悲劇の契約結婚ではありますが、私たち愛を証明いたします。

希猫 ゆうみ

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43(イザベラ)

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宮廷画家に〝あなたを描きたい〟と言われた時、世界を手に入れたような気がした。誇らしかった。しかしまだ未熟だった。未熟ながら、自身の美貌とその成長を確信していた。

私自身が公共物にされていると気づいた時にはもう遅かった。

憧れや賞賛を受けて満たされながら、どこか居心地の悪さ、気味の悪さを感じ取っていたけれど、気づかないふりをし続けた。名声と財産が積み上がっていく快感に酔い痴れた。

ある日、私の裸婦像が出回った。
高値で競り落とされたという。私は国王の愛人であり、数多の芸術家と戯れる淫乱だとまことしやかに噂されてしまった。

「君のような淫売は貴族ではない。薄汚い娼婦だ!」

婚約者に見放され、次に舞い込んだ求婚では恐ろしい要求をされた。
婚約披露の為の舞踏会が、実は、国王の寵愛を受ける娼婦を共有し優越感に浸ろうという悍ましい一部の貴族たちの集会だった。

私は野兎のように草木を分けて必死に逃げた。

そうしている間にも私の裸婦像や淫らな絵画が複製され、売買された。
宮廷は粗悪な模造品として取り締まる動きを見せはしたものの、表舞台から消えた裸の私は闇で益々過激な姿を晒し蔓延していった。

私は誰の前でも脱いだことはなかった。
賞賛を受け煽てられようと、誇り高い貴族令嬢なのだ。

でも、私は、美貌を賞賛される令嬢であると同時に、国中の慰み者になってしまった。

そんな時、私の姿を象った女神像を造らせたのは王妃だった。

「野蛮で下品な獣どもに屈してはなりません」

国王の寵愛を受ける王妃は私が愛人でないことを誰よりもよく知っていた。

そして悪趣味で無礼な一部の芸術家たちが勝手に私を冒涜したのだと動き出してくれた。後にそれが、ある一人の、誠実で真っ直ぐな冴えない田舎貴族の訴えによるものだったと知った。

私はその田舎貴族と結婚した。




「最初から、愛なんてなかったわ」

シュヴァリエ伯爵家へ急ぐ馬車の中で、私は夫の顔も見ずに呟いた。
けれど涙が零れてくる。

「私、逃げたの。ルブラン伯領には芸術を愛するような高尚な貴族もいないし、寄り付かない。それにこんな辺鄙な場所まで私の体を追って来るような馬鹿はいないだろうって……あなたを愛してなかった」
「イザベラ……」

夫が私の肩を抱く。
慰めるように、守るように。

ルブラン伯爵夫人として重ねた年月は穏やかで楽しく、愛しい思い出だ。

「でも、あなたはいつも、私の為にできる事を精一杯してくれた。私を愛してくれた。幸せにしてくれた」

止め処なく涙が溢れて来るうちに、感情そのものが制御できなくなる。
私は顔を覆った。

「あなたとやり直したい……!」

指輪泥棒などという馬鹿げた濡れ衣で窮地に陥れられた娘をカルメット侯爵へ嫁がせた夫に、私は衝撃を受けた。
裏切られたと思った。

あなただけは違うと思っていた。
でも、他の粗野な男たちと同じ。

その絶望は私を頑なにし、娘にも、愛など存在しないと説いた。

しかし現実は、私が心を鎖しても、娘に憎悪されたとしても、夫は私たちを愛し続け、守り続けていたのだ。

私が淫らな娼婦ではないと気づいてくれたあの頃のまま。
夫は真っ直ぐに真実だけを見つめていた。ただ、現実を動かすような政治手腕がないだけだった。

目が覚めたのは私よりシュヴァリエ伯爵家のテレザ夫人が先だった。
仕組まれた指輪盗難の真相、犯人、娘の婚約者だったナヴァーラ伯爵と犯人の関係性などを只ならぬ説得力で説いた後、テレザ夫人は私たちに誠心誠意の謝罪をし莫大な慰謝料を提示した。

そして、女だけで話がしたいと私の夫を退室させ、言ったのだ。

「カルメット侯爵が一早く冤罪に気づかれ救いの手を差し伸べたのは、彼自身が無実の罪を背負っているからと私は確信しています」

カルメット侯爵が手に掛けたというノアム侯爵令息について、気の毒とさえ思わなかったのは事実だ。

どうせ父親に似て女癖が悪く制裁が下されただけだと思っていた。
だからカルメット侯爵本人が危険人物で娘に危害を加えるかもしれない……そんな懸念は微塵も抱かなかった。そして裁かれてすぐ表舞台を去るならシルヴィは安寧を得るから悪い話ではない、そう考えたのも事実。

「そこで、未来ある若き善良な夫婦を救いたいと思い立ち、このような物を準備しました」

テレザ夫人が示したのは、恐れ多くも今では私の義理の息子でもあるカルメット侯爵の無罪を願う嘆願書だった。
署名は女の名ばかり連なっており、察しがついた。

親子二代に渡り行った悪行の犠牲者たちが、鉄槌を下してくれたであろうカルメット侯爵のために声を上げたのだ。

家族を含め男性に打ち明けるわけにはいかない犠牲者たちが、女傑と名高いテレザ夫人にある時点で頼っていたというのはあり得る話で、そうであるならば訴えを起こさずに沈黙を貫いたテレザ夫人も賢明だった。

極めて保身的で確信犯でもあるノアム侯爵は、常に伯爵位以下の女を狙っていた。気を患い塞ぎ込むようになったり、逆に荒れたりする令嬢や婦人を知ると、可哀相に毒牙に掛けられたのだと気の毒に思ったものだ。

でも、誰も訴えることはできない。
穢されたと表明するくらいなら死んだほうがましだから。

誇りを守り生きていくには、口を鎖すしかなかった。

私は当時、宮廷に出入りもしていたし不本意ながら国王の愛人という噂にも助けられ、若き日のノアム侯爵の餌食にならずに済んでいた。

また数年間、ノアム侯爵が一人の踊り子に入れ込んでいた時期がある。当時の女たちにとって安心できる日々だっただろう。彼女と私が男たちの欲望を集めていたから。
ノアム侯爵はその踊り子を臣下の養子にすることで貴族令嬢にした上で結婚した。彼女は難産で亡くなった。

正直なところ、ノアム侯爵家の邪悪な力を削いだカルメット侯爵に陰ながら感謝した女性は少なくなかったはずだ。
私はテレザ夫人の計画に納得し、署名した。

しかし日が経つにつれ、恐ろしい過ちを犯したと焦燥感に駆られ始めた。
そして数ヶ月ぶりに夫に声を掛け、急ぎ、馬車を走らせてもらっている。

テレザ夫人を止めなくてはならない。
あの嘆願書には弱点がある。強い彼女にはそれがわからないのだ。
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