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あれ?
そんな話だったっけ?

私の記憶が曖昧なせいかもしれないが、主人公のアマリアにそんな重い背景はなかった気がする。あったら覚えている。

伯爵令嬢が元孤児……?

「おなかすいた」

アマリアが年長者のアライアンスを見上げ無邪気に呟いた。

「そうか。お腹が空いて聖歌隊に忍び込んだんだね。おいで」
「……」

面倒見のいいグレイアム殿下が手を差し伸べる。

「……」

違う。
こんな展開は、やはり知らない。

エリオット殿下と婚約し絞殺されるルートから外れたせいで別の物語が生まれている?
そうとしか考えられない。

悪寒がした。

もしかして私はエリオット殿下と婚約さえしなければ生き延びられるとか、幸せになれるというわけではないのかもしれない。

なぜなら私がグレイアム殿下と婚約した次の瞬間に主人公もグレイアム殿下と出会ったからだ。小さなアマリアはこれから中継ぎの宰相となるアライアンスの慈悲深い微笑みを受けながら、グレイアム殿下の手を取っている。

私、今度はグレイアム殿下に殺されたりしない?

不安に駆られながらグレイアム殿下の顔を見つめると、少年ながら頼りがいのある大らかな笑みを返された。

こうして主人公アマリアの存在が周知されると、彼女はメイプル神父の元でメイプル姓を名乗り、私たちと交流しながら穏やかな年月を重ねていった。

私は17才になっていた。
結婚式は目前だ。

気難しく強靭な嫌われ者の第二王子エリオット殿下とは互いに存在を知っている程度の仲で、親族になる間柄として遠くから様子を伺いつつ一応の尊重はしあっているという張り詰めた雰囲気。

婚約者のグレイアム殿下は、エリオット殿下を恐がって大聖堂に隠れて暮らしている王太子の第三王子ファラル殿下を毎日心配している。

「私が宰相になって最初に取り組むのは、ファラルを宮殿に引っ張り出す苦行だな」

長く寝たきりになっている父上の代役として宰相を務めるアライアンスと、宰相見習いとして日々励むグレイアム殿下、そして私。
仲のいい三人組に時折混じるのは、シスターとなった主人公アマリアだ。

ある日、午後のティータイムを四人で寛いでいた時にアマリアが言った。

「ファラル殿下にお会いしました」
「えっ!?」

私たちは揃って声を上げた。

「あっ、あいつ、ついに姿を現したのか!?」

グレイアム殿下が目を丸くする。

私は安堵した。
アマリアは所謂ファラルルートに進んだのだなと腑に落ちたのだ。

「何か話しました?」

アライアンスが穏やかに尋ねるとアマリアは微かに頬を染めくすりと笑う。

「はい」
「よかった。人見知りの国王などがさつなグレイアム殿下には扱いが難しすぎますからね」
「敬虔でお優しい方でした。真剣にこの国の未来を祈っていらっしゃいます」
「ではシスター・アマリアにお願いがあるのですが、頼まれて頂けますか?」
「私にできることでしたら何なりと」
「ファラル殿下と会話を重ね、懐柔し、大聖堂から引っ張り出してください」

宰相とシスターを交互に見遣り会話を聞いていた私の隣で、グレイアム殿下も安堵の溜息をついた。

「アマリアがいてくれてよかった。私でさえもう何年も口を利いていない」
「グレイアム殿下の結婚を心から待ち侘びていらっしゃいましたよ」
「直接言ってくれればいいのに……」

少し寂しそうなグレイアム殿下に私は思わずくすりと笑ってしまった。

大らかで豪快なグレイアム殿下には、母親違いの末の弟が本当に可愛いのに誰よりも扱いにくく、出会ってから延々とその悩みを聞き続けてきた。
姿を現してくれたらそれはそれで関係性に悩みそうだが、気をもむグレイアム殿下を見ていると何故かホッコリする。

彼のあたたかな優しさをじっくり感じられるからかもしれない。

グレイアム殿下は本当に温かい人だ。
もう悪役令嬢コーネリアは存在しない。彼と一緒にいることで、私まで本当に優しい人になれた気がする。見習うべき点の多い、人間として素晴らしい人だった。

どうしても生きたい。
グレイアム殿下と温かな愛の中で人生を積み重ねて、幸せになりたい。

そんな願いが、アマリアとファラル殿下の出会いで叶うような予感がして私を油断させる。

「弟に伝えてくれ。お前の顔を直接見るまで結婚はしない」
「えっ!?」

一瞬にして暗雲が立ち込めた。
けれどグレイアム殿下は真剣な表情で、アライアンスとアマリアは笑っている。

これが正しい一コマのように。

帰り際、城門までアマリアとお喋りしながら歩くのが日課になっていた。
彼女は何故か私が婚約者を訪ねる日を正しく把握しているのだが、これは主人公補正というものだと無理矢理納得している。

「コーネリア様」

出会った日からアマリアは私を慕ってくれていた。
ふんわりと優しい雰囲気の可愛いアマリアなら身近な人間を満遍なく慕いそうなので、私が慕われるべき人格を備えているとは思っていない。

だからだろう。
上辺では親しく良好な関係を維持していても、どこか緊張し、居心地の悪さを感じていた。アマリアのことは好きだ。でも、私はこの関係が嘘だと知っている。

「なに?アマリア」

いつ伯爵令嬢になるのかまだ判然としないが、ファラル殿下と結婚するために貴族の養子になるイベントがあるのかもしれない。
そんな期待も込めつつ、私はいつも通り笑顔で問い返した。

アマリアもいつも通りの無垢な笑顔で言った。

「安心しましたか?私、グレイアム殿下を盗ったりいたしませんよ」
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