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六章
68(ファロン)
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「誰だ!?」
「見慣れない顔だな。まさか、カニングハム公爵の一味か!?」
「女でも容赦しないぞ!」
先程からどうも監獄が騒然としている。
伝令が行き交う中、もしかして叛乱軍が動き出したのかと警戒した。併し、私は重要な任務を帯びている。
「ハッ!!」
私は力強い敬礼で応えた。
怪しまれようと、大抵はこれで切り抜けられるものだ。
「な、なんだ……?」
「え?う、うちの新しい部隊か……?」
「マーガレット様が帰って来ると見越して、閣下が婦人部隊を……?」
何がよくてあの傲慢な勘違い女をいつまでも持て囃しているのか気が知れないが、使える手は使うに限る。
「マーガレット様の命により、ある男を探しております!」
これで、私は完全に場を掌握した。
マルムフォーシュ伯爵から受け取った精巧な見取り図を広げて見せる。
「おおっ、マーガレット様の筆跡だ……!」
「相変わらず絵が上手い……!」
「この星印は……」
余計な部分を迅速に折りたたみ、監獄部分を強調する。
「実は、マーガレット様が仰るには──」
ヴァンパイアの力を封じ込める為に隣国の司教が紛れ込んでいると言ってしまっていいものか逡巡する。城内のどの程度の人員まで詳細を知る事項なのか判断できない。
ここは嘘も方便というものだ。
「片腕とも言える将軍が捕らえられた時の為に、カニングハム公爵は別の宰相を兵士たちに紛れ込ませ、投獄に備えていたとのこと」
「なんと!マーガレット様、ついに閣下の説得に応じてくださったか!」
「よかった……!」
「おかえりなさい、みんなのマギーお嬢様……!」
腐れ外道共め。
「捕虜の中に潜伏しているとなれば、この期に及んで尚、徒党を組み反旗を翻す恐れがあります。故に、捜索中であります」
私は断言した。
領主に先んじてマーガレット奪還の喜びに打ち震える衛兵たちは、私の意のままに率先して動いてくれる。
私たちは捕らえた叛乱軍の歩兵たちの中に、一人異質な存在が居るはずと見込み、入念な確認作業を始めた。それは暫くは順調だった。
ところが、程なくして監獄は更なる喧噪と混乱に襲われた。
どうも城内で本格的な戦闘が始まったらしい。
仲間の解放を目論む叛乱軍に対峙する者たちと、士気の高まった捕虜たちを制圧する者たち。衛兵たちは手一杯だ。
併し、だからこそかもしれない。
私は、その喧噪の最中でさえ、只一人、俯いたまま何事かを口ずさんでいる男を発見した。あれに間違いない。
「失礼。マーガレット様の命で参りました。通ります」
マーガレットの名前は利便性に優れており、今この場に居る全ての人間に通用した。
あの女が愚かでなければ、どれだけよかったか。バムフォード辺境伯の心痛を想うと気の毒だが、運も悪ければ趣味も悪いとしか言い様がない。併し今は大事の前の小事。
「ラモン司教?」
何かを詠唱している男の肩を掴み、呼び掛ける。
やはり、あの不思議な力の介入を阻む特別な能力があるらしい。眇めるような目つきで私を一瞥し、詠唱を続けたまま頷いた。ここまで辿り着いたのが味方である証明と判断されたようだ。
さて。
城外まで引き摺り出すには、人が多すぎる。
口を塞ごう。
「お疲れでしょう。滋養強壮にいいものをお持ちしました」
私は、カタリーナを護衛する目的で肌身離さず携帯していた護身用の小瓶を密かに取り出す。美しく可憐なうら若き令嬢には、いつどのような悪い虫が集るかわからない。
そんな時こそ、この特製殺虫剤。
もとい、暴漢や変態を撃退する毒薬の出番である。即効性があり、且つ、命までは奪いはしないがそれなりの後遺症を残せる代物だ。更に小瓶は可憐な令嬢の手にも馴染むよう香水を装っている。
相手は腐っても司教。
何と祈ろう。
「神よ──」
御覚悟?
いやいや、まさか。
「──栄光あれ!」
ラモン司教の顔にワンプッシュ。
「グァッハッ!!」
噎せたところにもうワンプッシュ。次いでツープッシュ。
私は体勢を崩した忌々しいラモン司教の後頭部を掴んだ。白目を剥き舌を垂らして悶絶するその口の中に、高速プッシュで小瓶の中の毒薬を全て注ぎ込む。
「御許しを」
最後に耳元で囁き、手を離した。体の自由が利かないラモン司教は、慇懃に跪くような仕草で頽れていく。当分、回復は見込めないだろう。声も失うだろうから詠唱など夢のまた夢。二度とまともな生活には戻れない体になればいい。
私は素早く立ち去った。
任務完了。
私はカタリーナを探さなくてはならない。或いは、あの愛妻家を。そして心を浄めるのだ。此処は、あまりにむさ苦しい。
「見慣れない顔だな。まさか、カニングハム公爵の一味か!?」
「女でも容赦しないぞ!」
先程からどうも監獄が騒然としている。
伝令が行き交う中、もしかして叛乱軍が動き出したのかと警戒した。併し、私は重要な任務を帯びている。
「ハッ!!」
私は力強い敬礼で応えた。
怪しまれようと、大抵はこれで切り抜けられるものだ。
「な、なんだ……?」
「え?う、うちの新しい部隊か……?」
「マーガレット様が帰って来ると見越して、閣下が婦人部隊を……?」
何がよくてあの傲慢な勘違い女をいつまでも持て囃しているのか気が知れないが、使える手は使うに限る。
「マーガレット様の命により、ある男を探しております!」
これで、私は完全に場を掌握した。
マルムフォーシュ伯爵から受け取った精巧な見取り図を広げて見せる。
「おおっ、マーガレット様の筆跡だ……!」
「相変わらず絵が上手い……!」
「この星印は……」
余計な部分を迅速に折りたたみ、監獄部分を強調する。
「実は、マーガレット様が仰るには──」
ヴァンパイアの力を封じ込める為に隣国の司教が紛れ込んでいると言ってしまっていいものか逡巡する。城内のどの程度の人員まで詳細を知る事項なのか判断できない。
ここは嘘も方便というものだ。
「片腕とも言える将軍が捕らえられた時の為に、カニングハム公爵は別の宰相を兵士たちに紛れ込ませ、投獄に備えていたとのこと」
「なんと!マーガレット様、ついに閣下の説得に応じてくださったか!」
「よかった……!」
「おかえりなさい、みんなのマギーお嬢様……!」
腐れ外道共め。
「捕虜の中に潜伏しているとなれば、この期に及んで尚、徒党を組み反旗を翻す恐れがあります。故に、捜索中であります」
私は断言した。
領主に先んじてマーガレット奪還の喜びに打ち震える衛兵たちは、私の意のままに率先して動いてくれる。
私たちは捕らえた叛乱軍の歩兵たちの中に、一人異質な存在が居るはずと見込み、入念な確認作業を始めた。それは暫くは順調だった。
ところが、程なくして監獄は更なる喧噪と混乱に襲われた。
どうも城内で本格的な戦闘が始まったらしい。
仲間の解放を目論む叛乱軍に対峙する者たちと、士気の高まった捕虜たちを制圧する者たち。衛兵たちは手一杯だ。
併し、だからこそかもしれない。
私は、その喧噪の最中でさえ、只一人、俯いたまま何事かを口ずさんでいる男を発見した。あれに間違いない。
「失礼。マーガレット様の命で参りました。通ります」
マーガレットの名前は利便性に優れており、今この場に居る全ての人間に通用した。
あの女が愚かでなければ、どれだけよかったか。バムフォード辺境伯の心痛を想うと気の毒だが、運も悪ければ趣味も悪いとしか言い様がない。併し今は大事の前の小事。
「ラモン司教?」
何かを詠唱している男の肩を掴み、呼び掛ける。
やはり、あの不思議な力の介入を阻む特別な能力があるらしい。眇めるような目つきで私を一瞥し、詠唱を続けたまま頷いた。ここまで辿り着いたのが味方である証明と判断されたようだ。
さて。
城外まで引き摺り出すには、人が多すぎる。
口を塞ごう。
「お疲れでしょう。滋養強壮にいいものをお持ちしました」
私は、カタリーナを護衛する目的で肌身離さず携帯していた護身用の小瓶を密かに取り出す。美しく可憐なうら若き令嬢には、いつどのような悪い虫が集るかわからない。
そんな時こそ、この特製殺虫剤。
もとい、暴漢や変態を撃退する毒薬の出番である。即効性があり、且つ、命までは奪いはしないがそれなりの後遺症を残せる代物だ。更に小瓶は可憐な令嬢の手にも馴染むよう香水を装っている。
相手は腐っても司教。
何と祈ろう。
「神よ──」
御覚悟?
いやいや、まさか。
「──栄光あれ!」
ラモン司教の顔にワンプッシュ。
「グァッハッ!!」
噎せたところにもうワンプッシュ。次いでツープッシュ。
私は体勢を崩した忌々しいラモン司教の後頭部を掴んだ。白目を剥き舌を垂らして悶絶するその口の中に、高速プッシュで小瓶の中の毒薬を全て注ぎ込む。
「御許しを」
最後に耳元で囁き、手を離した。体の自由が利かないラモン司教は、慇懃に跪くような仕草で頽れていく。当分、回復は見込めないだろう。声も失うだろうから詠唱など夢のまた夢。二度とまともな生活には戻れない体になればいい。
私は素早く立ち去った。
任務完了。
私はカタリーナを探さなくてはならない。或いは、あの愛妻家を。そして心を浄めるのだ。此処は、あまりにむさ苦しい。
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