気づく。

「王都には住まないの。殿下はトーシュ公爵家当主となって、私に領地経営を任せて下さるのです」
「……え?そ、そうなの」
「はい。それで急いでいます。実は、荷物を纏めて今日中に此処を発つのです。トーシュ公爵夫人として、まずは居城を整えなくては」
「そ、そう。立派ね」
「お気持ち感謝いたします。ありがとう、おかあさま」

控えめで内向的な継母にとって、領地経営などという話はまるで興味もなく、同じ女として我が身に置き換えたところで重荷にすら感じるかもしれない。
私は互いの違いを微笑みで流し、戸口に促した。

「もう行くの?」
「荷造りは終わりました。お母様のお墓に、御挨拶に行かないと」
「……」
「あ、ごめんなさい」

継母に母の話題を振ったのは無神経だったかもしれない。
一瞬、そう考えはしたけれど、そもそもここは母の部屋で、ドロテアは自身の足で前妻の部屋まで来たのだ。私を気遣う為に。
気にしすぎてもお互いに気まずくなるだろう。

廊下で別れ間際、ドロテアは少しまごついていたように見えたけれど、何かを言う気配はなかったので私はアマンダの元へ急いだ。
アマンダを連れて母の部屋に戻り、また指示を託して母の墓前へと急いだ。

少し長い時間を取って母の墓前で祈る。

そうして戻ると、既に馬車の準備は整い、後は私が乗り込むだけの状態で待機していた。

満面の笑みで見送りに立つ父が、迅速にリストを渡してくれる。
隣に立つドロテアがアベルを腕に抱いていた。先程、彼女は私に弟と会ってほしかったのだ。

「またね、アベル。お元気で」

すやすやと眠る幼い弟の頬を指で撫で、額にキスを落とす。
今度の旅は、優しい雰囲気に包まれていた。

「では、お父様、おかあさま。行って参ります」

トーシュ城へ。
私は、立ち止まるわけにはいかない。
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