悲劇の契約結婚ではありますが、私たち愛を証明いたします。

希猫 ゆうみ

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47(ランス)

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あの日、私の人生はそれまでと全く別のものになった。
あの夜から、見えない哀しみ、見過ごした痛み、風のように通り過ぎた悲鳴が幾つあったのかと考えざるを得なかった。

辿り着いた真実は、幾つもあるという悲劇だ。

私一人に背負えるものではなかった。
だがただ一人の悲劇だけは、私の悲劇だった。

守りたかった。

あの夜、ノアム侯爵家の晩餐会でエドワールは次期当主になると公表された。
母親が漁村出身の踊り子であるという理由で長らくエドワールは爵位継承が危ぶまれていたのだが、現実的な問題として後継者がおらず、交際や求婚に応じるような有力な相手もいなかった。

自尊心と虚栄心の強い我儘なノアム侯爵には、養子という選択肢はありえないものだったようだ。

年齢的に私をカルメット侯爵家の養子だと睨んでいたノアム侯爵は、唯一見下せる相手として私を重宝していた。母親の美貌と天真爛漫な性格を受け継いだエドワールのことを、父親に恵まれなかっただけのいい友人だとさえ思っていた。

友人として、父親の呪縛から、貴族社会のしがらみから、生涯この友を守っていこう。
そんな決意が芽生えていた矢先の公表だった。

大切な夜に悪酔いしたくなかった私は、家族ぐるみの付き合いを逆手に取りさっさとバルコニーで休んでいた。そこで声を掛けられた。

「ランス様……!」
「やあ、ガーランド。君も駆り出されたか」

私は笑顔で振り向いた。
格下の貴族にしか相手にしてもらえないノアム侯爵家の晩餐会には私以外に侯爵家の人間はいない。だが例外として、上級貴族と結びついているがノアム侯爵家には逆らえないという立場の貴族もいる。

ヴェルディエ伯爵ガーランドもその一人だ。
私は彼とは幼い頃からの付き合いだが、それを知る人間は限られており、ノアム侯爵とエドワールにも当然明かしていなかった。

「どうした?」

私と深い関係である事自体が秘密であるにもかかわらず、ガーランドは私が一人になった瞬間に声を掛けた。気に掛けないはずがない。

ガーランドは狼狽えていた。

「助けてください。彼女が見当たらない……!」
「彼女?」

ガーランドは答えなかった。
だから声を潜めて訊ねた。

「ミレーユ?」
「はい」

万が一、妙な関係になっては困るということで、ピオジェ公爵家の公女ミレーユとの交流は頻繁に行われ、実の兄妹である真実も双方とも早くから知らされていた。

ピオジェ公爵家の臣下であるヴェルディエ伯爵ガーランドとの恋愛はミレーユの猛烈なアプローチで叶った関係であり、幼少からその攻撃を目の当たりにしてきた私にとってガーランドは愛すべき友だ。

「これを見てください」

婚約披露直前で有頂天を極めていたミレーユが、情熱と悪戯心に任せノアム侯爵家の晩餐会に潜入した。ガーランドと秘密のデートを楽しもうと考えたのだろう。
招待に応じるしかなかった顔見知り数人と酒を飲んでいたガーランドは手紙を受け取り、焦り私を頼ったのだ。

七時までに手掛かりを届けるから私を探してね……と書いてあるが時刻は七時半。
手違いで遅れているだけだろうと思うほど私たちは呑気ではなかった。

私は勝手知ったるノアム侯爵家の隠れやすい場所や人目の行き届かない場所を順に探し回った。

そして温室へと足を向けていた時に悲鳴が聞こえた。
酷い悲鳴はもはや誰の声と聴き分けることさえできないものだったが、ミレーユかもしれないという恐怖が私たちを突き動かしていた。

温室に飛び込んだ。
痛ましい姿で泣き喚くミレーユと卑猥に笑うエドワールを目にした瞬間、世界が音を立てて崩れた。

「ああ、ランス!ちょうどよかった!君もやってごらん。楽しいよ!」

エドワールは悪びれもせずに私を残忍な行為に誘った。

頭が燃えるような一瞬だった。

妹への暴行を目の当たりにし、その破壊的で悍ましい行為そのものへの嫌悪だけでなく、楽しんでいるエドワールにも、私が喜んで応じると妄信しているような口ぶりにも憤怒で震えた。

その時だ。
私の名前を聞いたからなのか、こちらを見たのかわからないが、エドワールの笑い声を掻き消すようにミレーユが叫んだ。

「殺して!!」

風が吹いた。
それくらい、静かだった。

ガーランドが突進しエドワールを掴み上げ投げ飛ばした。エドワールは口汚く怒鳴り散らし私に加勢を求めたが、私はガーランドの勇姿を見ながら温室の扉を閉めた。

「助け……っ、助けて!ランス!ランス!!」

エドワールの悲鳴を聞きながら、私の中に残忍な人格が芽生えていくのを感じた。

ガーランドが馬乗りになり、エドワールの胸倉を掴んで何度も何度も振り下ろす。花壇の煉瓦にエドワールの頭がぶつかる音と、エドワールの徐々に弱まる悲鳴が、私を別の生き物に変えた。

なぜならその間ずっとミレーユは泣き叫んでいたから。

ぐったりしたエドワールにガーランドが拳を振り上げた。
私はガーランドを止めた。

「許せと……!?」
「違う。殴ったら暴力に見える。今なら事故にできる」

ガーランドも私も地獄から這い出た悪魔のような声だった。

ただミレーユの為に、エドワールが何をしたか、何をして報復を受けたかなどと誰にも考えさせるわけにはいかなかったのだ。

罪を暴くより重要なのは、ミレーユを守ること。
エドワールの口を塞ぐことだった。

私はエドワールがこのまま死ぬだろうと期待した上で、酒瓶を配置してその場を離れた。そして何事もなかったかのように広間に戻り、友の未来を祝う男を演じ続けた。

誰もガーランドの不在を気にも留めなかった。
ノアム侯爵家にとって集めた下位の貴族たちは、虚栄心を満たすための名もなき風景でしかない。それは招かれた側もよく理解していた。

この夜の悪夢と、後に執り行われた公女と伯爵の結婚を結び付けて考える者は、私の知る限り現れていない。ノアム侯爵でさ両家に祝いの品を贈り機嫌を取っていた。

隠し通せていた。

だがエドワールは死ななかった。

目を覚ました。
記憶を失っていると聞いて、確かめる目的もあり度々友人として見舞った。

私には機会があったのに、手に掛けることはできなかった。
だから曖昧な記憶を頼りにしてエドワールが私に殺されかけたと騒ぎだした時、素晴らしい筋書きだと喜んだ。

それでいい。
妹と友を守る術が私に与えられた。

守り通せるはずだったのに……



「カルメット侯爵が罪に問われるような事件など存在しない。そもそもノアム侯爵の訴えを却下するべきだった。皆、どうか国王の過ちを許してほしい」

国王によって絞り出された声が事態の深刻さを物語る。
真実を知った、娘を持つ父親の顔をしている。

「ランス。すまなかった」
「……」

直々に謝罪する場面まで目撃されてしまった。もう覆せない。
国王陛下に耳打ちしたミレーユが、体を起こし、私に小さく微笑んだ。

涙が溢れた。
シルヴィが私の頭部を無理矢理に抱き込む。

「……守り通したかったのに……」

私が呟くと、シルヴィは小さな体で私を力強く抱きしめて言った。

「あなたは守り通したのよ。彼女の決断なの」
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