王女様、それは酷すぎませんか?

希猫 ゆうみ

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「ヒルデガルド。神の娘よ。よく調査してくれた。改めて訴えを聞こう」

ニコラス王太子は切迫していながらも誠意の篭った眼差しで私を促した。
涙はもう止まっていた。

「思いもよらない痛ましい事件が度重なり隠蔽されていた背景には、悍ましい陰謀がありました。この件は極めて小さな組織によって行われた残虐な誘拐及び暴行事件であるだけではなく、口にするのも恐ろしい巧妙な謀反の一端でもあったのです」

私は一人の伯爵令嬢でありながら王女を処刑台へ送ろうとしている。
迷いはない。

この戦いが過ちならば、神が私を裁いてくださる。

「どのような目的で行われた残虐行為であったかは証言の通りです。私は此処に、ハルトルシア王国の王女ソフィアを国家反逆罪の首謀者として告発いたします」

聖職者たちが静かに祈り始める。

「陰謀よ!私を陥れる陰謀でしょう!よく見なさい!そこのヒルデガルドは神の娘を名乗りながら汚れた平民の男を侍らせて女王気取り!よくも異端審問官など連れて来れたものねぇ!お前こそ魔女よ!男を惑わし王家を乗っ取る忌まわしい魔女なんだわ!!騙されないでお父様!!」

ソフィア王女が激しく抗議した。
私は怯まずに続けた。

「併し一点懸念しておりますのは、御本人の口からあがったように忌まわしい悪魔の力が働いていた場合の処遇です。一連の出来事を通してみても、恐れながらソフィア王女が正気とは思えませんでした。もし悪魔の仕業であれば王女に罪はありません。厳正なる審査が求められます」
「それで異端審問官を呼んだのか」
「はい」

ニコラス王太子からは慎重に熟慮している様子が伺えたが、そこで突然、王妃が笑い声をあげた。

「……?」

誰もが凝然と王妃を見つめた。
私は息を飲んだ。

私は、神に背いてしまったのだろうか……

「可笑しい」

王妃が嫣然と笑い私を見据える。

「私の娘が魔女だと言うの?面白い子」
「……」

私は息を飲んだ。
心臓があり得ないほど早く脈動し全身から汗が噴き出す。

手が震えた。
足が竦んだ。

「ねえ、大司教様?神の娘である私が魔女を産んだんですって。そんなことがあるのかしら。神の悪戯?陛下はどうお思いになります?」

場違いなほど上機嫌に笑い王妃は方々に問いかける。
それから口を押さえてソフィア王女をじっと眺めた。眺めながら笑っていた。

「……」

私が敗北するかもしれないという懸念を脇に置いたとしても、王妃と王女という母子の間には異様な空気が張り詰めていた。
何が起きているのだろうかと次第に冷静さを取り戻した頭の隅で考え始めた時、ニコラス王太子が私の肩に手を置いた。

「?」
「ヒルデガルド。真剣に考えてくれたその忠義には感謝する。だが妹は魔女ではない。悪魔になど誑かされてはいない。悪人だ」
「……」

私はニコラス王太子と暫く見つめ合い、自分が敗北したわけではないと悟った。

「裁きは王家で内々に下す。悪人だが、あれは王女なのだ。民衆の前で辱めはしない」
「……はい」
「男たちには王家が責任をもって償う。約束する」
「はい」

憎いソフィア王女がどのように処罰されるかという問題より、レオンやヨハンやザシャの人生がどこまで取り返せるかという問題の方が遥かに重要だった。ウィリスなど立ち直れるかすら危うい。

「救済してください」
「わかっている」

ニコラス王太子が罪悪感に苛まれているのは切迫した真剣な表情を見ても疑いようもない。
私は改めて自分がこの若き為政者を信頼しているのだと認識した。

併し陪審員の貴族たちは納得していなかった。
犠牲になった男たちへの同情より、まずは王女の明確な罪状と目に見える処罰を望み声をあげ始めた。

「殿下を拷問するつもりだった女ですぞ!」
「厳正なる処罰を!」
「異端審問をするべきです!」

更に声が上がる。

「陛下はいつまで王女を野放しになさるおつもりですか!」
「王妃様!王女は王国に巣食う病魔なのです!」

混沌とした騒ぎの中でソフィア王女も叫んだ。

「黙れ無礼者!!お前たち皆処刑よ!!」

私は改めてニコラス王太子を見た。美しい碧い瞳は少しの困惑を私に返し、そして、ふいに耳打ちする。

「やってくれ」
「……?」

意図が読めない。
何について私に協力を求めているのだろうか。

王妃が手を掲げ騒ぎを鎮めた。国王は悲嘆に暮れている。

「こうしましょう。私たちは肉親ですからどうしても甘くなってしまう。ソフィアにヒルデガルドへ謝罪させ、神の娘の許しを得られた場合のみ放免します」

騒ぎはより大きくなった。
憤慨、怒号、悲鳴が入り混じる。

何故こうなってしまったのかわからない混乱の中で王妃が嫣然と微笑を刻み私に手招きする。

「おいで、ヒルデガルド」
「……」

逡巡し、従うべきだと本能が告げる。
私は半ば操られたかのように一歩踏み出した。その私の手を掴む者がいた。

硬い革の感触。

振り向くとレオンが恐怖と困惑に目を瞠り私を引き留めていた。

「大丈夫よ」

私は微かに口角を上げ、約束する。
ニコラス王太子の言葉の意味がわかった気がした。

私が王女を裁くのだ。
神の娘として。

神は私を支え、強めてくださる。

呆然とするレオンの手からすり抜けて私は王妃のもとへ駆け寄った。
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