悲劇の契約結婚ではありますが、私たち愛を証明いたします。

希猫 ゆうみ

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「私が間違っておりました。数々の無礼な言動を心からお詫びいたします。申し訳ございませんでした」

談話室で二人きりになるとシュヴァリエ伯爵家のテレザ夫人が跪いて深く頭を垂れた。そこまでされるとさすがに面食らってしまう。相手は他でもない、貫禄と名声を兼ね備えたかつての女傑なのだ。跪かせていい相手ではない気がした。

「やめてください。過ぎたことです」

それに今は目の前の問題──ランスの幽閉とノアム侯爵令息の悪行が圧倒的に重大なので若干どうでもいい。

私はテレザ夫人の肩に手を添えた。
正直、困っている。

「そういうこともあります……私も夫を愛していますから、愛する人の為に頭に血が上って事実が見えなくなることもあるだろうと思います」
「申し訳ございませんでした」
「わかってくださったので、もういいです」

焦れる私の意を全く汲んでくれる気配はなく、テレザ夫人はしばらく跪いたままでいた。

私は困り果て扉に何度も目を遣った。
テレザ夫人の希望で、使用人を立ち会わせず二人きりの場を設けたのだ。重要な話があると言われて、指輪泥棒の濡れ衣が晴れたと思い能天気に応じた。

テレザ夫人の頭を見つめていても過去は変わらない。そして時は戻らない。誠意は伝わったので、これ以上無駄な時間を使いたくない。

なんといっても夫は召喚状を無視して帰ってきてしまったのだ。
一大事だった。

「ありがとうございます、テレザ夫人。あと、あの、夫に馬を貸していただいて……?」

私が違和感に首を傾げたのと同時に、テレザ夫人の頭がまた下がった。

「その件でございますが」
「ええ」

続くのね。

「お詫びの品をお届けにあがろうと思っておりましたところ、運よくお役に立てまして」
「……馬で?」

さすが女傑としか言いようがない。

「こちらをお受け取りください」
「……?」

テレザ夫人が懐に書状を隠し持っていたことにも驚いたけれど、威圧感たっぷりに差し出してきて私はおずおずと受け取るしかなかった。
お詫びの御手紙にしては物々しい。

私は書状を開いた。
跪き頭頂部を私に向けたまま、テレザ夫人は語調を強める。

「カルメット侯爵の無罪を求める嘆願書でございます」
「──!」

法律に詳しくない私でも、それがテレザ夫人の手によって書かれた正式な書状であることは察することができた。本文の下には長い署名が続いている。

「……」

私の体から汗が噴き出し、動悸が乱れる。

「……これは……」

全て伯爵位以下の家に属する貴族女性の名前だった。
その意味するところを、私は正確に理解したと思う。

「息子の離婚に伴い、シュヴァリエ伯爵家はジュリエッタに対し結婚詐欺の訴えを起こしました。貴族間の詐欺ですので裁判になり準備で王都におりましたところ──」

ここまでは正直、流して聞いていた。
嘆願書に込められた忌まわしい真実に愕然としていた。

ところが。

「カルメット侯爵の結婚に異議申し立てを起こすため、ノアム侯爵が来ているのを知りました」
「……はい?」

意外であると同時に、図々しさが忌々しい。
息子の管理を怠っておいてと呆れたけれど、嘆願書の署名を見る限り親子揃っての悪癖なのだろう。

「探りを入れると、結婚後の召喚状は恩赦を与える為ではないかと、的を得た訴えとのこと」
「……」
「親子で憤っているとのことでしたので、カルメット侯爵の不在に合わせエドワール卿の方も何かしらの行動に出るのではないかと」
「……ええ」
「余計な気を回したのではと思いはしましたが、丁度お渡しする物もございましたので馬を飛ばしました。すると偶然カルメット侯爵家の馬車とすれ違いましたので、閣下に馬をお譲りしました」
「ありがとう」

テレザ夫人に偶然が重なるはずがない。
咄嗟の判断と行動力に助けられたのだ。

私は嘆願書の後半、署名部分に目を戻した。

テレザ夫人を筆頭に貴婦人や令嬢の名が続くその末尾に、ジュリエッタと、私の母の名があった。

「あなたを含め、知った名前がありますが……」
「ルブラン伯爵家へのお詫びと慰謝料をお渡しに上がりました際、話合いの末ご署名をいただきました。私共について、実害はございません」
「……ええと……あの……」

自分がどうして苛立っているのか、最初、私にはわからなかった。
唐突な怒りで声を荒げてから遅れて理解した。

「こんなことをしなくても私はあなたを許したわよ……!あなた、自分の正義感の為に他人の傷を抉ったの!?」

襲われた女性たちに実名で声を上げさせるなど、許されないことだ。彼女たちの名誉は、尊厳はどうなるのか。たとえ勇気だとしても、その勇気を振り絞ってまでもう一度傷つく必要はない。

人目に晒されるだけで不快なのに。

テレザ夫人が顔を上げた。
その表情は罪悪感もなければ、ご機嫌伺いでもない。ただ厳しい決意が込められている。

「未来ある善き人を、無実の罪に貶めたままにはできません」
「なぜ今更?私が結婚する前から彼は罪を被ってる!」
「他人でしたから」

当然のように彼女は言った。

「私のような立場では侯爵家同士の紛争に口を挟むなどできません。ですがあなたを通し全くの他人ではなくなりました。あなたも結婚するまで恐れていたのでは?」
「そうね」

それは素直に認めるしかない。

「あなたの夫は悪魔に鉄槌を下した英雄です」
「……」

だから、ありがとうって?
そんな感謝は要らない。ランスは欲しがらない。

私は嘆願書を破り捨て、暖炉に放った。

ランスが命を懸けて守ろうとしているのに、女性の苦痛を利用するなど在り得ない。

「侯爵夫人」

テレザ夫人の声に咎める色はなかったが、多少、事実に対する諦めや覚悟が感じられた。

「陛下も救いたがっているご様子でした。他に方法がありますか?」

彼女はかつて、私を疑い、断罪した。
けれど今となっては立場が逆転し、初めて見える景色があった。

本来のテレザ夫人は強く、気高く、信頼に値する。在り得ない事ではあるけれど、仮に妻の私が頭を下げて回ったとしても痛みを抱えた彼女たちは署名しなかっただろう。
相手がテレザ夫人だからこそ託した。

それに、今日、私を助けてくれたのは事実だ。
私はテレザ夫人の誠意を信じる。

「誰の涙も利用しない方法を取ります。私に力を貸してください」
「あなた様の為でしたら、何なりと」

立場が逆転しようとも、テレザ夫人にあって私にないもの。
それは知識と人脈だった。
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