さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

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六章

69(ドグラス)

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カタリーナの体を抱きかかえ、ユーリアのペンダントを握りしめ祈る。

「頼む……助けてくれ……!カタリーナを助けてくれ……!」

何度、そう祈っただろうか。
カタリーナが意識を失い数分とは思えないほど長い時間が経ったように感じる。

凍てつく風が吹いた。
暗闇の中、ぼんやりとその影は現れた。

「どうしたの?」
「!」

ファロン。
やってくれたのか。ありがとう……

「ドグラス、これは何事?」

ユーリアがカタリーナの状態を見て怒気を含んだ。次の瞬間、再び風が吹き、ラルフ卿も現れまず呟く。

「暗いな」
「あなたたち、どうなっているの?何故もっと早く呼ばないの?ドグラス、泣いているの?とても気持ちが悪い。何か嫌なものが居る気がする。殺さないと。……カタリーナ。ドグラス、カタリーナはどうして……」

ラルフ卿が先に動いた。
俺が抱きかかえ膝の間でぐったりしているカタリーナに、ラルフ卿は反対側から覆い被さるとカタリーナの匂いを嗅ぎながら脈を測り、瞼を抉じ開け瞳孔を確認し、鼻先に耳を寄せ呼吸を確かめる。

「カタリーナは窒息したんだ。あなたは平気なのか?」

訝しむ様子の声には微かに棘があった。
安堵の為か、俺の涙は止まっていた。
ユーリアが俺の手からカタリーナを奪う。

「否、少し息苦しくなってきた」
「その程度?此処は地下墓地か何か……違う、隠し通路か。外が騒がしい。何れにしても、此処は人が耐えられる場所じゃない。それに、僕らが見えているんですね」

被せるようにユーリアが声を震わせた。

「ドグラス、カタリーナを仲間にさせて。このままだと死んでしまう。間に合わなくなるわ」
「待ってくれ」

俺はユーリアの腕に抱かれたカタリーナに手を伸ばした。

「カタリーナは望まない。だから、外へ連れて行ってやってくれ」
「無理よ。もう弱ってしまっていて、この子には耐えられない。此処でやるしかない」

ユーリアが牙を剥く。そして己の手の甲を噛んだ。

「寂しいならラルフに変えて貰えばいいわ」

溢れた血が霧となり俺の体に吸収されていく。
呼吸が楽になる。視界も、ずっとよく見えるようになった。元々夜目が利くのもユーリアの血によるものだ。

「ユーリア、今のはどういうこと?」

ラルフ卿が静かに尋ねる。
俺は迷っていた。カタリーナを生き永らえさせる為に、此処でユーリアたちと同じ種族に変えてしまっていいのか。それが正しいのか。

ユーリアがカタリーナの背中の下に膝を押し込み、上半身が仰け反る姿勢を取らせた。そして血の滴る歯を剥き出しにしてカタリーナに覆い被さりながらラルフ卿に答えた。

「その子は子孫なの。だから、私では変えてあげられないの」
「……あぁ、そういうこと」

ラルフ卿の手がカタリーナの首筋を覆う。ユーリアがぴたりと動きを止めた。

「手短に答えてくれる?マルムフォーシュ伯爵は君が産んだ混血児という意味?」
「いいえ。ずっと子孫。もう薄れて、ただの特別強い人の子よ」
「人間なんだね?」
「ええ」
「先祖でなくても平気?つまり、彼女の親族にヴァンパイアがいれば、その血が薬になる?」
「ええ、そう」
「カタリーナは人間のまま」
「ええ」

ユーリアが焦れた。
カタリーナの命が懸かっている状況で、止むを得ず遥か昔の結婚歴を明かすことになり、気が立っている。
だが、そんなことはこの際どうでもよかった。

ラルフ卿は頭の回転が速い。

「待っていて。すぐ戻るから」

そう言い残し、消えた。
俺はユーリアの腕からカタリーナを抱き上げ、再び抱きしめた。体が随分、冷えている。全身で包み込み、少しでも体温を分け与えられるように願う。

ラルフ卿が誰を連れてくるつもりなのかわからない。
だが、俺とユーリアが残されてしまえば待つしかなかった。カタリーナをユーリアの血でヴァンパイアに変えるのでなければ、他に選択肢はない。

「閉じ込めるわ。少しだけれど時間稼ぎになるでしょう」

ユーリアが低く囁いた次の瞬間、紅い閃光に包まれた。
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