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六章
64(オーレリアス)
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長く祖父と過ごしてきた弊害だろうか、チャムレー伯爵の話が長ければ長いほど、つい聞き入ってしまう。
「────それでその時、わしはなんとか言葉を捻り出して妻に聞いたのです。『髪を切ったのかな?』と。すると妻は『違うわ。鏝で巻いたのよ』と膨れてしまいました。『ああ!いけない!』と焦ったあの時の気持ちはよく覚えていますよ。何しろ、此方の片想いから始まった恋です」
夫婦の馴れ初めまで時を巻き戻したチャムレー伯爵は活き活きとしており、幸せそうだった。
僕も時を巻き戻せたらいい。だが、それは叶わない。
はっきりした。
僕の愛する女性は今、他の男の妻ではあるが生きている。僕は、幸せな結婚とは程遠い人生を送っている。
チャムレー伯爵夫妻は死で別たれることなく、愛の絆は永遠だ。
実に羨ましい。
カニングハム公爵家などはじめから存在しなければよかったのに。
「だからね、わしは肝に銘じたのです。ちょっとした変化を感じ取っても、当てずっぽうでご機嫌取りは止そう。ふぉっ!そして次からは、こう切り出しましたよ。『いつもと違うね。お化粧かな?それとも、髪型変えた?』やはり、関心を持っていると伝わるのがよかったんでしょうな。妻は、その後ちゃんと妻になってくれましたよ。鏝も、巻かせてくれま────」
謁見の間に迫る異様な気配を感じた。
チャムレー伯爵の思い出話を遮り、玉座を下り剣を構える。衛兵たちや叔父も警戒の構えをとった。
「ん?」
チャムレー伯爵が呑気な顔で辺りを見回す。
「わし、危険人物ではないですぞぃ」
「わかっています」
答えた瞬間、牢に捕らえていたはずの叛乱軍が現れた。少人数だが、由々しき事態だ。レイモンドの姿はない。
「ひぃっ!」
チャムレー伯爵が情けない悲鳴を上げた次の瞬間、僕の背後に隠れる。一瞬、長話で拘束し脱獄を助けたのかと疑いかけたが、この様子ではやはり違うだろう。
叛乱軍は当然ながら無傷ではない。だが、衛兵たちから武器を奪って再度襲撃に及んでいる。
そして何故、謁見の間まで騒ぎを起こさず隠密行動が取れたのか。方法は、ある。マーガレットの名を出され、危害を加えると脅されてしまえばバムフォード城の人間は弱い。
「……!」
マーガレット。
どうか、無事でいてくれ。嫁いだ家の企てた叛乱だからといって、安全とは限らない。レイモンドが愛より野望を取るならば、切り捨てられる恐れもある。
塔の部屋の鍵は、僕と、クレヴァリー子爵しか持っていない。予備の鍵の保管場所など、マーガレットが洩らすはずがない。
じっとしていてくれ。
全て終わった後、どれだけ恨んでくれてもいい。
無事で──────
「むむっ。アンナ、お嬢さんを守ってやっておくれ!」
チャムレー伯爵が天国にいる最愛の妻に客人の加護を願っている。
「……」
そうだ。
チャムレー伯爵には女性の同伴者が二人いる。
マルムフォーシュ伯爵は自分で巧く立ち回るだろうが、チャムレー伯爵一行は僕が必ず庇護しなければならない。
「てい!」
チャムレー伯爵が蜂蜜の小瓶を投げた。
叛乱軍の一人の額に命中した。
なかなかの腕前だったが、喜べる状況ではない。
ここまでだ。
マーガレットという最大の弱点を握られている以上、叛乱軍の方が一枚上手であった。
奥歯を噛み、呼ぶ。
だが、彼は応答しなかった。
「────それでその時、わしはなんとか言葉を捻り出して妻に聞いたのです。『髪を切ったのかな?』と。すると妻は『違うわ。鏝で巻いたのよ』と膨れてしまいました。『ああ!いけない!』と焦ったあの時の気持ちはよく覚えていますよ。何しろ、此方の片想いから始まった恋です」
夫婦の馴れ初めまで時を巻き戻したチャムレー伯爵は活き活きとしており、幸せそうだった。
僕も時を巻き戻せたらいい。だが、それは叶わない。
はっきりした。
僕の愛する女性は今、他の男の妻ではあるが生きている。僕は、幸せな結婚とは程遠い人生を送っている。
チャムレー伯爵夫妻は死で別たれることなく、愛の絆は永遠だ。
実に羨ましい。
カニングハム公爵家などはじめから存在しなければよかったのに。
「だからね、わしは肝に銘じたのです。ちょっとした変化を感じ取っても、当てずっぽうでご機嫌取りは止そう。ふぉっ!そして次からは、こう切り出しましたよ。『いつもと違うね。お化粧かな?それとも、髪型変えた?』やはり、関心を持っていると伝わるのがよかったんでしょうな。妻は、その後ちゃんと妻になってくれましたよ。鏝も、巻かせてくれま────」
謁見の間に迫る異様な気配を感じた。
チャムレー伯爵の思い出話を遮り、玉座を下り剣を構える。衛兵たちや叔父も警戒の構えをとった。
「ん?」
チャムレー伯爵が呑気な顔で辺りを見回す。
「わし、危険人物ではないですぞぃ」
「わかっています」
答えた瞬間、牢に捕らえていたはずの叛乱軍が現れた。少人数だが、由々しき事態だ。レイモンドの姿はない。
「ひぃっ!」
チャムレー伯爵が情けない悲鳴を上げた次の瞬間、僕の背後に隠れる。一瞬、長話で拘束し脱獄を助けたのかと疑いかけたが、この様子ではやはり違うだろう。
叛乱軍は当然ながら無傷ではない。だが、衛兵たちから武器を奪って再度襲撃に及んでいる。
そして何故、謁見の間まで騒ぎを起こさず隠密行動が取れたのか。方法は、ある。マーガレットの名を出され、危害を加えると脅されてしまえばバムフォード城の人間は弱い。
「……!」
マーガレット。
どうか、無事でいてくれ。嫁いだ家の企てた叛乱だからといって、安全とは限らない。レイモンドが愛より野望を取るならば、切り捨てられる恐れもある。
塔の部屋の鍵は、僕と、クレヴァリー子爵しか持っていない。予備の鍵の保管場所など、マーガレットが洩らすはずがない。
じっとしていてくれ。
全て終わった後、どれだけ恨んでくれてもいい。
無事で──────
「むむっ。アンナ、お嬢さんを守ってやっておくれ!」
チャムレー伯爵が天国にいる最愛の妻に客人の加護を願っている。
「……」
そうだ。
チャムレー伯爵には女性の同伴者が二人いる。
マルムフォーシュ伯爵は自分で巧く立ち回るだろうが、チャムレー伯爵一行は僕が必ず庇護しなければならない。
「てい!」
チャムレー伯爵が蜂蜜の小瓶を投げた。
叛乱軍の一人の額に命中した。
なかなかの腕前だったが、喜べる状況ではない。
ここまでだ。
マーガレットという最大の弱点を握られている以上、叛乱軍の方が一枚上手であった。
奥歯を噛み、呼ぶ。
だが、彼は応答しなかった。
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