さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
68 / 79
六章

68(ファロン)

しおりを挟む
「誰だ!?」
「見慣れない顔だな。まさか、カニングハム公爵の一味か!?」
「女でも容赦しないぞ!」

先程からどうも監獄が騒然としている。
伝令が行き交う中、もしかして叛乱軍が動き出したのかと警戒した。併し、私は重要な任務を帯びている。

「ハッ!!」

私は力強い敬礼で応えた。
怪しまれようと、大抵はこれで切り抜けられるものだ。

「な、なんだ……?」
「え?う、うちの新しい部隊か……?」
「マーガレット様が帰って来ると見越して、閣下が婦人部隊を……?」

何がよくてあの傲慢な勘違い女をいつまでも持て囃しているのか気が知れないが、使える手は使うに限る。

「マーガレット様の命により、ある男を探しております!」

これで、私は完全に場を掌握した。
マルムフォーシュ伯爵から受け取った精巧な見取り図を広げて見せる。

「おおっ、マーガレット様の筆跡だ……!」
「相変わらず絵が上手い……!」
「この星印は……」

余計な部分を迅速に折りたたみ、監獄部分を強調する。

「実は、マーガレット様が仰るには──」

ヴァンパイアの力を封じ込める為に隣国の司教が紛れ込んでいると言ってしまっていいものか逡巡する。城内のどの程度の人員まで詳細を知る事項なのか判断できない。
ここは嘘も方便というものだ。

「片腕とも言える将軍が捕らえられた時の為に、カニングハム公爵は別のを兵士たちに紛れ込ませ、投獄に備えていたとのこと」
「なんと!マーガレット様、ついに閣下の説得に応じてくださったか!」
「よかった……!」
「おかえりなさい、みんなのマギーお嬢様……!」

腐れ外道共め。

「捕虜の中に潜伏しているとなれば、この期に及んで尚、徒党を組み反旗を翻す恐れがあります。故に、捜索中であります」

私は断言した。
領主に先んじてマーガレット奪還の喜びに打ち震える衛兵たちは、私の意のままに率先して動いてくれる。

私たちは捕らえた叛乱軍の歩兵たちの中に、一人異質な存在が居るはずと見込み、入念な確認作業を始めた。それは暫くは順調だった。

ところが、程なくして監獄は更なる喧噪と混乱に襲われた。
どうも城内で本格的な戦闘が始まったらしい。

仲間の解放を目論む叛乱軍に対峙する者たちと、士気の高まった捕虜たちを制圧する者たち。衛兵たちは手一杯だ。

併し、だからこそかもしれない。
私は、その喧噪の最中でさえ、只一人、俯いたまま何事かを口ずさんでいる男を発見した。あれに間違いない。

「失礼。マーガレット様の命で参りました。通ります」

マーガレットの名前は利便性に優れており、今この場に居る全ての人間に通用した。
あの女が愚かでなければ、どれだけよかったか。バムフォード辺境伯の心痛を想うと気の毒だが、運も悪ければ趣味も悪いとしか言い様がない。併し今は大事の前の小事。

「ラモン司教?」

何かを詠唱している男の肩を掴み、呼び掛ける。
やはり、あの不思議な力の介入を阻む特別な能力があるらしい。眇めるような目つきで私を一瞥し、詠唱を続けたまま頷いた。ここまで辿り着いたのが味方である証明と判断されたようだ。

さて。
城外まで引き摺り出すには、人が多すぎる。

口を塞ごう。

「お疲れでしょう。滋養強壮にいいものをお持ちしました」

私は、カタリーナを護衛する目的で肌身離さず携帯していた護身用の小瓶を密かに取り出す。美しく可憐なうら若き令嬢には、いつどのような悪い虫が集るかわからない。

そんな時こそ、この特製殺虫剤。
もとい、暴漢や変態を撃退する毒薬の出番である。即効性があり、且つ、命までは奪いはしないがそれなりの後遺症を残せる代物だ。更に小瓶は可憐な令嬢の手にも馴染むよう香水を装っている。

相手は腐っても司教。
何と祈ろう。

「神よ──」

御覚悟?
いやいや、まさか。

「──栄光あれ!」

ラモン司教の顔にワンプッシュ。

「グァッハッ!!」

噎せたところにもうワンプッシュ。次いでツープッシュ。
私は体勢を崩した忌々しいラモン司教の後頭部を掴んだ。白目を剥き舌を垂らして悶絶するその口の中に、高速プッシュで小瓶の中の毒薬を全て注ぎ込む。

「御許しを」

最後に耳元で囁き、手を離した。体の自由が利かないラモン司教は、慇懃に跪くような仕草で頽れていく。当分、回復は見込めないだろう。声も失うだろうから詠唱など夢のまた夢。二度とまともな生活には戻れない体になればいい。

私は素早く立ち去った。

任務完了。
私はカタリーナを探さなくてはならない。或いは、あの愛妻家を。そして心を浄めるのだ。此処は、あまりにむさ苦しい。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。

【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。 けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。 「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。 ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。 そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。 学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。 けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。 暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。 ※10万文字超えそうなので長編に変更します。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】愛で結ばれたはずの夫に捨てられました

ユユ
恋愛
「出て行け」 愛を囁き合い、祝福されずとも全てを捨て 結ばれたはずだった。 「金輪際姿を表すな」 義父から嫁だと認めてもらえなくても 義母からの仕打ちにもメイド達の嫌がらせにも 耐えてきた。 「もうおまえを愛していない」 結婚4年、やっと待望の第一子を産んだ。 義務でもあった男児を産んだ。 なのに 「不義の子と去るがいい」 「あなたの子よ!」 「私の子はエリザベスだけだ」 夫は私を裏切っていた。 * 作り話です * 3万文字前後です * 完結保証付きです * 暇つぶしにどうぞ

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

処理中です...