悲劇の契約結婚ではありますが、私たち愛を証明いたします。

希猫 ゆうみ

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「あーあ、物騒な喧嘩だこと!いい加減にして!!」

努めて呑気な声を上げ、私はランスの背中を強く叩いた。
それから転がった杖を拾い上げノアム侯爵令息に差し出す。

「まったく。親友同士の喧嘩をこんな大事にして。死にかけたのは御気の毒だけれど、呼んでもいないのにいらっしゃらないでくださる?」
「……」

ノアム侯爵令息が呆気にとられた様子で杖を掴んだ。
私はランスに向き直り、夫のこともしっかり睨んだ。

「せっかくあなたの留守にミネットと遊んでいたのに台無しよ。召喚状をなんだと思ってるの?いくら私と離れ難いからって遅刻したらせっかくの恩赦が白紙に戻っちゃうじゃない!」
「…………え?」

ランスはノアム侯爵令息の百倍呆気にとられている。

私を舐めてもらっては困る。
私はランスを愛しているのだ。

優しいせいで黙って傷つき続ける強い人。
愛するランスと悍ましい悪魔の間に滑り込み、今度は前から夫に抱きついた。そしてランスの頬を両手で挟み、背伸びをして、微笑みで愛を伝えてキスをする。

「……は?」

背後からノアム侯爵令息の間抜けな声がした。

「愛してるわ、ランス」

美しい淡褐色の瞳が揺れ、奥に私が映っている。
あなたが守りたいものを、私も、命を懸けて守ってみせる。

「ベイル!いつまでボケッと突っ立っているの!?お邪魔虫を追い出して!!」
「はい奥様!」

ランスの帰還に力を得たのか、私の気迫に押されたのか。
老齢で負傷中の執事ベイルがノアム侯爵令息を開いた馬車に押し込み爆速で扉を閉めた。そして御者に数代前から出入りを禁止している旨を伝えた。

「本当だよ。招いたことないだろう?」

ランスが私を見つめながらノアム侯爵家の御者に声を掛けた。

「今帰れば使用人は見逃すわ」

私が追い打ちをかけてすぐ、ノアム侯爵家の御者は馬車を走らせた。
もしかすると退散する機会をずっと窺っていたのではないかとさえ思うくらいには迅速だった。

ベイルがくらりとよろめく。

「あいつ、杖で打ったのよ」
「なんだって?」

ランスが我に返りベイルを支えた。
私も反対側に回りベイルの脇の下あたりに肩を突っ込んで支えたけれど、背丈が足りずお役御免となる。門兵の一人に目配せをして後を託した。

「大丈夫か?」
「申し訳ございません、ランス様。私としたことが……」
「いいから、早く休もう」

老齢のベイルが心配なのはランスも同じようで、すっかりいつもの優しい夫に戻り、真剣且つ丁重に執事の体を支えながら城へ向かっていく。
私はランスの傍らにつき夫の背に手を添えた。

「デヴィッドは?あなた、どうして帰ってきたの?」
「ああ、うん……」

夫はベイルの痣を目視しながら生返事で応えた。
今、ランスが乗ってきた馬は門兵の一人が相手している。そういえば午前中に馬車を牽いていったカルメット侯爵家の馬ですらない。

「でも、まあ、よかったわ。あと数分遅かったら私があの男を引っ掻いていたと思う。私を見に来たんですって。失礼しちゃうわ。貰われた鳥か猫みたいに言ってくれちゃって。あなたとの間に何があったとしても、私はノアム侯爵令息に非があると確信を深めたわよ。随分自分の顔に自信があるみたい。あなたを捨てて自分と結婚しろとまで言ったわ。やっぱり城門を越えた時点で引っ掻いてやればよかった。次はないわよ」

気づかないふりは上手くいっただろうか。
私がノアム侯爵令息に傷つけられていなくて、何も気づいていないと……少なくともその建前でいくとわかってくれただろうか。

私がランスの傍にいると。
妻として同じ道を歩むということを。

「……」

返事はない。

「そういえば、あの馬、うちの馬じゃないわよね。私に会いたくて馬を借りたの?可愛い人ね」
「違うんだ」

即答されて若干は微妙な気持ちになるものの、状況を鑑みれば些末な問題だ。

「君はなんでそんな格好を……」

ベイルを支えて歩きながらランスが泣きそうな顔で私を見るので、私は唇を窄めてとぼけた。

「あなたがいないのが寂しくて大浴場の掃除に混ぜてもらって追い出されたの。移動用に借りたのよ」
「そう……」

鐙の音がした。私とベイルが振り返る。ノアム侯爵令息が舞い戻ってきたのかと警戒したのだ。

でも違った。
今朝見送ったカルメット侯爵家の馬車が優雅に帰路についてこちらに向かっているだけだった。

「行かなくてよくなったの?」

その報せを持ってきた使者の馬を奪ったとか?

一度にあれこれ起き過ぎて頭の回転が鈍くなったところで、今度は城から駆けてくるずぶ濡れのミネットが目に入った。私は怒られるかもしれないけれど、負傷したベイルを預けるのに適した相手でもあるので妙に安心した。

唐突にランスが口を開く。

「君のお客様に助けられたんだ。だけど、君は会いたくないかもしれない」
「え、誰?」

私はカルメット侯爵家の馬車を改めて眺めた。

誰が出てこようと驚かない自信がある。悪魔を追い払った私には、もう、ランスを失うこと以外に恐いことなんてない。
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