46 / 52
46
しおりを挟む
「──というわけですので、私は間違いなく誠実で堅実な人格を備えるであろう人物を養子に迎えるつもりです。夫も養子ですから、構いませんよね?」
謁見の間に入ると独特の厳粛な空気が流れてはいたものの、国王陛下と思しき人物からは親戚か目をかけている臣下を迎える温かさを感じることができた。事実、ランスはその両方に属している。
同席した宮廷裁判所の人間、側近や大臣やその他の役人たちでさえ、表情は硬いものの私の顔を見て目を輝かせたのだ。
ええ、そうよ!私が来たわ!正義の女神が!!
そんな烏滸がましい冗談は口が裂けても言わないけれど、私は彼らの目の色を見て愛嬌で押す作戦に出た。
母は言った。
媚びる為ではなく、人の心を操るために微笑めと。
「私は夫と離れません。どうしても幽閉なさると仰るのであれば私も共に参りますので、養子を迎える為の時間を頂戴したく、心より切にお願い申し上げます。ランスを愛しているのです」
私は床に擦り付ける勢いで深く頭を垂れる。
「私からは以上です」
同じく跪いて頭を垂れているランスから、微妙な沈黙が伝わってくる。笑いを堪えているような雰囲気だ。
「仲睦まじいようで何よりだ。カルメット侯爵、呼び出した理由をわかっているのだろう。思う通りに言ってみなさい」
約束通り、ランスは恩赦を願い出た。
私を愛していることや、私を不幸にはできないこと、領民たちへの責任、自分だけが課せられた役目への誇りなどを謙虚に述べる。
「どうか幽閉先をカルメット城にしてください。政務は妻と後継者に任せ、償いの姿勢を決して忘れないと誓います」
沈黙が落ちた。
最早、誰がどう見てもランスの優勢であるというのにも関わらず、無罪の主張だけはしない。あくまで自分がノアム侯爵令息を手に掛けたという立場だけは貫こうとしている。
「ランス……」
国王までついにランスを名前で呼んだ。
「ここに、複数の貴族から嘆願書が届いている。お前の無実を信じる者や、正統な理由を追求すべきという者、子供同士の喧嘩を大事にしたノアム侯爵への非難の声もある。更にはノアム侯爵がお前を陥れようと画策した冤罪とまで言い出した者までいる」
「……」
ランスは頭を垂れたまま動かない。
「どうだろう。お前が言いたくないことは無理に明言しなくていい。ただ、この場で正式に無罪を言い渡せるだけの一言をくれないか。速記者も正しく記録する。せめて幽閉を覆せる事情を、大まかで構わないから……。ランス、お前を罰するのは不本意なのだ」
ほら見なさい!
と、夫に向かって叫びたい衝動を堪える。
ただ大まかであろうと真実に迫る事情など一言も洩らすわけにはいかない。宮廷裁判所の役人を前にして虚偽の発言も許されない。
結局ランスには沈黙するしか手段がなかった。
それでも、このまま押し通せるような気配が確かにあった。
ランスは唯一の希望、幽閉先をカルメット城にしてほしい旨を伝え、恩赦を願い出ている。これさえ叶えば幽閉されてもその実情は篭城だ。
「言えない理由があるのか……そうだとは、言えないな」
誰かを庇っていると国王自ら気づいていることを示す発言にも、ランスは沈黙を以て答えた。それが答えであることも承知しているだろう。
その時だった。
あってはならないことが起きてしまった。
「カルメット侯爵が召喚に応じたと伺い、証言を致したく参りました」
沈黙を破った麗しい声。
ヴェルディエ伯爵夫人ミレーユが謁見の間に姿を現した。
私は飛び上がるほどの勢いで体を起こし、嵐を恐れる野兎のように謁見の間を見渡した。現実から逃れられないと知りながら逃げ道を探したのだ。そんなものはなかった。
ピオジェ公爵家の公女であったミレーユを咎める者は一人もおらず、権力を握る証言者が現れたことを国王はむしろ喜んでさえいるようだった。
ランスは愕然と顔を上げた。
その見開かれた目は絶望し、悲しく揺れている。
「聞かせてくれ」
国王がそう呼び掛けてしまえばもう、止められない。
「陛下。誠に勝手ながらこの証言は陛下の耳にだけお入れしたく存じます。宮廷の裁判官殿に証拠として発言を残すには及びません」
謁見の間の入口に佇んだままミレーユが言うと、国王は頷いて手招きをした。静かな足音が近づいて来て、ランスと私を追い越していく。
「……!」
ランスが壊れてしまいそうで、私は膝を摺って彼にしがみ付くと大きな体を力いっぱい抱きしめた。
やがてミレーユは国王の座る席への僅かな段差をゆっくりと踏みしめながら上がり切り、優雅ながらも物怖じしない様子でその耳元へ顔を寄せた。手を添え、何か囁く。
「ミレーユ……!」
ランスの声は掠れ、震えていた。
国王が瞠目し、謁見の間が凍り付く。
謁見の間に入ると独特の厳粛な空気が流れてはいたものの、国王陛下と思しき人物からは親戚か目をかけている臣下を迎える温かさを感じることができた。事実、ランスはその両方に属している。
同席した宮廷裁判所の人間、側近や大臣やその他の役人たちでさえ、表情は硬いものの私の顔を見て目を輝かせたのだ。
ええ、そうよ!私が来たわ!正義の女神が!!
そんな烏滸がましい冗談は口が裂けても言わないけれど、私は彼らの目の色を見て愛嬌で押す作戦に出た。
母は言った。
媚びる為ではなく、人の心を操るために微笑めと。
「私は夫と離れません。どうしても幽閉なさると仰るのであれば私も共に参りますので、養子を迎える為の時間を頂戴したく、心より切にお願い申し上げます。ランスを愛しているのです」
私は床に擦り付ける勢いで深く頭を垂れる。
「私からは以上です」
同じく跪いて頭を垂れているランスから、微妙な沈黙が伝わってくる。笑いを堪えているような雰囲気だ。
「仲睦まじいようで何よりだ。カルメット侯爵、呼び出した理由をわかっているのだろう。思う通りに言ってみなさい」
約束通り、ランスは恩赦を願い出た。
私を愛していることや、私を不幸にはできないこと、領民たちへの責任、自分だけが課せられた役目への誇りなどを謙虚に述べる。
「どうか幽閉先をカルメット城にしてください。政務は妻と後継者に任せ、償いの姿勢を決して忘れないと誓います」
沈黙が落ちた。
最早、誰がどう見てもランスの優勢であるというのにも関わらず、無罪の主張だけはしない。あくまで自分がノアム侯爵令息を手に掛けたという立場だけは貫こうとしている。
「ランス……」
国王までついにランスを名前で呼んだ。
「ここに、複数の貴族から嘆願書が届いている。お前の無実を信じる者や、正統な理由を追求すべきという者、子供同士の喧嘩を大事にしたノアム侯爵への非難の声もある。更にはノアム侯爵がお前を陥れようと画策した冤罪とまで言い出した者までいる」
「……」
ランスは頭を垂れたまま動かない。
「どうだろう。お前が言いたくないことは無理に明言しなくていい。ただ、この場で正式に無罪を言い渡せるだけの一言をくれないか。速記者も正しく記録する。せめて幽閉を覆せる事情を、大まかで構わないから……。ランス、お前を罰するのは不本意なのだ」
ほら見なさい!
と、夫に向かって叫びたい衝動を堪える。
ただ大まかであろうと真実に迫る事情など一言も洩らすわけにはいかない。宮廷裁判所の役人を前にして虚偽の発言も許されない。
結局ランスには沈黙するしか手段がなかった。
それでも、このまま押し通せるような気配が確かにあった。
ランスは唯一の希望、幽閉先をカルメット城にしてほしい旨を伝え、恩赦を願い出ている。これさえ叶えば幽閉されてもその実情は篭城だ。
「言えない理由があるのか……そうだとは、言えないな」
誰かを庇っていると国王自ら気づいていることを示す発言にも、ランスは沈黙を以て答えた。それが答えであることも承知しているだろう。
その時だった。
あってはならないことが起きてしまった。
「カルメット侯爵が召喚に応じたと伺い、証言を致したく参りました」
沈黙を破った麗しい声。
ヴェルディエ伯爵夫人ミレーユが謁見の間に姿を現した。
私は飛び上がるほどの勢いで体を起こし、嵐を恐れる野兎のように謁見の間を見渡した。現実から逃れられないと知りながら逃げ道を探したのだ。そんなものはなかった。
ピオジェ公爵家の公女であったミレーユを咎める者は一人もおらず、権力を握る証言者が現れたことを国王はむしろ喜んでさえいるようだった。
ランスは愕然と顔を上げた。
その見開かれた目は絶望し、悲しく揺れている。
「聞かせてくれ」
国王がそう呼び掛けてしまえばもう、止められない。
「陛下。誠に勝手ながらこの証言は陛下の耳にだけお入れしたく存じます。宮廷の裁判官殿に証拠として発言を残すには及びません」
謁見の間の入口に佇んだままミレーユが言うと、国王は頷いて手招きをした。静かな足音が近づいて来て、ランスと私を追い越していく。
「……!」
ランスが壊れてしまいそうで、私は膝を摺って彼にしがみ付くと大きな体を力いっぱい抱きしめた。
やがてミレーユは国王の座る席への僅かな段差をゆっくりと踏みしめながら上がり切り、優雅ながらも物怖じしない様子でその耳元へ顔を寄せた。手を添え、何か囁く。
「ミレーユ……!」
ランスの声は掠れ、震えていた。
国王が瞠目し、謁見の間が凍り付く。
60
あなたにおすすめの小説
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。
ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。
程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが…
思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。
喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___
※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)
異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
花言葉は「私のものになって」
岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。)
そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。
その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。
美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。
青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる