さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
16 / 79
三章

16(ドグラス)

しおりを挟む
「俺の聞く限り、奇妙なことが起きている」

涼やかな初夏の昼下がり。
今日も共に馬車に揺られつつ、斜向かいで畏まる可愛いカタリーナにときめいている。

「ウィリアムズ侯爵夫人についての認識は、周辺の貴族たちの中で真っ二つに分かれている」
「どのような意味ですか?」
「まるで姿を現さないというものと、目に余る振る舞いというものだ」
「え?」

疑問と苛立ちで鋭くなった眼光も、こう、ムッとしているところが実に可愛いものだ。
ぐっとくる。

「前者は公の場でのみ顔を合わせる者の意見、後者は私的な催しに招かれる者たちの意見」
「ウィリアムズ侯爵家との距離感によって、人物像がだいぶ違いますね。身内でのみ通用する我儘に、近しい方々が辟易しているということでしょうか……」
「腑に落ちない様子だな」
「はい」

助手として全力を尽くそうという気概が美しい。
物怖じせず意見してくれるのが、また、愛くるしい。

「メリーポート伯爵令嬢からは、庇護欲を掻き立てる性格という印象を受けていたので」

フォーシュバリ城の滞在が一日延びた際、カタリーナを通し、メリーポート伯爵令嬢からとある母子について安否確認の依頼を受けた。
ウィリアムズ侯爵夫人チェルシーとその子どもの生存を確認して欲しいという。実に、切実な願いだ。

メリーポート伯爵家は遥か遠方であり、フォーシュバリ侯爵家とは交流のない格下の貴族であり、結婚式には招かれていなかった。そのような貴族たちからは祝辞が届けられており、フォーシュバリ侯爵家としてもそれが好ましかったのを、俺は知っている。

だがメリーポート伯爵令嬢はフォーシュバリ城にいた。

メリーポート伯爵令嬢は幼馴染と一人の男を取り合い、その戦いに敗れた二年後、王城で定期的に開催されている女近衛兵の入団試験を受けていた記録がある。
年齢で落とされたらしいが、その後も剣の腕を磨いていたらしく、時折、上級貴族の貴婦人や令嬢を実用的な意味で守る護衛として、一時的な侍女の名目で雇われその務めを果たしていたようだ。
これは興味深い活動だと感心させられた。

フォーシュバリ侯爵家の結婚式も、上級貴族に四姉妹のお目付け役として雇われていた。四姉妹のうち二人が土地の瘴気に中てられて滞在が伸びたのが幸いした。

もしかすると、全てが俺への接点を求めての行動だったのかもしれない。

当時、まだウィリアムズ侯爵令息であったアーヴィン卿を巡る恋の戦いは、ある種の諦観を以て広く認識されていた。
幼馴染といっても様々だ。マッカラーズ伯爵家の令嬢チェルシーとメリーポート伯爵家の令嬢ファロンが、まさか男を取り合って破局するとは、一種の驚きを齎した。それだけ二人の伯爵令嬢の関係は完成されていた。幼馴染の関係を越えるものがあるのではないかと囁かれるほどだったのだ。
ところが、結局は珍しくもない、儚い女の友情だった──……と。

今になって、恋に破れ一人下級貴族の行き遅れ令嬢という人生を歩むメリーポート伯爵令嬢が、真剣にかつての幼馴染を案じている。
美しい友情が息を吹き返した事実は、カタリーナがいなければ俺の元まで届かなかっただろう。

ぜひ、一役買いたい。

お目付け役の任を解かれ帰路に着いたメリーポート伯爵令嬢を街道で拾う段取りになっており、今、正に向かっているところだ。

「……そういえば、不思議だったのですが」
「うん?」
「ウィリアムズ侯爵家の方々は、結婚式にはいらっしゃいませんでしたよね」
「ああ。その理由も、本人たちの口から語ってもらうことになるだろう」

納得したのか、カタリーナの眼光が落ち着いた。真剣に思考するどこを見るでもない眼差しが、また可愛い。
カタリーナがどんな答えを出すのか、興味がある。

雇い主の用意した馬車で帰路についたメリーポート伯爵令嬢には、左の窓に赤いスカーフを巻きつけておくよう指示しておいた。
夕暮れが迫る前に、街道で合流を果たす。

「どうぞ」

口裏合わせの報酬は御者に任せてある。
俺は馬車の中から声をかけた。
カタリーナが斜向かいから俺の真正面に移る。御者によって開かれていた馬車の扉に手を掛けて、メリーポート伯爵令嬢が素早く乗り込んでくる。緊張しているが、身の熟しは武術の心得を感じさせる。

「レディ・ファロン」

先制した方が、相手も気が楽だろう。
格上の貴族相手に膝も折れないとなれば、気まずさを覚える者もいる。

「御苦労さま。おてんば娘たちの世話は骨が折れただろう」
「いえ」

凛とした、女性の中では低い声が明瞭に言葉を紡いだ。

「お守りするのが私の務めですので。お役に立てて光栄でした」
「ふむ、立派だな」
「滅相もございません。閣下、この度は──」
「!?」

飛び出た敬称にカタリーナが目を丸くして、肩を触れ合わせ並んで座るメリーポート伯爵令嬢の横顔を凝視する。
これはいけない。メリーポート伯爵令嬢は立派だが、カタリーナが真似したら俺が困る。

「よせよせ。もっと気楽にいこう。一時のこととはいえ、旅の仲間じゃないか」
「……………………」

沈黙が長い。
こちらの真意を伺うように思案するメリーポート伯爵令嬢と、眉間にしわを寄せて素早い瞬きを繰り返すカタリーナ。二人の凛とした令嬢を前にするのはこの上ない幸せだが、何事もはじめが肝心だ。

「今回は、華があっていい」
「……」

カタリーナが俺を睨んだ。
次いでメリーポート伯爵令嬢が巧みに警戒心を隠し、カタリーナを俺から守ろうと決意した気配を感じた。

実に俺らしい始め方だ。

「さて、三人目の御尊顔を仰ぐのが楽しみだ」

大切な幼馴染を示唆しようとも、メリーポート伯爵令嬢は揺らがない。寧ろ、軽薄な男への警戒心を一層強固にしたようだった。

だが、わかった。

彼女は自身の為に俺を警戒しているわけではない。
カタリーナと幼馴染を守る為に、悪い男を警戒している。これが性格なのだろう。

果してウィリアムズ侯爵夫人は守られるべき人か、否か。
明らかにする時は近い。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。 心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。 そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。 一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。 これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

【完結】愛で結ばれたはずの夫に捨てられました

ユユ
恋愛
「出て行け」 愛を囁き合い、祝福されずとも全てを捨て 結ばれたはずだった。 「金輪際姿を表すな」 義父から嫁だと認めてもらえなくても 義母からの仕打ちにもメイド達の嫌がらせにも 耐えてきた。 「もうおまえを愛していない」 結婚4年、やっと待望の第一子を産んだ。 義務でもあった男児を産んだ。 なのに 「不義の子と去るがいい」 「あなたの子よ!」 「私の子はエリザベスだけだ」 夫は私を裏切っていた。 * 作り話です * 3万文字前後です * 完結保証付きです * 暇つぶしにどうぞ

幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。 いつもありがとうございます。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...